第62話 災害、災厄、のち激変 1 ☆
「あーーー、もう! 久々にぶちきれたのじゃ! 吾輩の本気を見せてやるのじゃ!」
タイダルテールの地下秘密アジトで、ちっちゃい体を震わせてディスキプリーナが怒りの表明をしていた。
くまのぬいぐるみは振り回され、その耐久力は異次元由来の技術であることをその身を持って証明している。
「そう! 本気! マジになるのじゃ!」
先ほどまで、予定通り行かなくて泣き叫びながら文句を言っていたお子様総統はもういない。
まだ涙声で目が少し腫れているが、そんなものを吹き飛ばす威厳がかろうじてあった。
「本気ってなんだ? タイダルテールの総統として、ついにお前が出陣か?」
リリカとのおでかけファッションのまま、アジトで円卓の椅子に座る笛奈がディスキプリーナに何をするのかと尋ねる。
なおアー、ガー、ペーの三人はいない。
地上の老人介護施設で早めの夕食中……という名目で、泣き叫ぶディスキプリーナのお守りから逃げ出していた。
わがままとかんしゃくに付き合えるのは、文句を言いながらも母性を持つ笛奈しかいなかった。
そんな笛奈に尋ねられ、ディスキプリーナはやや落ち着きを取り戻していた。
「いや。吾輩はまだ出ん。あのアンミ・マジュスとかいうやつと、背後関係をまるっと探り出してやるのじゃ」
「できるのか?」
「無論なのじゃ」
「アングザイエティーズ・キス相手にはできなかったのに?」
「うぐ……。あ、あれはあやつの認識阻害魔法の性能が良すぎてだな……。今回のアンミ・マジュスは、その辺りが不完全なようなので余裕なのじゃ」
言い訳をするディスキプリーナ。
だが、確かにアングザイエティーズ・キス改めエティーズ・ルテティアこと小桜姫子の魔法の才能は飛び抜けている。
出力などが優っていても何もかもが大雑把で単純なディスキプリーナでは、相性が悪いといえた。
「まあ、いいさ。じゃあアンミ・マジュスは任せていいのかい?」
「うむ。さくっと調べ上げてやるのじゃ。……というわけで、笛奈。タイダルテール幹部として、カナキャタクリズミクリィのデビューをしてほしいのじゃ」
「えー、やだー」
ディスキプリーナの要望に、露骨に嫌な顔をして拒絶する。
笛奈はあの紐みたいな衣装を、着させられることだけはお断りだった。
「安心するのじゃ。デザインを変更したのじゃ」
「変更、おま……また無駄遣いしたのか?」
紐のデザインの変更ということは、ほぼ作り直しだ。
仮に紐を利用してあっても、面積が大幅に増えるなら下着以外新造も同然である。
「安心するのじゃ。女性用のコスチュームは、吾輩の世界の既製品の組み合わせでいけるのじゃ」
「なら普段の怪人のコスチュームもそっちで買えばいいんじゃねぇか?」
「女物しかないのじゃ。吾輩の世界は女しかおらんのじゃ」
「へぇ〜」
あらゆる意味で多様性がない世界だと聞いてはいたが、女しかいない世界というのは笛奈も初耳だった。
「吾輩の侵略とは、どんな性があろうとすべて女にするのじゃ」
「おい、それ初めて聞いたぞ!」
急な重要情報開示に、笛奈は腰を浮かせた。
「初めて言ったのじゃ。そんなことよりカナキャタクリズミクリィの衣装なのじゃ」
問い詰めようとする笛奈を抑え、新デザインの衣装をバッグから取り出してみせた。
「うーん。それくらいなら、まあ……」
それなりの露出はあるが、最初に渡された紐と比べたら遥かにまともに見える衣装だった。
笛奈は気が付かない。
最初のインパクトが異常だったため感覚がおかしくなり、これくらいならと思わせるがそれなりに過激な衣装であることに……。
◇ □ ◇ 人 ◇ □ ◇
いつ梅雨に入るのか、空梅雨が続く六月半ばの昼下がり。
早くもきつい日差しが、夏のように降り注ぐ福島のとある陸上自衛隊演習場。
そこに多くの政府関係者と各国外交官と駐在武官、そして国際的な主要報道関係者が集められていた。
仮設されたひな壇状の客席から、演習場に作られた模擬市街地を見下ろしている。
そこに配置された陸上自衛隊の精鋭部隊と在日米軍の海兵隊たちを、距離こそあるが演習場より高い位置に設置されたひな壇客席から確認することができる。
市街地を想定して構造物があるので多少見通しは悪いが、双眼鏡を利用して概ね俯瞰で観察できた。
さらに大型モニターで、演習の様子を眺めることができ、一部兵士のヘルメットに取り付けられたカメラの映像も表示されるようできていた。
今回の演習には、いくつかの目的……いや日米の思惑があった。
アラームショックとカラテショック以来、警察の職務遂行能力への疑問が各所から上がっている。
重装備の警官部隊が怪人に対抗できないならば、魔法少女や魔女相手などさらに無理なのでは? というものだ。
この疑問は警察相手だけではなく、各国の軍隊にも同様の疑問が各方面から挙がっていた。
