流通 7
「よぉ、久しぶりだな、ファイム・トルノー」
テーブルを挟んで部屋の奥で足を組み、偉そうに座っているのはエヌフィーであった。
五年前は共に戦場を駆け抜け、血だらけ、泥まみれで毎日ひどい姿であった。が、今の姿は昔とかなりかけ離れた姿であった。ブランドモノの高そうなスーツに、テーブルに置かれているボトルはレッド・クイーンと呼ばれる最高級のワイン。
スルサート家のトップの人間であるという事前の情報があるからこそ何とも思わないが、きっとエヌフィーが何者か知らなくても権力を持ち、地位を築き上げた人間だと誰であっても一目見れば理解するだろう。
「色んな意味で変わったな、お前」
「お前は変わらないな、トルノー。とりあえず座れよ。歓迎するぜ、客人」
そう言って、ボトルをポンッ!と開けてグラスにワインを注ぐ。きっと目の前でボトルを開けることで毒は入れていないぞ、という証明をしているつもりなのだろう。
「俺を客人というのであれば、席を代われ。お前が上座に座るな」
そう言いながら、トルノーはエヌフィーの向かい側に座り、ワインの香りを嗅ぐ。やはり、最高級と言われているだけはある。甘く、葡萄の良い香りが鼻腔にまで広がっていく
こんなものが飲めるなんて、一生に一度あるかないか……。だが、トルノーも間抜けではない。グラスの方へ毒を塗っておけば、未開封のワインであっても毒殺される可能性がある。
匂いだけで舌を満足させ、グラスをテーブルへと置く。
「大丈夫だ、安心しろ。毒は盛らない。気になるなら俺が毒見役としてグラスのワインを飲んでやろうか?何ならボトルごと飲むか?」
トルノーを不安を読み取ったエヌフィーがそのように言うが、トルノーは「大丈夫だ、問題ない」と言って彼の提案を拒否する。
「遠回りするな、めんどくさい。ここまでもてなすという事は、何か目的があるんだろう?とりあえずテメェの話を聞いてやるから、話せよ」
そのトルノーの言葉を聞くと、「はははっ!」と笑いながらエヌフィーはワインを飲みながら述べる。
「おいおい、話があるのはそっちじゃないのか?話を聞けば、俺たちの取引を見た女を助けた事が発端になっているんだろう?確かに俺たちにも非がある。というか、あのバカがしっかり周囲を警戒しておけば問題なかった。とはいえ、だ。こちとら女さえ渡しておくれれば話は終わる。というのに、なぜ、その女を助ける?お前にメリットはないはずだ」
「まぁ、俺自身、めんどくさい事には首を突っ込みたくはない。だが、まだガキだっていう女の子を殺すっていうのは頂けないな。それにあの女の名前を知らないだろ?あれはシェルシュ・ウォルモース……あのウォルモース家の人間だ」
それを聞いて、ワインを飲んでいたエヌフィーの手が止まる。
「もしかして、ウォリスさんの娘か?」
「あぁ、そうだ。それを知ってなお、テメェはシェルシュを殺そうと思うのか?」
どれだけスルサート家がマフィアとして力を持っていようと、結局は犯罪者集団でしかない。この国を支え続け、多くの騎士を輩出してきた貴族家のウォルモース家を相手には出来ないはずだ。
とはいえ、エヌフィーも引き下がるわけにはいかない。見られたくない秘密を見られたのだから。
そのため、ここは妥協、折衷案を──
「確かに、ガキを殺すのは止めだ。話が変わった。ファイム・トルノー、今もシェルシュ・ウォルモースはお前の元で保護しているんだろう?」
エヌフィーの雰囲気がガラリ、と変化する。先ほどまでゆったりと高級ワインを飲み、落ち着いた表情をしていた彼は、今、かなり真面目で緊張した表情になっていた。
かなり圧も感じる。一体、どうしたというのだろうか。
「……急になんだ?話が見えてこねぇが」
「シェルシュ・ウォルモースを引き渡せ。あのガキに用事が出来た」
「理由を言え、なんで引き渡す必要がある?」
「俺の知っているトルノーは余計な事に首突っ込む事を嫌う性格のはずだったが?もう一度、言う。あのガキを連れて俺に渡せ」
一体、彼の頭の中で何があったのか、分からない。だが、トルノーにとって許容出来ることではないのは簡単に予想出来る。
「無理……と言ったら?」
その言葉を聞いて、「はぁ」とため息を吐きながら、イラつくようにエヌフィーは自身の髪をくしゃくしゃに掻きむしる。
「俺はお前にスルサート家に入って欲しかったんだがな……仕方ない」
そのように呟いた瞬間、エヌフィーは懐から何かを取り出す。
一目見た瞬間、思わずトルノーは後ろへ引いていた。
「これでも喰らってろ!」
そして次の瞬間、周囲が煙に包まれるのであった。




