4話、相談
「はい先生。元気出してください」
森本先生は顔を上げると、赤く腫らした目を大きく開いて、俺と缶コーヒーを交互に見た。
段々と気恥ずかしくなってきた俺は、押し付ける様に渡した。
彼女は戸惑いながらもそれを受け取ると、カシュっと、気持ちのいい音をさせてプルタブを開いた。
「……ありがとう、西城くん」
森本先生はそう言って、そっと缶に唇をつける。
首がクッと動いて、コーヒーが喉を伝ったのが分かった。
「いえ」
俺は椅子を引いて、先生の隣に腰かけた。
「優しいのね」
先生はそう言って、小さなため息をついた。
その横顔には、影が見えた気がした。
「恥ずかしいとこ見られちゃったわね」
「まあ、はい」
俺がそう言うと、先生は俯いた。
それから長い静寂が訪れた。
何度か話しかけようかと思ったが、言葉が喉で止まって、結局出てはこなかった。
自然と気まずくはなかった。
そうやって先生と一緒にいると、なぜか京吾と同じものを感じる気がする。
結構経って、俺はおもむろに口を開いた。
「……先生って、京吾と似てますよね」
そう言うと、ひと呼吸おいて、彼女は笑った。
割れるように、思いっきり笑った。
「なんかおかしかったですか?」
「いえ、本当にな思って。……なんでそう思ったの?」
「わかんないです。ただ、一緒にいると同じ感覚になるっていうか。なんでですかね」
そう言うと、先生は少しの間黙ってから口を開いた。
「京吾君とは、いつから知り合いなの?」
「今年からです」
「そっか、羨ましいなあ」
俺には、先生が何を羨ましいと言ったのか分からなかった。
彼女は俺の方を見て、ニコニコと微笑んでいた。
「……先生だって、友達いるじゃないですか」
「えぇ、いるわね」
俺はますます分からなくなって、眉間にしわを寄せた。
「じゃあ何が羨ましいっていうんですか」
「相性いいのがね、いいなぁって」
「……そうですかね」
そんなこと思ったこともなかった。
京吾と一緒にいて、特別面白いわけでもなかったし、気が合うわけでもなかった。
何となくつるんでいるだけだった。
「一生ものよ、大事にしなさい」
そう指摘されて、「まあ、はい」と、適当に受け流す。
森本先生はコーヒーに口をつけて、今度は大きくため息をついた。
先生の唇が湿って、艶めかしく映った。
「わたし、先生向いてないの」
突然、彼女はそんなことを口走る。
俺は何となく「そうですかね」と言って、
「……今日のことなら京吾に謝るよう言います」
「違うよ、さっきのことじゃないわ。……馴染めないのよ、どうしても
私頑張ってるのよ、先生たちとも仲良くやってるし、授業も頑張ってるんだけどね」
今日みたいに、
一生懸命に努力したのに空ぶって、失敗して、他の先生に迷惑をかけて。
不甲斐ない自分に絶望しているのだろか。
「大丈夫だと思いますけど」
俺がそう言うと「ありがとう」と、先生は微笑んだ。
「でもね、そうしてると私疲れちゃった。」
先生は目を細めて、
「結局、根本では”学校”に馴染めてないのよ。
そういう意味で私、京吾君と似てるわ。彼も私とおんなじで浮いてるの。」
その言葉で頭の中にあった靄が晴れた。
それは京吾と先生の同じ所、そのものだった。
俺が感じたのは、学校という日常の外に連れ出してくれる解放感だった。
先生は口を閉じて宙を見つめていた。
俺は先生の自虐を否定しようとする。
しかし、森本先生が京吾と同じで馴染めていないと納得してしまったから、否定の言葉は薄っぺらくてとても言えない。
俺は黙って、唇をきつく結んだ。




