第59話 魔女のことは魔女に
「大勝利〜〜!」
フルアーマード十字斬り男を倒したあと、残敵である戦闘員を新魔法少女と共に駆逐したスコラリス・クレキストは、撮影する野次馬たちに向けて勝利宣言のポーズでアピールを忘れない。
彼女は魔女として暴れたアングザイエティーズ・キス改めエティーズ・ルテティアと違い、観衆たちにサービスを忘れない精神を持っていた。
一方、魔女を名乗るアンミ・マジュスは、ホウキで宙に浮いているため遠まきに眺める人が多い。
おそらく魔女を名乗ったため、アングザイエティーズ・キスと同じ悪印象……そして背後から一突きする姿に恐れを抱いているためだろう。
もっとも、ホウキにぶら下がって飛んでいるというのも、近寄れない理由だろう。
親しみを持ってスコラリス・クレキストを取り囲む観衆たちは、無遠慮にもサインを求めている。
サインは無理だと断るが、一緒に記念撮影などを応じていた。
記念撮影もそこそこ、警察が来る前にとスコラリス・クレキストは、戦闘員に捕まっていたリリカの元に駆け寄ってきた。
「ねえ、大丈夫だった? リリカ?」
「はい……え?」
「……あ」
リリカはスコラリス・クレキストに名前を呼ばれ、何かに気がついた表情を見せる。
ワンテンポ遅れて、スコラリス・クレキストも失言に気がついた。
追及しようとリリカが口を開けたその時。
タイダルテールが狙っていた【モニュメント】と称される門柱が破壊される炸裂音が鳴り響いた!
「なに! なにが起きたの?」
スコラリス・クレキストも、リリカも、撮影していた観衆たちも、その音に驚いて門柱を見ると、アンミ・マジュスが瓦礫の中から何かを拾いあげていた。
それは大きなガラス玉のようで、ほんのりと光っている。
ガラス玉を大切そうに抱え、注目するスコラリス・クレキストたちに宣言する。
「これがお爺様の夢に……」
光るガラス玉を懐に収めてホウキにぶら下がり、ふわりと浮かぶアンミ・マジュス。
スコラリス・クレキストは呼び止めるため、数歩歩み出して手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと待って! ねえ、あなた! 新しい魔法少女なの?」
「魔女です」
「ま、魔女なの?」
「スコラリス・クレキスト。あなたと戦うつもりはない。でも、せめて邪魔はしないで」
そう言って、ホウキに乗り直したアンミ・マジュスは、再び空へ向かって高く高く飛び上がった。
横へ飛んでいくならば、スコラリス・クレキストも追いかける気になったが、高く高く豆粒に見えるほど高く舞い上がられてから、雲の影に隠れて逃げられては追いかける気にもならない。
「今のガラス玉みたいなの、なんだろう……」
魔女を自称するアンミ・マジュスが持ち去ったガラス玉。タイダルテールもあれを狙っているのだろうか?
魔女については、姫子に聞いてみようと思っているスコラリス・クレキストに、リリカが声をかける。
「あの。クレスちゃん。あなた、なぜ私の名前……」
「あーっと、あれがあれでこうだからこうしないとあーして急がないとーっ! みんなごめんねー!」
スコラリス・クレキストはとぼけて誤魔化すように、そしてリリカから逃げるようにその場から走り去った。
◇ □ ◇ 魔 ◇ □ ◇
「リリカさんの名前を呼んでしまったのは、失敗でしたね。小夏さん」
「うう、ごめんね。姫子ちゃん」
ミンチルが作り出したアジトで、姫子に咎められた小夏ことスコラリス・クレキストは小さくなった。
小夏はスコラリス・クレキストの姿をしているが、姫子は魔法少女に変身していない。
鬼のような一対のツノが額に生え、制服姿で涼しい顔をして持ち込んだ紅茶を飲んでいた。
なお彼女の前には相当量の食べ終えた後のデザート皿が並んでいる。
魔力がとても高く常時魔法を使っているような状態の姫子は、小夏が望んでいた以上にアジトへの魔力残滓を供給をしていた。
スコラリス・クレキストが貯めた魔力をスイーツとして消費した姫子だったが、すぐに返済してしまい、今では自分用に大量供給、大量消費している。
それでもじわじわ魔力残滓が溜まっていくので、スコラリス・クレキストは御相伴に預かることも多くなってきた。
そんな手前、小夏は恩人でありながら、姫子へちょっと頭が上がらなくなり始めている。
「いえ、怒ってはいませんよ。私も気をつけないと、って思ってますし」
姫子は深刻に考えていたため、少し厳しい表情になっていただけだった。
しゅんとするスコラリス・クレキストに、緊張を解き柔らかく微笑みかける。
「うわー、やさしー、姫子ちゃん好き〜」
「……っ!」
スコラリス・クレキストはありがとうとばかりに、姫子に抱きついた。
何気ないスキンシップだが、今の姫子にとっては拷問に等しい。
小夏に好意を持つ姫子だが、その好意を発露する行為を行えばアジトのルールに反するのでお仕置きを受けてしまう。
痛いことが苦手な姫子は、お仕置き回避のため小夏の柔らかいが細く小さい体を受け止めて、微動だにせず鼻息を荒くするほかなかった。
なお小夏は姫子に対して特別な感情は、もう持ち合わせていない。
姫子の裏の顔を知ってしまった上に、その中学生らしからぬ言動に憧れが砕かれてしまったからだ。
今では親しい友達であり、魔法少女の仲間であるという感情が強くなっているようだ。
姫子の内心を知ってか知らずか、小夏は親しい友達として気軽にこうして抱きつく。
「ふー……、ふー……」
姫子にとって、魔力は三大欲求の二つを満たしてくれる重要な欲望対象である。
薄着のスコラリス・クレキストが、無邪気に抱きついてくるこの状況。
有名パティシエの作った見目麗しいケーキの数々が、「食べ放題ですよ」と性的アピールをしてくるのも同然だった。
……性的アピールしてくるケーキとは、どういうケーキなのだろうか?
