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そんなことは知らず……というよりもトリッシュとしては、いつも通りに振舞っただけなので気にしてもいないだろうけども。
受け取ったフルーツと栄養剤をバスケットに入れて、大工のシルバの工房の前へと来ていた。
「結構立派ね」
「ま、大工ですしな」
「裏町の建物の施工にも関わっているでしょうしね。それなりに重宝されてもいるでしょう」
裏町にしては、という前提はつくが、それでも家としてはしっかりとした建物だ。
ドアをトリッシュが軽く叩いて「こんにちはー!」と呼びかけるが、誰も出てくる様子はなくて。
「んー? 留守かしら」
息子が謎の衰弱をしている状況で、そんなに長く家を空けるはずもないとは思うが……だとすると出直すか、此処で待っていた方がいいのだろうか?
トリッシュは耳を澄まして……やがて「いるわね」と呟く。
家の中にいるのは2人。弱った子どもと、大人が1人。
となると……出てこない理由は。
「押し入るわよ」
「あー、まあ今回は仕方ねえですかね」
「解錠の魔法をかけました。行きましょう」
この辺りはまさに以心伝心。カクタスの魔法ですでに鍵を解錠してしまっているので、トリッシュは「お邪魔します!」と叫び家の中へと入っていく。
そのままズカズカと家の中に踏み込んでいけば、そこにいるのは……ベッドに寝かされている男の子と、その手を握っている壮年の男。
「……何の用だ。強盗か?」
「神は言ったそうよ。病める者苦しむ者から奪う者は全身くまなく殴られて冥界に落ちるべきだってね」
「なら」
「いいから、時間がないから」
トリッシュはそのまま男の横まで行き、少年の額に手を触れる。
生命エネルギーをかなり吸われている……あと少し放置すれば死んでいただろうし、男もそれを悟っていたのだろう。
けれど、そうはならない。何故ならこの場にはトリッシュがいるのだから。
「治すから邪魔するんじゃないわよ」
そう言うと同時にトリッシュの手から神聖な輝きが放たれていく。
神聖魔法と呼ばれる類の魔法の中でも特に有名で、絵本にも度々登場する……けれど、中位以上の神官しか使えない魔法「エリクシル」。
何でも治すと言われるエリクサーの如き効果をもたらすという、実際にはそこまで万能ではないが常識の範囲内で万能な魔法。
「エリクシル」
その魔法の名を唱えれば少年の身体に聖なる輝きが広がり……同時に黒いもやのようなものが染み出し光に消されていく。
「な、なんだ今の黒いのは……!」
「呪いよ。もう消したけど」
絶句する男が、そこで気付いたようにベッドの少年へと目を向ければ……今にも死にそうだった少年の肌が輝きを取り戻して、ゆっくりと目を開けていたのだ。
「女神、さま……」
「気持ちは分かるけど女神じゃないわよ」
「おお、おお……! ロンド! まさかこんな……!」
「父さん? え、じゃあ此処は……僕はどうなって?」
「いい、いいんだ! まだゆっくり寝ていろ!」
そんな親子の感動の場面を邪魔するつもりもない。
トリッシュがベッドから離れて壁際に立っていると、涙で顔がびしょびしょになった男が振り向き立ち上がる。
「……ありがとう。何処の誰かも知らないが助かった。俺に何か用事なんだろう? 何でも言ってくれ」
「大工のシルバさんでしょ? 酒場のニドさんに言われてきたのよ」
トリッシュが言えば、スケルツォがフルーツと栄養剤の入ったカゴを差し出して。
それを受け取ったシルバはなんとも微妙な顔になる。
「ああ、この効いてるのか何なのか分からん栄養剤……確かにニドだな」
「そんな鑑別札みたいなやつなの……?」
「まさかニドにこんな伝手があるとは思わなかったが、おかげで本当に助かった。ニドにも今度礼をすると伝えてほしい。ああ、勿論これは貴方たちに渡す礼とは別だ」
「別にいいのよ、そんなの。話を聞かせてくれればいいから」
「話?」
そうシルバが聞き返すのも当然だが、トリッシュからしてみれば此処からが本題なのだ。
「その子……ロンドくんが、いつ何処でそうなったのか教えてほしいのよ」
「それは……」
心配そうに振り返るシルバに、ベッドの上のロンドは頷いてみせる。
恩人へ自分がそれを話すことで助けになるなら、ロンドも拒む理由は何一つない。
「4日前です。あの時、口利き屋のところでケインたちと会ったんですが……その時、ケインがいつもよりやけに親しげで。握手なんかするから珍しいなって思ったんですけど、思い返せばそれから具合が悪くなったような気がします。まあ、気がするって感じなんですけど……」
「ケインだあ? ケイン、なあ……」
「知ってるの?」
「裏町じゃ珍しい『良い奴』だよ。稼げない奴の面倒をよく見てる」
「はい。ケインだけじゃなくてその場にいた何人かとも握手したんで、ケインがどうこうってわけではないんです。でも他に思い当たるものもなくて」




