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街庁舎。この街の政治の全てを司る、そんな場所に街長はいた。
質実剛健。そんな印象のあるこの部屋で、深く椅子に腰かける男は50歳程だろうか、年齢相応の疲れた様子が出ており、しかし眼だけはギラギラと欲望に輝いていた。
「……それで、濃縮魔石を持っているとかいう商人は何処へ行ったのですか?」
「それが、迎えを送ったのですが……宿に居ないということで」
おずおずと報告する男に、街長はあからさまな舌打ちをしていた。
不機嫌を隠そうとしないその様子は、男を脅えさせて。
街長は男に「ああ、申し訳ありませんね」と、殊更に優しげな笑顔を浮かべてみせる。
「別に貴方を責めているわけではないのですよ。ただまあ、使えない者が多すぎるな……と」
「ヒッ……も、申し訳ございません! すぐに探しますので」
「別に構いませんよ、ゆっくりで。濃縮魔石は良いものではありますが、私が興味があるのはむしろ持ち込んだ者ですから」
濃縮魔石。簡単には手に入らない代物ではあるが、重要度はそこまで高いわけではない。
より良いアンデッドを作る材料にはなるだろうが、その程度だからだ。
街長が欲しいのは、それを少人数で持ち運べる強い肉体。
……盗賊のリーダーをやらせていたレッサー・デーモンが死んだのは知っている。
そして旅商会と名乗る3人が生き残りを連れてきたことも。
(この街にはロクな素材がいなかった。ですが、それほど強いのであれば……)
「街長!」
と、その思考を中断するように別の男が部屋へと駆け込んでくる。
急ぎの報告だとでもいうのだろうか? 何事かと聞こうとした、その時。
「チ、チリメン商会とかいう連中が街長に会わせろと!」
「……何ですって?」
探していた連中が向こうからやってきた。
それ自体はいいが、一体何故? 考えても街長にはその理由が分からなくて。
(……いや、構いませんか。何を企んでいるにせよ、一度殺してしまえばいいのですから)
「此方にお通ししてください。それと、処理の準備も」
そう指示して少しの時間もたたないうちに通された「チリメン商会」の三人に、街長は僅かに眉をひそめる。
何処かで見たような。そんな感覚に襲われたからだが……その考えを振り払い街長は笑顔を浮かべる。
「初めまして、街長のジグです。今日はどのようなご用件でしょう?」
「どうもこうもないわよ」
「……は?」
「ヤシチ!」
「御意」
影の中から飛び出してきたヤシチにジグはギョッとした顔になる。
ニンジャ。まさかそんなものがこの街に潜んでいたとは思わなかったからだ。
一体何処まで探られた?
そんな考えは自然と顔に出て、対するトリッシュはニヤリと笑う。
「悪神像は?」
「叩き壊してござる」
「なっ……! 何を言っているのですか⁉」
「この街庁舎に隠してる悪神像の話だけど? 他にも色々やってるみたいじゃない。まさかこの街庁舎の職員がほぼ破滅教徒に入れ替わってるとは思わなかったけど」
「……」
はじめは少しずつ。段々と大胆に。顔を奪い取る魔法もまた、破滅教徒にはお手の物。
何も知らない街の人々は、そうなっているなどとは微塵も気付かず。
小規模の旅商会はレッサー・デーモン率いる盗賊団に襲わせアンデッドの材料確保と資金源にした。
クイ、と指でトリッシュが指すのは街庁舎の下に作られた地下空間。ヤシチが暴いたその場所だ。
「隠し場所も、分かってるから。無駄な言い訳は要らないわよ」
「……誰だ貴様等は。ニンジャがいるとなれば、ただの旅商会などではあるまい」
そのジグの言葉に。
スケルツォとカクタスが進み出る。
「当然。こちらにおわすはアリフレタ帝国第一皇女」
「アレイア・アル・アリフレタ様であらせられる! 外道よ、その身の罪を恥じるならば大人しく縛に着くがいい!」
アレイア・アル・アリフレタ。
その名前は当然ジグも知っている。
この世界で最強の国、アリフレタ皇国の誇る第一王位継承者にして、歴代最強と呼ばれる皇女。
しかし、まさかそんな。
こんなところにそんな人物がいるはずが……!
「偽物だ。こんなところにいるはずがない! ハッタリだ! かかれ!」
街長の命令に職員たちが体をデーモンのそれへと変形させながら飛び掛かり……スケルツォの剣でバラバラにされる。
レッサー・デーモンがこんなに簡単に。そんなことが出来る人間で、しかもアレィア皇女の側にいる者といえば。
「剣星……では隣の魔法使いはまさか!」
「極魔、と呼ばれているよ」
カクタスの杖から放たれた光が変形しようとした街長を貫いて。
それでも襲い掛かろうとした街長……いや、デーモンをトリッシュの拳が微塵に砕く。
当然だ。どの種類のデーモンだったかは分からないが、トリッシュに勝てるはずがない。
「スケルツォ、カクタス、ヤシチ。掃討よ。全部綺麗にして」
「承知!」
この街庁舎が全て破滅教徒に入れ替わっている以上は大事にせざるを得ない。
もはやこっそりどうにかするという状況ではなくなっているのだから。
「あーあ……ま、仕方ないわね」
そんな諦めの言葉が示すように、この事件は大きく広まっていくことになる。
けれど、首都から調査官や騎士団が派遣される頃にはトリッシュの姿はなく。
妹姫イライザとその一行が苦々しい顔で待っていたのだけれども。
「いいんですかい? 手柄を全部渡しちゃって」
「いいのよ。あたしは別に手柄が欲しくてやってるわけじゃないし」
「姫様がそれでよろしいなら」
その頃にはもう、トリッシュたちは旅路の途中。
世界に悪の種は尽きないけれど。正義の種も尽きないという……まあ、そんな話である。




