トランスポーター 5
建物を出てトルノー、シェルシュは改めて魔術学連合支部の敷地内を歩き、目視で確認していた。
ジェイニルから詳細な地図を頂いたが、やはり自分の足で周り、自分の目で確認し、自分の頭で考えないと見えてこないものがあるからだ。
「しかし、敷地は広いですね……」
シェルシュは近くのベンチに座り、水を飲む。
敷地内にあるのは複数の建物。研究所や講義室、倉庫……それだけではない。魔術の大規模実験場や魔術師訓練場と言った広大なグラウンドもある。それらを何度も行ったり来たり。門からどれほどの距離があるのか。フェンスや壁に穴が空いていないか?地図だけでは把握しきれていない敷地内の出入り口の確認。
また、地下から来る可能性を考え、マンホールの位置を地図に書いていく。
ここまで把握しようとするとは……。これがプロの仕事ってやつなのかもしれない。
「うーん……他に確認しておくべき場所は──」
「まだ、調べるん…ですかぁ……」
ぐでー、となりながらシェルシュは言う。
今日で十キロ分は歩き回ったような気がする。というのに、まだまだ終わらない作業。午前中は勉強でカロリーを充分に消費し切った。というのに、午後からは肉体作業。
今日で体重は数キロは落ちてしまっていてもおかしくはない。そんな大袈裟な言葉が彼女の頭をよぎる。
「いや、これぐらいで充分かな。今日は解散だ」
トルノーはまだ体力が余っているのか。休むことなく、スタスタと何処かへ歩いていく。
「先に帰っておくといい。俺は調べ物があるから」
それだけ言い捨てて、彼は魔力学連合支部から出ていってしまう。
失ったカロリーを戻すため、何処かカフェかなんかに立ち寄り、暖かいコーヒーと共に甘いモノでも食べに行こうかな……そう考えながら、ベンチから立ち上ろうとすると突如、見知らぬ男に話しかけられる。
「おや?君は確か……」
それはこの国では珍しいエルフの男であった。見た目はトルノーと同じか、それより少し若いか。スーツをビシッと決めて着ており、真面目そうな青年であった。とはいえ、エルフの寿命は人間よりも長い。確か平均寿命は三百年、とかだったはずだ。
(……エルフ?)
ダルシェント国内において、エルフは差別されている。
差別されてる要因はそう難しくはない。五年前の西方戦争からだ。
敵国のセレシアはエルフ単一族国家だった。そして、ダルシェント国軍に所属する多くの兵士が、セレシアのエルフによって殺された。戦争中、国内のエルフに対する不満はあちこちで爆発し、セレシアとは何の関係もないエルフが国民に殺される、なんて事件も多発した。
今はまだ収まった方だが、まだ国民のエルフに対する感情は完全になくなったわけじゃない。
まだ、反対にセレシアもまだダルシェントによる憎しみを抱えたものが多く、ダルシェントに侵入し、テロを起こそうとしたセレシアのエルフもいた。
だからこそ、ここにエルフがいることにシェルシュかなり驚く。
「シェルシュ・ウォルモース、だったよね?」
「私を知っているんですか……?」
彼はシェルシュの隣に座り、会話しやすい距離まで詰めていく。
「有名人……いいや、有名一家、というべきかな。何せ今のウォルモース家当主の娘さんだ。この国じゃあ知らない人の方が少ないんじゃないか?」
「……そうですかね」
父ならばともかく、私は今まで何かを成し遂げたり、積み上げたりする事はなかった。誰かに賞賛されるような事などもしたことはない。ただ……力を持った家、『ウォルモース家』で生まれただけの、何処にでもいるような女の子だ。
「貴族間だったり、政治界ではそれなりに注目されているとも。血筋だけで言えば、将来の当主になれる可能性は高い。君も、今はまだ若いが、十年後、二十年後はどうなっているか、わからないぞ」
十年後、二十年後と言われても、パッと想像はできない。エルフにとってはそう長い年月ではないのかもしれないが、人間族であるシェルシュにとっては遠い未来の話だ。




