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「ま、いいわ。結果的には誤魔化されてくれたみたいだし」
落としどころというものは大事だ。
人間は人間である限り欲求というものがあるし、たとえばうまい酒やうまい飯で口が軽くなる。
そして金を貰えば大抵のことは許す。
しかし難しいもので、具体的な金額が見えると、そしてもう少しいけるのではないかと思うと急に「和解」が出来なくなる。
けれど、そういうものが見えず、適度な重さを持ち、その価値を自分の中で信じられる……先程の布袋のようなものであるが、そういうものは多くの場合、一発で黙らせる効果がある。
勿論、その中身がクズ銭ばかりであったなら、怒りを買うだろうがそんなことはしない。
今頃中身を見ながら「儲かった」と思っている頃だろう。
そしてその満足感は、トリッシュたちの記憶をある程度薄れさせる。
短い期間の間だけ波風立てたくないのなら、これが一番だ。
……まあ、長期間どうにかするなら、根を一気に断つしかないのだけれども。
とにかく今の傭兵共はそれでいい。
商業ギルドの扉を開き「こんにちはー!」と元気よくトリッシュは声をあげる。
初対面の人とはファーストコンタクトが大事。
そして商人は景気の良さそうに振舞うのが一番だ。
そう、一番……なのだが。
「ああ、どうもこんにちは」
何やら暗い表情で溜息をついている受付と、バタバタと動き回っている職員たち。
まあ、どう考えても先程の連中が原因だけれども……だからこそトリッシュはそこで一歩踏み込む。
「チリメン商会のトリッシュよ。昨日この街に来たんだけど……何かあったの?」
「あー、いや……」
「最近入ってきた連中のリストがどうこうって言ってたじゃない」
「うん、まあ、そうなんだが……」
「面倒ごとは商売の敵。分かるでしょ? 回避できるものは回避したいのよ」
そう言われてしまうと、商業ギルドの男としても何も言えないのだが……「ギルド証」と苦悩に満ちた声を絞り出す。
「ギルド証、出してくれ。商会だっていうんなら出せるだろ。流石に無責任に色々なことは言えん」
「はい、どうぞ」
言われてトリッシュが出した金色の札は、偽造でも何でもない本物だ。
この国では皇都の商業ギルドでしか発行出来ない本物中の本物であり、魔法的な偽装防止策まで施された代物。そして、このギルド証が示すのは。
「い、一級国際行商許可証……いやアンタ、何者なんだ? 皇都から来たのか? しかしそんな大商団が来たって話は……」
「あたしたちはね、価値ある商品だけを取引してるの。たとえばこういうのを……ね」
言いながらトリッシュが服の内側から取り出すのは、小さな宝石だ。
その辺のチンピラが見ても小粒の宝石にしか見えないが……その赤い輝きを商業ギルド員は見誤らない。
「濃縮魔石……! な、なるほど。確かにこれ程のものをお持ちならば他の商品など無用……!」
濃縮魔石。モンスターが持っているという魔力の結晶体だが、研究によればこの魔石がモンスターの魔力運用機関だとされている。
大きければ大きい程素晴らしいとされる魔石だが、その定説を覆す超強力かつ凝縮された魔力を持つのが濃縮魔石であり、価値は数倍から数百倍、数千倍にも及ぶという。
つまりはピンキリだが、トリッシュが持っているのは明らかに最上級か、それに近いものだ。
であれば、何処に献上しても家宝だの国宝だのと尊ばれるレベルだ。
しかもトリッシュは「たとえば」と言った。
それは商人言葉では「これが最高の品だが、他にも似たような水準のものを持っている」という意味だ。
ハッタリだとしても商業ギルド員にとっては、信じざるを得ないハッタリだ。
「……いや、おみそれしました。しかし、そこまでの商品をお持ちであれば」
「そういうのは後でね。で、何があったの?」
何処か有力な相手に紹介しようとでもいうのか、それで恩を売ろうとでもいうのか……商人の目になるギルド員を制すれば「では後程」と諦めていない台詞を言うが、そこに繋げる為か隠さず言おうとする態度が見える。
「実は、この街にある商会が1つ、一夜のうちに皆殺しにされたということで。そういうことが出来る武力集団がいないかを調べろと言われたんですよ」
「それをなんで商業ギルドに?」
「商人は護衛をつけるものでしょう? まあ、貴方の護衛も強そうですが……流石にそこまででもないでしょうし」
「ふーん、相当強い護衛をつけてたのね」
ここで否定しても変に勘繰られるだけなので相手をあげればギルド員も「そうなんですよ」と頷く。
街長と取引がある……などという話がその後も出てくる中で、トリッシュの中では街長に対する疑惑が強まっていく。
「いやはや、まさかこの街でこんなことが起こるとは。いや、正直ちょっと最近あれではありましたが……」
「あれって?」
「あー、ほら。なんといいますかね。裏町ってありますでしょう? あそこの人間が最近やけに死ぬ、とかなんとか……そういう話もありまして。伝染病を疑ってるんですよ」