これらを払拭するため日米合同演習という形が取られ、新兵器と新しいドクトリンのお披露目が実行されたのである。
米軍の海兵隊の配置が終わるまで、会場では米軍の報道官による新装備の解説が続いている。
「──こちらの新型ボディアーマーは、軽量化とそれに伴う限られたバッテリーを有効活用するため、瞬発的に活動する一瞬の補助、ならびに打撃と衝撃の瞬間に頸椎、関節などを保護するためフレキシブルなクッションによる半固定とアブソード・ザ・ショックだけを行います」
大型モニターには、大口径ショットガンからゴムスラッグ弾を発射される映像が流れた。
子供の拳ほどあるゴムスラッグ弾が、用意にドアを打ち抜き、大の男ほどある人型サンドバックを吹き飛ばす映像が繰り返されている。
それら映像のあと、陸上自衛隊と在日米軍海兵隊の着るボディーアーマーの映像に切り替わる。
モデルの兵士はボディーアーマーの前面胸部を取り外し、インナーとなっているゴムと人工筋肉素材があらわにした。
そこへ、ヘルメット越しとはいえ、先ほどと同じゴムスラッグ弾が側頭部に打ち込まれる。
しかし、ヘルメットこそブレるがそれは映像の上。
がっちりと装着者の頭部と首を守るため、スーパースロー映像で衝撃がインナーの人工筋肉素材を通して背中や胸へ逃している機構の動きが見られた。
兵士もよろめきこそしたが、気を失うどころか痛みを感じている様子もなく、倒れもせず半歩ほど足を動かしてバランスを取るだけで済んでいる。
「このようにグリズリーの一撃を超える攻撃を受けても、着用者はヘルメットからインナーへダメージを逃すことができます。またボディーアーマーを併用することによって、さらに強力な衝撃を吸収できます」
明らかに対格闘怪人を想定したボディーアーマーであった。
殴られた瞬間、投げられた瞬間、衝撃を逃して反動が体内や関節に及ばないように工夫される。
ざわざわとする会場からは、本当なのか? 問題はないのかという疑問の声がちらほらと聞こえてきた。
スポークスマンはそれらに反応して、肩をすくめてみせた。
「あー、もちろんこの新型には問題がありますよ」
やはりあるのか……。そういう空気が会場に流れる。
スポークスマンの後ろの大画面モニターの映像が、ヘルメットを外す兵士の映像となる。
「着用者はこの後、乱れたヘアセットを丹念に直さないといけませんね。ヴィランを倒してインタビューを受ける時、ハンサムなヒーローが様になりません」
ヘルメットを外した兵士の髪は頭頂部が鳥の巣のように膨れ上がり、反して両側頭部はアイロンで撫で付けたようにぴっちりとだが乱雑に張り付いていた。
勇壮だが滑稽なヘアスタイルとなった兵士の映像と、スポークスマンのジョークで会場は、ドッと盛り上がった。
「着用感は、着用者の個人個人に調整することで快適となります。ご安心を……」
スポークスマンにより適度に緊張がほぐれた会場に、再び予期せぬ緊張が走る。
外交官の一人が、演習場上空に雷雲を丸めたようなものが浮かび始めているのを見つけたからだ。
「おい、なんだあれは?」
「君、あれも今回の演習予定かね?」
空梅雨の晴天の下、不自然に低い位置で渦を巻くような雷雲。
あきらかに自然現象には見えない。
スポークスマンの近くにいた人たちが、あれは何事かと尋ねる。
「はい。……え? あー、はい? いえ、あれは……なんだあれは」
最初こそ務めて笑顔で答えようとしたスポークスマンだったが、確認すればするほど予定外であると露呈させてしまうように慌てふためき資料を乱雑に捲って壇上を散らかしていた。
ただの雨雲や雷雲にしては低すぎた。
ビルの十階ほどの高さに雷雲が現れることはないと、真っ当な教育を受けていた者ならばわかる。
会場の来客と演習場の兵士たちから見守られていたその雷雲から、雷ではなく紐状のなにかが鋭く空を裂いて飛び出した。
そして演習場の一際高いアンテナを模した鉄塔まで伸びて絡まった。
それは長い長い革製の鞭だった。
長さ二十メートルはあろうかという長い鞭が鉄塔に巻きつき、そこへ向けて雷雲の中から飛び出した長い髪の女が強力なゴムで引っ張られたかのような軌道で模造ビルの屋上に着地した。
その女が右手を振えば、映像を速戻しするように絡みついていた鞭が鉄塔から解け、手首の返しだけで巻き取られていく。
丸く適度にまとまった鞭を右手で握り、左手で残った先を足元に垂らし……パンッ!と引き絞る。
引き絞ったその際に起きた編まれた革の擦過音は、衝撃はとなって演習場を包み込んだ。
それは日本の神道にある柏手を思わせる清浄な炸裂音だった。
兵士たちと観客席の来賓たちの視線を一身に浴びて、肉感的で若いが危険な美しさを持つ女性が高らかに宣言する。
「ワタシはカナキャタクリズミクリィ! タイダルテールの最高幹部であり、将軍を務めている! 総統ディスキプリーナに代わり!この世界の支配者を気取る者たちに、大災厄と大激変をっ!」




