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ドサリ、と。パワーデーモンの死骸が床に転がる。
肉体が変質した以上、もう元の人間に戻ることはないのだ。
瘴気が死骸から抜けて何処かへと消えていくが……コツン、という音がそこで響く。
先程のトリッシュの拳でも壊れずにいた指輪が床に落ちて。
まるで意志を持っているかのようにトリッシュの足元へと転がってきたのだ。
それはケインが持っていた「生命エネルギーを吸う指輪」であり、とある異名を持つ指輪でもあった。
「トリッシュ様、それに触れませぬよう」
カクタスの魔法が指輪をバリアで包み、目の高さまで移動させていく。
指輪の赤い宝石が抵抗するように明滅し、しかしバリアはビクともしない。
「やっぱり、ただの生命吸収の指輪じゃなかったわね」
「ええ、デーモンリングに進化しているものと思われます」
「デーモンリングってな、アレか。一定以上の生命エネルギーを吸収すると変化するっていう」
「そうだ。あのケインとかいう奴はパワーデーモンに進化していたが、そこに寄生して更なる進化の可能性もあったわけだな」
デーモンリング。カクタスが説明したように「生命吸収の指輪」が生命エネルギーを吸い取り進化するものだ。
何故なら、これは……高位デーモンが破滅教徒に与えるもの。
治金技術ではなくデーモンの身体を使って出来るもの。
これ自体がデーモンの卵のようなもの。
そう、これは元々が生き物で。だから宝石にしか見えないそれが目を見開いた瞬間、バリアが圧縮してデーモンリングが消滅する。
「ほんと趣味悪いわよね。呪いじゃなくてリングをバラまいてるなんて」
不機嫌そうなトリッシュが「ヤシチ」と呼びかければ、影からヤシチが現れる。
「お呼びに従い馳せ参じてござる」
「儀式についてはどのくらい分かったの?」
「相当大規模にござる。まず、すでにご報告した通り悪神像は合計13。それぞれに悪神教徒の護衛がついており、すでに1つは妹君が壊しておられるでござる」
「やっぱり何度聞いても随分多いわね……そんなに必要ないでしょうに。何やろうとしたらそんなに悪神像を置くのよ」
「某もそこを疑問に思い探ってござったが、どうにも悪神召喚というわけではござらん。儀式の様式が違うでござる」
「なら、何なの?」
「……お答えできるのは推測になるでござる」
慎重なヤシチの言葉に、トリッシュが返すのは「構わないわ。言って」という簡潔な命令。
「首魁は、此処に死人の国を築くつもりかと。であればお嬢が此処を狙ったのは妙手になり得るでござる」
その言葉にトリッシュたちは三者三様の表情を浮かべるが……共通しているのは「嫌悪」だ。
死人の国。
つまるところアンデッドに支配された状態を指す言葉だ。
大量の人間を殺し作り出すからこそ、死体の状態と数が戦力に直結する。
そう、綺麗な死体を用意するその方法こそが生命エネルギーの簒奪による衰弱死。
この状況に合うというだけの推測だが、なるほど確かに。
「それで間違いなさそうね。だとすると、死者は……」
「すでに50を超えているかと」
確かに、そうであるだろう。この状況を作り出した者は、街の人間を全てアンデッドに変える算段なのだろう。そして裏町であればゴソッと死んでも目立たたない。それはこの街の情報屋や商業ギルドの、あの呑気な態度からでも充分すぎるほどに分かる。
裏町の人間の命が軽すぎて、その軽さに慣れているから。
「……地下に行くわよ。悪神像を叩き壊すわ」
「はっ」
「スケルツォとカクタスは此処にいて、そいつを見張ってて」
「おう」
「お任せを」
「あ、い、いや! 待ってくれ! 俺なんか下っ端以下なんだ! 何をやろうとしてるかなんて全く!」
「黙っとけ」
言い訳を並べ立てる口入れ屋を蹴り、スケルツォはそのまま踏んづける。
「お嬢がマジギレしてんだ。お前を殺してねえのは人間だからの一言に尽きる……少しでも長く生きていてえなら、それ以上くだらねえ戯言を言うのはやめとけ」
そんなスケルツォの言葉を背に、トリッシュはヤシチを連れて地下の階段を見つけ降りていく。
そこにあったのは……悪神像。それも生命エネルギーを吸い過ぎて陽炎じみたオーラを発している、そんな代物だ。
「お嬢」
「何、ヤシチ」
「それを壊せば首魁も確実に気付くでござる。誰がやったかも逆算で分かるでござろう」
「だから?」
「某がやるでござる」
「ダメよ」
ヤシチの言葉を否定し、トリッシュは拳を振りかぶる。
「これはあたしの宣戦布告。一気に乗り込むためのね。だから、あたしがやらなきゃいけない」
だからトリッシュは拳を振りかぶる。
壊すべき悪神像を、その一撃で砕いて。
「行くわよ、ヤシチ。街長の居場所は分かってるんでしょ?」




