第64話 大災害の後
永田町の官邸か、どこかの地下……。
壁の大型ディスプレイは、信じられない光景を映し出していた。
瓦礫が溢れる山間の演習場。
銃弾とザイルの暴風の中心で、平然と立つ女性。そしてその暴風圏を生み出し荒れ狂う流星槌と縄鏢を操る。
回転運動が回折し、直線運動になり、銃弾からエネルギーをうけてまた回折して回転運動に…………。
そんな現象が何十何百にわたって起こる暴風圏は、日米の新装備お披露目部隊を蹂躙していく。
無力化された部隊が見逃され、這々の体で撤退するのと入れ替わり現れる日米の装輪装甲車4輌。
陸上自衛隊の1輌には、戦車にも対抗できる火力として装甲車には大袈裟な砲塔がついている。
その砲塔が警告のようにカナキャタクリズミクリィへ向けられる。
砲塔の丸い砲身を見つめながら、流星槌を回しながら笑うカナキャタクリズミクリィ。
装甲車の動きが止まり、砲塔が向けられたままエンジンの小うるさい音だけが鳴り響く。
砲撃の命令に対し、車長が「なにぃ? 攻撃? あの少女を攻撃するのか?」と戸惑っていることが画面越しでも見て取れた。
人が息を止められている限界ぎりぎり……くらいの時間が経った頃。
ついに105mmのライフル砲が火を吹いた。
砲撃した直後、砲弾が何かに引っかかって減速し、なぜか隣の装甲車が横転する。
落ていく砲弾をカナキャタクリズミクリィの鞭が拾い、再び空中へ高く引き上げた。
放り投げられた砲弾は、それを放った装甲車の右側面へと着弾して炸裂した。
八つあるタイヤが三輪ほど破壊されても舗装路での巡航速度を保証され、四輪失われても徐行できると豪語されている車両だが、それはある程度被害が左右ばらけている破壊の場合である。
片側全てが破壊されては、その場で擱座することとなる。
残った二輌は、迷いなく車内からリモートウェポンシステムRWS制御の機銃を向けて発砲するが、カナキャタクリズミクリィには一発も届かない。
機銃から放たれる人間を引き裂くスマッシャーより、はるかに危険な暴風圏がカナキャタクリズミクリィの周囲に発生していた。
息を吐き続けて疲れたランナーのごとく、一輌の装甲車の機銃が射撃を止める。
その隙を逃さず、カナキャタクリズミクリィが振るったムチが装甲車の硬く厚い側面を叩いた。
装甲車そのものにはダメージは見られない。
だが、その一撃で装甲車はエンジンから黒煙を吹き出し沈黙した。
装甲車の乗員からも連絡が途絶えた。遠隔でモニタリングされているバイタルサインは一瞬だけ激しく跳ね上がったが、その後は異常はないため死亡してはいないが、無力化されたことは窺い知れた。
残る一輌は、観客席の賓客や報道陣を守るため……という名目で全力後退を指揮所から命令されて引き下がっていった。
これを笑いながら見送ったカナキャタクリズミクリィは宣言する。
『刮目せよ、世界! 国家も弱者と共に頭を垂れて、総統の前にひれ伏すがよい! 世界中の国家たちよ。我々に降伏するならば、このQRコードを記した旗を自国の国旗の代わりに掲げるがいい!』
どこに収まっていたのか?
