少女の依頼 3
シェルシュは人混みの多い道をなんとか突き進んでいく。
自分の住んでいた場所はここに比べれば田舎だろう。とはいえ、畑や田んぼの広がるような場所ではなく、ある程度人口を持つ地方都市ではあった。しかし、こんなに人が行き交うのを見るのは初めてであり、最初は歩くことさえ難しかった。
今でもこの人混みは慣れないものだが、前に進むことぐらいは出来るようになった。
さて、そんなシェルシュだったが、彼女は懲りずに人の通りが少ない、誰も自分から入りたがらないような路地裏へと再び入っていく。だが、この路地裏の通りは何度も使ったことがあり、さらに彼女の目的地はこの路地裏にある店だ。
薄暗く、空気が澱む道を進み続け、彼女はとある場所で足を止める。そこは看板も何もない、カーテンを閉め切った建物。その建物のドアを迷うことなく開け、中へ入っていく。
その部屋は広く、テーブルが並べられている。また、カウンターの方では様々なお酒が並んでいる。夜は酒場として営業しているのだろう。そんなカウンターでシェルシュを待っていたかのように座ってタバコを吹かしている一人の男。
「おぉ、今日も来たかい。ウォルモース嬢。お茶でも飲むかい?ちょうどさっき、お湯も沸いたんだよ」
そう言って、彼は茶葉の入ったポットにお湯を注ぐ。
この男の名前はデイル、本名かどうかは知らない。ただ、確かなのはこの街の情報屋であるということだ。この裏にも通じる情報網を持っている、ある程度、顔が利く有能な情報屋……らしい。
「アンタからすれば俺の出す茶なんて安物で飲めやしないかもしれないが、俺のような庶民にはこれでも贅沢品なんだぜ」
そう言って、安っぽくも、良い香りのするお茶が入ったカップをシェルシュへと渡す。
「ありがたく頂くわ。それで?私の探している相手は見つかったの?」
「そう慌てなさんな。父親の方はやはりダメだな。一切、情報が出回ってこない。出てくるとしても、もう世間で出回っているレベルのものさ。んでだ、次にアンタが探している人間だが……この街にどれほどの人間がいると思う?数千、数万といった中から特定の人物を見つける事が簡単な事じゃないくらい分かってくれよ……っていつもなら言っていたが──」
デイルはカウンターの下から封筒を取り出す。
「アンタの探している人間を知っているという奴の情報が入ってな。住んでいる場所までは分からなかったが、かなり大きい情報が入ってきた。この中に書類がある」
その話を聞いて、シェルシュは大きく喜び、封筒へと手を伸ばす。が、すぐにデイルが封筒を引っ込めてしまう。
「おいおい、俺がいつボランティア活動を始めたって言った?」
「でも、これまでも毎日、お金は渡していたわよね?」
「俺は情報屋だぞ!しかもただの情報屋じゃない。表の通りで活動している探偵だったり、情報屋を名乗っている暇人相手だったらそれで良いかもしれな。だが、俺は裏ルートにも繋がる闇の情報屋だ!それが薬物取引に関する情報でも、犯罪者の情報でも、猫探しの情報であってもありとあらゆる手段を使って情報を掴み取って見せる!だからこそ、金額というのはその分、跳ね上がる。分かっているだろ?」
シェルシュは考える。先ほども述べた通り、彼には何回もお金を支払っている。情報が得られた日も、何もなかった日も、活動費という事で払ってきた。
無論、自分は騙されているんじゃないかと考える時が何度もあった。自分も馬鹿じゃない。しかし、彼女はこの世界を、裏社会のルール、。常識なんて一切知らないのも確かな事実。ここは一応、金を払っておくのが後腐れはないのかもしれない。
今、当主を失ったウォルモース家は次の当主を誰にするか、権力争いが起こっている。そこにさらに外部の者も入り込み、ウォルモース家の実権を握ろうと画策している。頼れる者がいないに等しい彼女は、これ以上、危険な場所へと踏み込むのは難しい。
「……分かったわよ」
そうして彼女は巾着袋を取り出し、そこから複数の金貨を取り出す。やはり騙された感は否めないが、仕方のない事だと自分を言い聞かせる。
「少し足りないが……まぁ、良いだろう。とりあえずコイツはあげるよ」
デイルは封筒をようやくシェルシュへと手渡す。彼女は深々とお辞儀をし、「ありがとう」と言って部屋を出ていく。今すぐ封筒の中身を確認したいところだが──。
(とりあえず落ち着ける場所で読みたいな)
そう思っていると
「にゃあ!」
突如として可愛らしい声がこの薄暗い路地裏へと響き渡る。とぼとぼとゆっくり歩いてこちらに向かってくるのは可愛らしい子猫だった。
「うわぁ、可愛い!野良猫……?にしては毛並みが良いし、首輪もしているわね。しかも人懐っこい。何処からか、脱走した猫ちゃんかな?」
シェルシュは頭を撫でる。ぐるぐると気持ちよさそうに喉を鳴らしている。もし、脱走した猫で飼い主が今も探しているのならこのまま放っておくわけにも行かない。一旦、バッグの中へと入れておくか。そう思い、彼女は子猫を拾い上げる。
淹れたお茶を飲みながら、デイルは魔法陣の描かれた木の札を取り出す。それは通信魔術が付与されているものであった。魔法陣内部の図形はまるで機械の歯車のようにぐるぐると回転していた。
シェルシュは今朝、見てはいけないモノを見てしまった。そのため、現在、裏社会では手配書が出回っている。無論、情報屋である彼が知らないわけがない。
裏社会で必要なモノは金だけじゃない。
残念ながら、今のシェルシュには力も、信頼もない。
「……やっぱり世間知らずの娘だな。申し訳ないけど、アンタの情報も売らせてもらうからな」




