少女の依頼 2
シェルシュは近くにあった飲食店へと隠れるように入り込んでいた。ここはいつもと変わらない、平和で良い匂いの香りが広がる空間だ。おまけにラジオで小粋なジャズまで流れている。
店の外には『ワイルド・フード』と書かれた看板が設置されている。この街ではあちこちで見かける名前でいわゆるチェーン店、というやつらしい。田舎で世間を知らずに生きてきたシェルシュはこの街に来て初めて見る店であったが、味はかなり気に入っている。
「おっ、シェルシュじゃん!どうしたの、顔色悪そうだけど……」
そういって声かけてくれたのはここの店員のマネットという女の子であった。チェーン店とはいえ、同じお店を利用していると店員は常連客として顔と名前をちゃんと覚えてくれる。田舎でも、都会でも同じ、人と人とが繋がっていくこの感覚は、非常に心強く、温かいものだ。
「ちょっとそこの路地裏でね……色々とあって…」
「ちょっと、何度言えばわかるの!この街じゃあ、あちこちに悪い人いっぱいいるんだから路地裏なんて容易に入っちゃダメだって!」
「ははは、ごめんごめん。ところで、今日も同じメニューでお願い出来る?」
シェルシュはレジにお金を置く。本来であればしっかり料金の確認を取るべきなのだろうが、既にショルしゅはある程度、信頼がある。
「……しょうがないわね。十分ぐらい待っててね」
そう言って、マネットは厨房へと入っていく。
今は十時前。世間ではほとんどの者が朝食を済ませて仕事をしている時間だ。店内では人が少なく、自由に席を選べるぐらいには空いていた。
シェルシュは適当な場所に座ると、ふぅー、と無意識にため息を吐く。ため息は幸せが逃げるとよく言うが、朝からあんな目にあったのだ。もう既に私の中で幸せというものは昨日、寝ているうちに何処かへ行ってしまったに違いない。それは夜逃げでもするかのよう。何度ため息を重ねたところでもう逃げる幸せなんか何処にもない。
「今日は危なかったけど、まだ………」
そうだ、こんなところでは止まれない。それに覚悟するべきなのかもしれない。私はこれから、あのような者たちと交渉する日も来るのだろうから。
この街には多くの者たちが訪れる。
金を稼ぎたい人、知識、技術を学びに来る者、今日のように悪人なんかも訪れる。
そしてシェルシュもまた、目的を持ってここに来た者の一人だった。
彼女はポケットに入れていた一枚の写真を取り出す。それは複数の軍人が写っている写真。そしてその中央にいる中年の男が、彼女の父。ウォリス・ウォルモースであった。
そんなウォリスは一年前、突如として行方不明になってしまった。
その理由はよくわかっていない。生きているのかどうかも、不明だ。ただ、分かっている事は行方不明になる前まで何かを調査していた事。そして、何か大きな真実を知ってしまった事だ。そしてウォリスは家族を巻き込まないよう、秘密を抱えたまま……。
手がかりはゼロ。警察も突如として捜査を打ち切りにしてしまった。だが、まだシェルシュは諦めない。たった一人だが、なんとか頼れそうな人物も知っている。
その人物がこの街に居ると聞いて、この街へ来たのだが──
「見つかるのかな……」
シェルシュは窓の外を見る。
大通りは老若男女、多くの人たちが行き交っている。きっと一時間に数百人もの人間がこの道を使っている。この大きな人口を持つこの都市で、たった一人を見つけないといけない。あと何週間、何ヶ月、いや、もしかしたら一年以上はかけないといけないのかもしれない。
そう思うと、なんと大変な作業なのだろうか。再びシェルシュはため息を吐いてしまう。
「はい、幸せを届けに来たので、それ以上ため息つくのは止めてくださいねー」
そう言って、マネットは食事の乗ったトレーを運んでくる。その上にはハンバーガーやポテトが乗っている。なるほど、確かにこれほど高カロリーなものを食べられるのは最高の幸せなのかもしれない。
「ありがと、今日も最高の幸せを噛み締めるとするよ」
シェルシュは朝食を取り始める。その時、ラジオのジャズが止まり、ニュースへと切り替わる。
『本日朝、一番の曲は今セイムで流行っているマイ・フライデイでした。さて、今日はなんとあの西方戦争終結から五周年!いやぁ、めでたい日ですね。戦勝記念として本日、首都のセイムではセントラル通りに騎士団が戦勝式を行う予定です。もう既に騎士団長ストールトンが市民たちと……』
なるほど、だから普段よりも人が多いように感じたのか。きっとセントラル通りの方では浮かれた人たちを相手に屋台で商売していることだろう。どうやらシェルシュの口の中同様、世間も幸せで溢れているらしい。
しかし、戦勝したとはいえ、あの戦争がもたらしたのは決して幸せだけではない。生き残った兵士は精神を病み、多く製造された魔具、武具はあちこちへ流れ、裏ルートで安値で取引されている。負けた国々は莫大な借金を背負い、経済が崩壊。自分の子供を売る親まで現れていると言う。
こんな世界の何処が幸せなのだろうか。何が戦勝記念だろうか。そんな事をしている金があるなら、もっと国は別の事に税金を使うべきだ。
だが、シェルシュの父も軍人で、兄姉もまた戦争で戦った兵士だ。自分の家系は戦争で活躍した一家。まだ幼かった私は当時、理解できなかった。だが、あの戦争によってより裕福になり、贅沢な生活が出来るようになった。無論、戦場で亡くなった親戚もいるが、あの戦いで確かに豊かになったというこの事実は少し自分を複雑な気分にさせる。
そして、そんな事を考えているうちに目の前にあった朝食は全て胃の中へと入ってしまっていた。
「さて……そろそろ行きますか」
そうして彼女はトレーを片付け、「ごちそうさま」と厨房にいるであろうスタッフへ声をかけると、店を出る。




