15
しかし、そうであっても構わないのだ。
商業ギルドで紹介された宿の部屋をとったトリッシュたちは、必要なことを確認し合う。
まず、ドアは分厚い。聞き耳をたてれば中の会話も聞こえないことはないだろうが、そんなことをすればすぐ気付く。
壁は……特に何の変哲もないものだ。しっかりはしているが聞こうと思えば隣の部屋からでも聞ける。
まず、部屋の評価はそんな感じだ。手放しで良いとは言えないが、悪い部屋ではない。
では「部屋」はいいとして、他はどうだろうか?
「……んー、特に聞き耳をたてられてる様子はないわね」
「おう、感知できる範囲じゃ間違いないぜ」
「魔法的にも問題ありませんが、念のため防音結界も張りました」
トリッシュたちのことを探る様子がない……ということは、この宿かあのギルド員は少なくとも協力者ではない。そこまでいい。問題はそこから先だ。
「此処の街長。どう思う?」
「黒だろ」
「黒でしょうね」
「そうよね。ヤシチもそう言ってたし」
裏町にあるだろう悪神像。
街長と協力関係にあった商会にあった悪神像。
そして、何よりもヤシチが見つけた街庁舎の悪神像。
ここまで揃えば街長を疑うなというのは無理だ。
……まあ、副街長のことは気になるのだが、そこはヤシチに任せるほかない。
「あとは街長がこちらにコンタクトをとってくるまでの間、何をするかだけど」
「裏町だろ?」
「裏町ですよね?」
「そうよ」
以心伝心とはこのことだろうか。
トリッシュの考えはすでに言わずともスケルツォとカクタスには伝わっている。
というよりも、トリッシュであればそうしないはずがない、という信頼にも近い。
「ま、当然ではあるよな。相手が何を企んでいるにせよ、まずはカクタスが実物を見るのが一番早い」
「ヤシチが街庁舎のは見てくれてるけど……魔法知識に関しては完全にカクタス頼りよね」
「そこに関しては負けるつもりもありませんが」
魔法は深淵だというが、実際に使うだけであれば勉強すれば余程才能がないのでなければある程度のレベルまでは使える。
しかし魔法知識はそうではない。これは徹頭徹尾「暗記能力」がモノを言う。
魔法がこの世に生まれてより遥かな時が経過しているが、その全てが貴重で有用な魔法知識だ。
……そう。魔法知識に「古い知識」などはない。積み重ねられたその全ては「偉大な知識」であり、それが分からない輩は深淵が深淵たる理由を知ることはない。
そしてカクタスは魔法知識に関してであれば誰にも負けるつもりはない。
……というわけで、トリッシュたちは宿を出て裏町へ向かうべく歩き出した、のだが。
当然「裏町が何処か」というのは商業ギルド員から聞いて知っている。
というか、伝染病だなんだという話の後で「どの辺?」と聞いたのだから答えないはずもない。
裏道から辿り着くその場所はしかし、裏道を通っていくトリッシュたちを塞ぐ男たちが非常に邪魔で会った。
「おいお嬢ちゃん、この先に何の用だ?」
「裏町に行くのよ。この先なんでしょ?」
「そうかい。じゃあ通行料を払いな」
「いいわよ、はい」
トリッシュが躊躇わずに男に銀貨を押し付ければ、慌てたように男は「ぎ、銀貨⁉」と掴んで仕舞いこむ。
「は、払えばいいってもんじゃねえんだよ!」
「どうしろってのよ」
「手間賃ってもんがあるだろうがよ」
「じゃあ、はい」
続けて押し付けられた銀貨に男の顔に笑みが浮かび、背後の男たちがざわつき始める。
「いや、まあ、なんつーか……なんでそこまでして通りてえんだよ」
「商人だから街のことは何でも知る必要があるのよ」
「商人ってそんなんだったか……?」
「そんなんよ」
断言された男は頬を掻きながら「まあ、いいか……」と呟く。
「通れよ。だがあんまし余計なことはすんじゃねーぞ。最近ピリピリしてんだ」
その言葉にトリッシュは頷く……のではなく、更に銀貨を押し付けた。
「なんでまた渡してくるんだよ!? こえーよ!」
「その話、詳しく」
「詳しくも何も……最近急に衰弱して死ぬ奴が多いんだよ。変な病気じゃねーかと思っても医者は何もねえって言うしよ……」
「ふーん、ありがと」
「だから銀貨を……まあ、貰うけどよ」
儲かった、と言いながらワイワイやっている男たちの横を通り、トリッシュは今の話を吟味する。
商業ギルドで聞いた話と、そんなに変わりはない。
ないが……急な衰弱死、ということはちょっとばかり事情が変わってくる。
「破滅教徒、確実に裏町にいるわね」




