流通 15
トルノーはシェルシュから目線を外す。彼を突き刺すような彼女の視線が、怒りが……疑念が……トルノーの精神を蝕んでいく。そうだ、確かに自分にはもっと良い手があった。敢えて、頭の中から除外していた手があった。
だが、しかし──
「い、いや。これが最善だったんだ。仕方ないことだろ?誰しも血を流さなくて良いなら、その道を選ぶ。だが、この世界で争いは無くなることはない。常に犠牲が出るのが世の常だ。だから……」
トルノーは言い訳するように、頭の中で思い浮かぶそれっぽい言葉をぽんぽんと並べていく。しかし、シェルシュが納得する様子はない。
そうだ、言い訳だ。
だが、言い訳をしなければならない。
しなければ……そうだ。
俺はもう二度と……。
トルノーの脳裏にあの光景が浮かぶ。
それはあの荒野だ。前線に立ち、軍勢を前に立ちはだかるのはトルノーただ一人。そして敵である耳の長いエルフ達ははいきなり銃口を味方に向け始め、狂った殺し合う。時には魔術を用いて戦友を焼き殺し、突撃兵はバヨネットで生きて共に帰る事を誓った仲間を突き刺していく。
トルノーはただそれを眺めるだけ。
この時は何も考えないように、ただ敵を殺すことだけを考えていた。そうだ、敵を殺す。それが正しいことなのだ。相手は敵だ、いずれ殺さないといけない相手だ。
それに、敵同士に殺し合いをさせれば、味方に、戦友に、我が祖国が血に濡れずに済む。そうだ、これが最善で、必要のある行為なのだ。
そうだ、俺は命令されただけ……。
『本当にそうか?』
そう問いかけるのはもう一人の自分。真実を突きつける、自分を許さない自分だ。
『実行したのはお前だ』
違う、あれは命令で──
『言い訳か?』
その言葉と共に、トルノーの足元に這い寄ってくるのは罪の証。
「お前が……これを…やったの…………か?」
死にかけの敵兵がトルノーの足を掴み、こちらを睨んでくる。このまま地獄の底へと引き摺り下ろさんとする悪魔のように、何人、何十人もの血肉と化した死体が、トルノーへと近寄る。
「やめろ、やめてくれ……!」
トルノーの表情は苦痛に歪む。
そうだ、これは夢だ!目が覚めれば、きっと俺は──
「俺たちにも嘘をついていたのか?」
後方から聞こえてくるその声にトルノーは振り向く。
そこに立っていたのは敵の軍服を着たエルフ達。しかし、トルノーを友と言ってくれたあの──
「なぜ、俺たちを殺したんだ?」
違う。
「一緒に戦い抜こうと誓ったお前は」
それ以上は──
自分に、敵兵に、友が、告げる。
「「「俺たちは……おまえを…必ず………!」」」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
視界が歪み、彼は現実へと引き戻される。
トルノーは思わず、耳を塞ぎながら、その場にうずくまる。
ガクガクと恐怖で震え始める。目は地走り、何も見えない。目の前が真っ暗だ。額から滝のように流れるのは汗。ぽたり、ぽたり、と地面を濡らしてく。だが、トルノーにはまるで血のようにも感じた。
味方の、敵の、自分の……傷ついた、赤くて暖かい、あの──
うっ!と胃の中から何かが出そうになる。
突然の事だったのもあり、シェルシュは咄嗟に行動に出れなかった。あの戦争で多くの兵士が精神を病み、苦しみ続けているのは聞いていた。だが、こうして実際に見るのは初めてで、まさにそれは──
数秒経って「はっ!」となったシェルシュはようやくトルノーへ駆け寄り、肩を揺さぶりながら大きな声で呼びかける。
「大丈夫!?トルノーさん!!私の声が聞こえてますか!!」
「うぅ、ああ!!お、俺のズボンのぽ、ポケットに……!」
呼吸が上手く出来ない。舌も回らない。だが、必死にトルノーはシェルシュに伝える。
それを聞いたシェルシュは彼のズボンのポケットを確認すると、そこには紙袋が入っており、中にはいくつかの錠剤が入っていた。シェルシュはその薬を無理やりトルノーの口へと入れ、飲み込ませる。
薬を飲んでしばらくはまだ呼吸が荒く、意識も混乱しているようだったが、少しずつ、少しずつではあるがトルノーは落ち着きを見せ始めるのであった。