胸の谷間から旗を取り出し、それを広げて高く投げ上げた。
彼女の言う通り、旗にはQRコードが印刷されていた。
白旗ならぬQR旗を、国旗の代わりに揚げよとは、国家の威信が地に落ちる要求だ。
無理難題である。
旗を投げ上げて視線誘導をした瞬間、カナキャタクリズミクリィはその場から消え失せていた。
記録映像では、わずかに揺らいだ後に、登場したときに発生していた雷雲の中に飛び込んでいく姿がかろうじて残されている。
「以上が、本日一二:〇〇時、水原演習場にてタイダルテールの幹部を自称する当該女性によって引き起こされた顛末です」
面の皮の厚い官僚が、沈痛な面持ちの政府閣僚たちを前にして告げた。
見たいた者たちの口から、一斉に溜め息が漏れる。
「……信じられん。ば、化け物か」
防衛大臣の振り絞った声は、誰もが言いたかったこを代弁していた。
人類最強と呼ばれたとある故人を想定し、作られたという新装備と鍛え抜かれた兵士たちがあっさりと一人に蹂躙されてしまった。
まず歩兵戦車が4輌も無力化された時点で、歩兵部隊で対抗できる手段が思いつかない。
もう次に出せる兵器は、主力戦車か攻撃ヘリである。
「もうこれは怪獣映画並みでは?」
「怪獣の方が的が見えるし、目立つからまだマシだ。あの姿で街に紛れられてみろ! どこで暴れるか? 追跡すら難しい!」
雑踏に紛れて活動するタイダルテールの幹部を想像して、閣僚たちは言葉を失った。
閣僚の中でもっとも高齢な法務大臣は青息吐息だ。
「たしかに米軍も武器を持ち出されなければ、飛騨の志太翁にも対抗できると豪語していたが……」
日米の新装備は、人類最強と呼ばれた人物を想定して作られた。
格闘怪人が皆、志太より劣っているとみられていたため、装備は必要十分であると考えられていた。
しかし、想定以上の大幹部が現れた。
「ライフル弾どころか、AMVXPのライフル砲を受けて切れない綱とはなんだ! 105mmだぞ! ロイヤル・オードナンスの開発者たちが泣くぞ!」
今は無き軍需企業の技術者たちの無念と驚きを想い、防衛大臣が代弁した。
なおこのタイプの砲は古いながら西側各国でライセンス生産され、現在でも多く採用され続けているため、現行利用者たちも今頃青い顔をしていることだろう。
「だいたいなんだあれは? 砲撃を綱で受け止めて、絡めていた隣の車両を転ばしたのか?」
「そのようです」
「そのようですじゃないぞ、これは!」
面の皮の厚い官僚の反応に、防衛大臣は頭を抱えてテーブルに身を投げ出した。
「いや、キミが悪いわけではない……取り乱した……すまない」
頭を抱えたまま、震える声で防衛大臣は謝罪した。面の皮が厚い官僚はお気になさらずにと返したが、反応が冷淡すぎて逆に怖い。
実際、さらに閣僚を悩ませる報告を続ける。
「当該怪人の鞭は、新型ボディアーマーの衝撃吸収効果をすり抜け、着用者の肉体へダメージを与えております」
大画面の映像には、ボディアーマーを脱がされた兵士の姿が映る。
まるで蛇にでも巻き付かれて絞られたかのような痣が、胴体部を走っていた。
「加えて、映像では確認できませんが、米軍は音響兵器もカナキャタクリズミクリィへ使っていたようです。しかし、カナキャタクリズミクリィのムチの音でかき消されたようです」
映像では、むやみやたらにムチで地面を叩いているようだが、これは音響兵器を打ち消すための行為のようである。
意味がわからないと、首相は目頭を押さえた。
「常識が崩れる情報を、わっ……と加えないでくれ」
「まだ二つほどありますが?」
「……あとで文章にして頼む」
面の皮の厚い官僚の面の皮の厚さに、そろそろこの場にいる閣僚たちも気が付き始めた。
将来、官房長官にして矢面に出してやると決意するものもいた。
「こんなやつらが、どれほど日本に潜んでいるのか……」
「どう対抗すれば」
「誰が……」
国家公安委員長の呻きのような独り言が伝播し、不安が内閣府を構成する官僚たちに広がる。
その声を聴いて、この場にいる閣僚と官僚たちの視線が奥にいる魔女へと向かった。
魔女は青ざめていた。
俯き、波立つ紅茶の水面を凝視しながら、微かに震えている。
「……ご、ごめ……。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい…………おばさま、いえお姉様……ごめんなさい…………」
「ま、魔女殿?」
「どうされました?」
尋常ならざる様子に、政府関係者たちも浮き足立つ。
反応に気が付いたのか、魔女アングザイエティーズ・キスの震えと呟きがぴたりと止まった。
取り繕うよう紅茶に口をつけ、見た目の年齢らしく「ふう……」と可愛らしく一息ついて答える。
「……現状、私では勝てません」
「魔女殿でも? パートナーのスコラリス・クレキストと組んでは?」
「無理……でしょうね」
頼りの魔女の弱気な発言に、閣僚たちから落胆の息が漏れる。
同時に、どこか侮るような、この場にいることを認めていることへの疑念も漏れていた。
それらを敏感に察知した魔女アングザイエティーズ・キスは、自信ありげに立ち上がり宣言する。
「正直、一人で相対したくはない相手です。ですが、映像を見る限りふざけているようで、所詮は物理的な攻撃です。魔法という物理法則を無視したものならば、対抗の余地はあります」
「我々を取り込んだように?」
閣僚の一人、いまだ魔女を信用しきっていない法務大臣が皮肉を添えて確認する。
「ご明察」
法務大臣の反骨を、心地良いと笑って魔女は答えた。




