流通 16
トルノーの「ふぅー、はぁー」と深呼吸をし、心と体を落ち着かせていく。
その姿を見て、シェルシュは自分の考えが甘かったのに気付かされる。
ファイム・トルノーは英雄と呼ばれている。彼を知る者は誰しもがトルノーを讃えていた。父であるウォリスもまた、トルノーに強い信頼を寄せていた。そのうえ、父を通して聞くトルノーはまさに神話の中を生きているような、高潔な存在に見えていた。
だが、そういう話は大抵、美化されることもある。自分の中で強い思い込みもあった。
そうだ、トルノーも一人の人間なのだ。
苦しみ、足掻き、それでも前を向いて諦めずに生きようとする同じ人なのだ。
確かに最善の方法はあったのかもしれない。トルノーの固有技能を使えば、きっと誰も血を流さずに済んだのかもしれない。だが、かつてはその力で敵を皆殺しにしていたのだ。彼にとってはただ、人を殺すために使っていた。まさに罪の証なのだ。
それを掘り返し、彼を責めるとは──
そうだ、彼の言う通りだ。
世界に争いはなくならない。必ず被害、犠牲が出る社会。仕方のないことなのだ。
そう……トルノーにとってそれは正しいことなのだ。
「悪いな、これからウォリスさんの捜索を頼んでくれたのに、初日からこんなみっともない姿を見せちまうとは……特に女の子の前で晒しちまうのは………くそ」
トルノーはきっとこの気まずい雰囲気を和ませるための冗談を交えて言ってくれているのだろう。
「そんなことないですよ。私も、他人の事を考えもしない愚か者でした」
そう言うふうに言っていると──
「話が終わったぞ、中に入ってくれ」
ストールトンが倉庫のドアを開けて顔を出し、そのように二人へ呼びかける。
「それで?スルサート家と騎士団の関わりはどうだったんだ?」
倉庫に戻ったトルノーが二人に尋ねる。
わざわざトルノーとシェルシュを外させたぐらいだ。密会の内容を全部、話すのは無理だろう。とはいえだ。トルノーたちも当事者だ。こちらに話せることもあるだろう。
「何処まで繋がっているのか、分からない……って所まで分かったかな」
ストールトンが肩を竦めながら言う。
「そこまで深いのか?」
「あぁ、騎士団以外にも、軍の上層部から、政治家もスルサート家と繋がりがあるらしい。こうなると、何処から問題を排除していくべきか……」
ストールトンはとっては本当に頭の痛い話なのだろう。
「まぁ、俺の知っている限りの関係者の名前、情報は教えたから、あとは頑張ってくれ」
エヌフィーはタバコをふかしながら、そのように述べる。
「俺は主に武器、兵器の流通担当だった。ここでは金持ちや貴族相手を違法酒場で接待することもあったが、それでも知っていることはほんの一部さ」
「やはり全容を知るにはスルサート本家を調査しないと分からない、か。まぁ、それが分かっただけでもよしとするか。あと残っている問題としては──」
ストールトンのその言葉と共に一斉にシェルシュの方を見る。
「私……ですよね」
エヌフィーはもうスルサート本家にシェルシュのことを伝えてしまっている。彼女が秘密を抱えてしまっている以上、根本的な問題を解決しない限り、命が狙われ続けるだろう。
「さて、どうしたものか……」
「なら、良い案がある」
トルノーのその言葉に一つの回答を出すのはエヌフィーであった。
「俺を見逃せ、今回の件をなかったことにしろ」
それは以外な返答であった。
トルノーとストールトンは互いの顔を見合わせながら、『逃げるための言い訳じゃないよな?』と思いながらも、とりあえずエヌフィーの話を聞くか、と耳を傾ける。
「この街において、最も力のあるのは俺だ。んで、今回の件は俺に任されている。もう既に本家にこの事は報告してしまっている以上、この街へ出ても、国境を越えようとしても、追いかけられるぞ。だからこそ、今回、トルノーにボコボコにされた事をなかった事にしろ。そうすれば俺はこの街の裏社会を支配しつつ、シェルシュがこの街にいる限り、守ることができる。スルサート本家にも誤情報を送り続ける。そうすれば半年は誤魔化せる」
なるほど、一理ある。
半年というタイムリミットがあるものの、ストールトンが上手く立ち回れば、騎士団とスルサート家の繋がりを断ち切り、この話をなかった事にすることも可能だろう。
「なるほど……俺は良い案だとは思うが──」
トルノーはストールトンの顔を見る。
彼は少し考えている様子ではあったが、しばらく経ってトルノーの言葉に頷いて反応する。
「良いだろう、ここは見逃す。必ずうちのシェルシュを守ってくれ」
「あぁ、戦友の家族であり、元上司の娘だ。しっかり守り抜いてやるさ」
そうして、話し合いは終わった。
既に時刻は八時となっていたため、今日は解散となった。




