殺された記憶
誰かが言った。
歴史とは勝者によって作り上げられたものだ、と。
事実、歴史の教科書に載るのは勝者だ。戦争に、競争に、勝負に勝った者たちだけが載る。負けた文明は存在すら忘れ去られ、破れた者は罪人とされる。蹴落とされた者は負け犬として笑われる。
都合の良いように全ては変えられる。
だが、真実だけは違う。
どれだけ認識をねじ曲げようと、どれだけ歴史を書き換ようと、在った事は変わらない。そして、それは何処かで必ず代償として払われる。勝者が背負うべき罪、敗者が抱える復讐心……。
これは、記憶と記録を塗りつぶされ、殺された一人の男が真実を追う物語である。
『俺たちは分かり合えたはずなのに……』
あちこちから仲間だった者たちの声が響き渡る。
違う、違うんだ。
俺が悪いんじゃない。
しかし、仲間の声が俺にしがみつく。
決して忘れさせない。
そして俺は思い出す、これが夢であるということに。
「はぁ、はぁ!」
窓の外からは朝日が流れ込む。戦争も、もう五年も前の話。戦いは終わったんだ。しかし、常に死が隣にある戦場を駆け抜けていたあの時のように、心臓がバクバク鳴っている。身体中からは嫌な汗が噴き出ている。夢を見るほど深い眠りだったのに、休んだ気がしない。
俺はあの日からずっと悪夢を見続けている。
殺したはずの人間が夢の中で俺を見ている。
忘れるなと言わんばかりに。
戦争というものは残酷だ。明日も頑張ろうと言った奴が隣で今日は死んでいる。自分もいつ死ぬのか分からない状況。死にたくない。だからこそ、自分は敵を殺さないといけない。自分が生き残るために。
きっと脳が思い出すのを拒んでいるのだろう、あの頃の記憶は曖昧だ。というのに、未だに鼻に残るは硝煙の匂い。混じって感じる鉄の匂いは銃や剣から感じるものだろうか。それともあちこちに転がる死体から放つ鉄分の香りであろうか。どちらにしろ、決して良い気分になれるものではないのは確かな話だ。
もう誰も、元々何のための戦争だったかすら覚えていない。思い出す余裕など、誰も持っていない。
誰もが不幸だった。だから、自分だけ辛かったなんて言えない。
それに俺はきっと幸運な方だったんだと思う。戦いの最中、魔術の才を開花させ、俺は部下を持つ部隊長にまでのし上がった。そこからさらに多くの勲章を受け、敵兵を殲滅する側へと立った。敵味方、俺を恐れる者は少なくなかった。
それでも、思い出せる記憶は少なく、また自分が何をやっていたか、曖昧だ。そうしてバラバラの不確かな記憶の海を夢の中で彷徨い続ける。
そしてまた、嫌なモノを俺は見る。
戦争終盤、軍から受けた最後の任務、それで俺は大きな罪を背負ってしまった。それは敵陣地への潜伏任務……情報収集を行うスパイといえば聞こえは良いが、やはり現実というのは厳しいものだった。バレないように、泥と汗に塗れながら敵陣地に侵入。その後も身分を捨て、姿、形を魔術を用いて変えた。その後、敵軍へと入隊。その後、仲間を作っていった。
やはり、具体的には思い出せない。記憶と記憶が上手く繋がっていない。しかし、これだけは確かな記憶。俺の目の前で、仲間として迎え入れてくれたであろう人たちが死んでいく姿だけがはっきりと脳裏に残っている。これだけは確かな事実である。
自分はクラクラする頭で体を起こし、そばに置いていた薬へと手を伸ばす。ちゃんと医者から処方薬として貰っている既製品だ。しかし、こんなモノを服用しないと日常生活を送れない自分に苛立ちのようなものもある。
しかし、これでハッピーにならないと今日も生きていく気にならないのも事実だった。
自分はカーテンを開け、窓の外を見る。
家の前にある大通りは今日も多くの人々が行き交っている。自動車も走り、いつもの日常を送っている。まさに多くの人々が思い浮かべる、平和で素晴らしい日常風景。
「さて、俺も準備をするか」
そう言って、俺は動き出す。
現在、俺は何でも屋を営んでいる。金さえ払ってくれるのであれば、犬の散歩から、争い事まで行っている。時折めんどうなトラブルに巻き込まれる事もあるが……まぁ、昔に比べれば問題ない。
確か、昨日、子猫探しの依頼を受けたんだったな。五年前、敵兵を殺していた俺は想像できただろうか。猫探しという平和的で素晴らしく、くだらない仕事をしているということに。
さて、事務所に行かなければ。
そうして、彼は自宅を出る。
玄関のポストには多くの手紙や新聞が詰まっている。一体、何ヶ月分溜め込んでしまっているのだろうか。いつかはちゃんと処分しないとな、と思いながら事務所へと向かう。
そんな彼は気づいていないようだ。今朝の朝刊、その記事の一面に載っているニュースは『ウォルモース家の当主、行方不明!』というこれから自分の人生を左右させる事件が巻き起こっているということに。




