少女の依頼
ここは西方の大国、ダルシェント。その中でも最も栄えている首都のセイム。今日もさまざまな人々がこの街に訪れる。稼ぎに来る人、学びに来る人、何かを成そうとしている人……良くも悪くも、本当に多くの人たちが行き交う。
そんな街の中──
「待てやガキ、テメェコラァァァァァ!!!!」
と叫びながら、鬼のような形相の男から逃げる一人の少女がいた。
「ゆ、許してくださぁ〜い!!」
どうも、初めまして、私はシェルシュ・ウォルモースです!
私はこのセイムに一週間ほど前に来た、まぁいわゆる田舎娘って奴です。右も左も分からない中、迷い込んだ路地裏で悪い人たちが闇取引している現場を見てしまい、追われているという最中なのです!
なんて朝からこんな目に遭うとは……なんて最悪な始まりなんでしょう。
(でも、さすがに人目の多い通りまでは追ってこないはず……!)
しかし、仲間の一人が先回りしていたようだ。まぁ、この街に来て一週間しか立っていない私よりも、街の隅々まで知り尽くしているコイツらの方が圧倒的有利なのは仕方ない話ではある。
「こっちは行き止まりだぜ!」
そう言って、横から飛び出る一人の男。
前にも、後ろにも逃げ場はない。
「べ、別に通報もしないし、見逃しませんか?も、もっと平和的に行きましょうよ〜」
というが、男二人は話を聞く気は一切、ないようだ。
「さぁて、このガキ、どうしようか?」
「このまま始末しても良いが……かなり良い顔、健康な体してるしな。どこかの金持ちに奴隷として高値で売れるかもな」
「そりゃあ、良い案だぜ」
シェルシュを挟んでなんだか物騒な会話をしている。何処にでもいるような、田舎から出てきたばっかりの世間知らずでか弱い少女であれば問答無用、抵抗できずに終わっていただろう。
そう、何処にでもいるような少女であれば──
シェルシュは気づかれないように、右手を懐へ伸ばす。そこには隠し持っていたナイフ。刃の側面には魔法陣が描かれており、そこへ魔力を流し込み始める。男二人は一切、気づいていないようで、油断しまくった隙だらけの状態でシェルシュに近づいていくその最中だった。
「……ぉぉぉぉおおおおおおっ、退いてくれェェェ!!」
その叫び声と共に、シェルシュの前に落ちてきたのは、これまた見知らぬ男であった。
「ってて、あの猫ちゃんすばしっこいな。こんな依頼でも怪我したら労災って降りるのか?」
なんてことをぶつぶつ言いながら、その男は立ち上がる。シェルシュも、二人の男も、突然の事で一体何が起こっているのか分からず、困惑している状況であった。
だが、すぐにハッとしてシェルシュは素早く男たちをすり抜け、その場から逃げ去っていく。
「あっ、待ちやがれ、この──」
その時だった。
追いかけようとしたその時、落ちてきた男がぽん、と肩を叩く。
「待て待て、あんなお嬢ちゃんを追いかけ回してどうしたんだよ、兄さんたち。あの娘に一世に一度の愛のプロポーズでもやろうってのかい?」
状況も読めない、へらへらとしているその男の態度に二人はピキッ!と苛立ちを覚える。
「あぁ!?テメェが邪魔しなきゃとっくにあのガキ捕まえてたんだよ。テメェこそ、邪魔しやがって何してんだって話だ!ここで殺されてぇのか!?」
そう言って、男は何処に隠して持っていたのか、拳銃を取り出し、銃口を向ける。引き金に指をかけており、発砲まで一歩手前。だというのに、男の表情は余裕だった。
「へぇ、見た事ない銃だ。魔力回路が組み込まれてるな。何処の会社のやつだ?フィルマン社か?」
「おい、話を聞いてんのかよ。マジで撃つからな!」
と言って、とうとう引き金を引いてしまう。のだが──
「ぁぁ?」
何が起こったのか、分からない。確かに俺は引き金を引いた。引いて目の前の男を撃ち抜いたはずだ。しかし、自分は今、地面に倒れ、頭を打っている。脳震盪を起こし、視界がぐわんぐわんと歪んでしまっている。立ち上がることも、思考もまとまらない。
「ったく、本当に撃つとはね。そこら辺の覚悟の低いチンピラとは違うわけだ」
そう言って、彼は仲間であろうもう一人の方を見る。
「あ、アンタ何者だ?」
「ファイム・トルノーだ、名前ぐらいは聞いたことあるんじゃねぇのか?」
コイツがあの、ファイム・トルノー……!
五年前の西方戦争で活躍し、戦争を終わらせたという最強の魔術師!敵兵を殺し、味方の兵士は必ず助けるその姿、行動はまさに英雄と呼ばれるに相応しいものだったという。今はこの街にいると聞いていたのだが、まさかこんな形で会うとは。
「さっさとコイツを持ってどっかに失せろ」
「ちぃっ、勝ち目のない勝負するほどバカじゃない。このバカも、アンタが英雄トルノーって知ってたら喧嘩売ってねぇよ。これから喧嘩売る時も、売られた時も、最初に自己紹介することをお勧めするぜ」
「あぁ、そうするよ。あと感謝しろよな。俺が割って入ってなければアンタらがあの娘に殺されていただろうからな」
「……?よくわからねぇが、あんがとな」
そう言って地面に倒れ込んだ奴を引っ張って急いで逃げ去ってしまう。
トルノーはポケットからタバコとライターを取り出すと、口に咥え、吸い始める。
「しかし、あの娘。すごいもん持ってたな。護身用の魔具にしちゃあ、物騒すぎるぐらいな」
そう言って、彼は路地裏を出ていくのであった。




