流通 12
ぶわり、と煙を払って現れたのは身体中、火傷で覆われたトルノーであった。
「なん……か、耐え切ったぜ!」
きっと熱で喉も焼けてしまったのだろうか。かなり掠れている。生き残ったというのに、喜びの色は一切、感じない。痛みで表情もかなりつらそうだ。
「はは……さすがは英雄トルノー、だな………。俺の負けだ」
エヌフィーは剣を地面に突き立てると、杖のように体重を支えながら立ち上がり、ゆっくり歩き出す。まだ戦うつもりなのか?と一瞬、警戒するトルノーだったが、それは杞憂だったようだ。そのままちょうど良い大きさの瓦礫の上に座り込む。
そして、ポケットからタバコを取り出し、口に咥える。
「トルノー、お前も吸うか?」
「あぁ、ありがたく頂こう」
そうして、タバコを一本、もらうと無詠唱、無魔法陣で下級魔術を発動。指先に小さな火を作り出し、二人はタバコを吸い始める。
「こうしてると、昔を思い出すな」
エヌフィーはそう語りかける。
「確かにな。あの頃の娯楽と言えば、タバコぐらいだったもんな」
飯はまずい。酒なんてもの飲んでいると、いざとなった時に動けない。北方の方に配属された奴らは寒さを凌ぐために逆に呑む事を推奨されていたが、トルノー達は北方へと行くことはなかった。
泥と血まみれ、辺り一帯に香るは硝煙と鉄の匂い。あちこちで嫌なものしか見えてこなかったあの日々は地獄だった。エヌフィーとは先ほどまで殺し合いをしていた。それでも、だ。こうして生き残った戦友と一緒に語り合えるのは、あの戦争で唯一、良かった点なのかもしれない。
「しかし、エヌフィー。お前には色々と聞きたいことがあるんだが……とりあえず、だ。お前は俺をどうしたかったんだ?あんな高い酒まで持ち出して、俺に何をさせるつもりだったんだ?」
「何をさせるも、何もない。俺と一緒にスルサート家で成り上がらないか?と提案したかっただけだ」
「一緒にって……どうせ、俺を使って、スルサート家のトップに立とうとしてたんだろう?舐められたもんだな。俺がお前の下につくわけないだろ?」
マフィアと言えど、やはり基本は強い奴が上に立てる。英雄トルノーが部下になったとなれば、箔が付く。強い味方も出来る。そうなれば、スルサート家の身内と婚姻関係を作って、より上の権力を握れるかもしれない。そういう計画を頭の中で練っていたに違いない。
だが、残念ながらエヌフィーはトルノーに負けた。自分よりも弱いモノの下につくつもりはない。それに、裏社会に首つっこむのも面倒だ。時には嫌な仕事もさせられるだろう。エヌフィーに負けていても、マフィアになるぐらいだったら、再び軍に戻った方がマシだ。
「そうだな、考えてみればお前が俺の下につくわけないよな。お前さえいれば、俺はもっと上にいけたんだがな……。だけど、それだけじゃないさ」
次に、エヌフィーから出た言葉は意外なモノであった。
「お前は戦友だ。これからも一緒に戦いたかった、それだけだ」
エヌフィーの表情は寂しそうで、その言葉に嘘、偽りは一切、感じなかった。
「ぶっちゃけて言うが、トルノー。俺はお前が嫌いだった。俺よりも手柄を立てて、信頼も厚くて、そして最終的には終戦の英雄なんて言われている。嫉妬もした。性格も苦手だった。でも、一緒に戦った事実は消えない。お前がまだ隊長だった時代、俺の部隊と一緒に戦場を駆け巡った事もあった。そんなお前と一緒にまた背中を預けられる日が来たら……そう思っていただけだ」
「……絶大魔術まで使って俺を焼き殺そうとした奴のセリフか?」
「炎と一緒に俺の熱意も伝わるかと思ってな」
「あぁ、無事伝わったぜ。その代わり、俺の心は燃え尽きて灰になっちまったがな」
二人は笑いながら、吸い終わったタバコを地面に捨て、足で火を消すのであった。