それはともかく。
クールな顔をしている姫子の鼻息が荒くなり、怪しく震える手をスコラリス・クレキストの臀部に伸ばす……が、届く前に邪魔が入った。
「ボクとしては小言を言いたいところだけどね」
テーブルの上で毛繕いしていたミンチルが、姫子の状況も知らずに意見を述べた。
姫子は慌てて伸ばしていた手を引っ込める。
「二人とも。これからも気をつけてね。変身中、お互いを名前で呼んだら大惨事だ。認識阻害が効いているとはいえ、漏れた情報が増えるごとにその効果が薄れていくから」
ミンチルの言い分に、素直に頭を下げる小夏。
だが、すぐに話題を変えて矛先を逸らす。
「ところで姫子ちゃん。アンミ・マジュスって子。魔女って言ってたけど、なにか知ってる?」
「……いえ、知りません。魔女であるのは確かでしょうが、彼女については知らないですね」
「そうだよね〜。外国人ぽかったし。日本語は上手だったなぁ〜」
人種はわからないが、アンミ・マジュスは確実に魔女である。
「魔法少女ってことは……ないよね」
「ないね。ボクの認証なしに魔法少女になることはできない」
スコラリス・クレキストの疑問をミンチルは否定する。
「魔女は自力でシステムロックを外した存在だけど、魔法少女はボクたちの世界の理でロックを解除して、ボクたちの世界の技術で魔法を使う。ボクと同質の鍵で変身しない限り、魔法少女じゃないよ」
電子機器で例えるならば、魔女は|オペレーションシステム《OS》しか入っていないパソコンで、あれこれ開発環境を整えソフトやアプリを自分で作り上げた状態。
魔法少女は前もって多数の便利なアプリがプリインストールされた高性能スマートフォンを、ポンと渡された状態だとミンチルは説明した。
……なおミンチルは「ボクたちの世界の理でロックを解除」と説明しているが、それは間違いである。
実際は裏からディスキプリーナが解除しているだけで、ミンチルは端末に過ぎない。
プリインストールされている魔法も、ディスキプリーナが購入したり作ったりしたものだ。
悲しいことに精密な造物であるミンチルは、それを知らず気が付くこともできないだろう。
「ほえ〜。姫子ちゃんすごいな〜」
スコラリス・クレキストは、姫子が自分で魔法を作り上げていると聞いて素直に感心した。
「まあ、私は前もって先達と資料がありましたから」
姫子を妬み、呪いをかけた少女。
真庭麻美。
彼女の知識と集めた資料があったため、姫子はシステムロックを外す第一段階と、魔法を組み上げ行使するという第二段階を踏むことができた。
真庭麻美は、いまでこそ姫子の取り巻きではあるが、もとは敵であり、そして師でもあると言える。
「そういえば姫子ちゃん。真庭ちゃんって、魔女なの?」
「魔女未満ですね。確かに呪いらしき魔法は発動してましたが」
システムロックは外れていないが、触媒や呪具を使ってかろうじて魔法を使っている状態だという。
「呪具?」
「昔の魔法使いや魔女たちが、作っておいた魔法の道具みたいなものですね。使い方と本人の魔力次第で使えます」
「へ〜。そういうのがあったら、私たちもパワーアップってならないかな?」
スコラリス・クレキストの素朴な疑問に、姫子は肩を落として答える。
「どうでしょう? 物によりますし、なにより珍しくて手に入りにくいから難しいかと。私も探したことがありますが、見つかってません……」
──ふと、姫子は考え込む。
「アンミ・マジュス……。私と同じように、魔法を手に入れたのか……それとも」
「何か気がついたの? 姫子ちゃん」
「一つ、思い当たる可能性がありますので、調べてみましょう……と、その前におかわりを」
シリアスはどこへやら。
姫子はマジックキッチンのマジックオーブンから、ベイクドチーズケーキを取り出して頬張り始めた。




