第58話 魔女は怖い
「おいおいおい、またまたまた予定にないぞ、これ。どうする?」
フルアーマード十字斬り男は剣道用具に身を包んでいるため、通信機など仕込みやすい。
面の中でひそひそ声を出し、すぐに総統ディスキプリーナへ指示を求めた。
「ぐっ! がっ! また謎の魔なんで思いどおくぁwせdrftgyふじこlpのじゃ!」
だが総統も相当に困っていた。
何かわけのわからないことを叫びながら、軽バンのなかで転がっているような音が聞こえてきた。
「こいつ……本当に現場指揮官にむかねぇな」
フルアーマード十字斬り男としてではなく、笛奈としてディスキプリーナをそう批評した。
「こちら、アー。予定の敵対目標でないなら、警察などと同じ通常対応で。戦力を確認後、できるなら排除してください」
横で通信を聞いていた待機中のアーが指示を飛ばす。現場指揮官向きはむしろアーだ。現場の独断と言えるほどだ。
しかし軽バンの中で駄駄を捏ねるだけの総統より、はるかに早くはるかにマシな判断である。
それを知っている笛奈は、この指示に従う。
「あ、排除といっても」
「わかってる。手加減しないで死なない程度に、ちょっと泣くくらいで加減してやる」
慌てて指示に補足を加えようとしたアーに対し、笛奈は大丈夫だと伝える。
魔女を名乗って、魔女のような能力がないコスプレ少女の可能性もあるので、その点は注意が必要だ。
フルアーマード十字斬り男は魔女アンミ・マジュスを名乗る街頭へ向けて距離を詰め、竹刀を振るった。
「どりゃぁ! チャージングぅ十字斬りぃいいっ!」
ダイキャスト製アルミ合金の街灯支柱が竹刀によって切断され、アンミ・マジュスは足場を失う。
しかし右手に持っていた箒が、引っ張るように彼女の体を引っ張り上げて落下から守る。
通信機の向こうで、アーが「竹刀で!? どうやって切った! ていうかやりすぎ!」と驚いているが、それどころではない。
「ほう。見た目通り、空飛ぶホウキか!」
箒に引っ張られて次の街灯へ移動するアンミ・マジュスを、嬉しそうにそう言って走って追いかける。
いかに世界最強であろうと、笛奈は空を飛べない。
次の街灯へ着地する前に、フルアーマード十字斬り男はその支柱を蹴って飛び、アンミ・マジュスへと迫った。
「喰らえぇい!」
「煙なき地獄の炎!」
箒にぶら下がったアンミ・マジュスは、腕輪をはめた左手を突き出して呪文のような言葉を叫ぶ。
呼応するように腕輪が光り、炎が吹き出して迫るフルアーマード十字斬り男に襲いかかった。
「なんの十字斬りっ! どぅりゃっこめーーーん!」
剣道特有の面にも胴にも小手にも聞こえる奇声を発しながら、アンミ・マジュスが放った炎を竹刀でかき消す。
切断され爆発する炎の音より、フルアーマード十字斬り男のほうがうるさかった。
切った炎が膨れ上がって火の粉に一瞬つつまれるが、そこはさすがフルアーマード。
「なんともないぜ!」
そう言ってくすぶる防具を叩きつつ、離れたところへ舞い降りてくるアンミ・マジュスを注視した。
(……こいつ。足元を見てる?)
着地の足場をよく見ることは悪いことではない。だが、体操の競技ではないのだ。着地のするまでしっかり見たままなど隙だらけである。
戦いの場でそれは迂闊である。前もって着地点を確認しないのもまずい。
着地のさい、足がつくまでしっかりと視線を下にむけ、アンミ・マジュスはフルアーマード十字斬り男を警戒している様子はなかった。
アンミ・マジュスの実力を測るつもりがなければ、ここで突きの一つでも放っていれば勝負は決していたかもしれない。
能力を確認するため、フルアーマード十字斬り男はゆったりした袴の特性を生かし、一歩一歩その場その場に裾を残していくように見える歩法で大きく横へ移動した。
袴はゆったりとしているため、その空間だけで充分に足を一歩進めることができる。
上半身をその場で動かさず、うまく袴を揺らさず裾の端から端まで足を動かせば、中ではいつのまにか一歩進んでいるわけである。その次の一歩で大きく移動すれば、はたからみると一気に二歩分移動したように見えるわけだ。
思った通り、アンミ・マジュスはフルアーマード十字斬り男を見失い、立ち止まった瞬間の袴と竹刀の切先を追いかけているような目線だった。
目で相手を追う。これは別に悪いことではないが、止まった瞬間にその物体を注視してしまうのはよくない。
敵が一人で武器も持っていない相手ならばまだしも、戦闘員が周囲にいるのに動いていない正面の見やすいものだけを見て、見やすいものだけ目で追いかけ、止まったものを注視してしまうというのは戦いにも多人数で競い合うスポーツにも向かない。
一言でいうならば、アンミ・マジュスは周囲が見えていない。
フルアーマード十字斬り男は、アンミ・マジュスの周囲を移動しながら軽く打ち込んでみるが、見えない壁のようなもので弾かれる。
そして攻撃を弾くたび、アンミ・マジュスはその瞬間に目を瞑ってしまっている。
試しにフェイントで寸止めしてみるが、アンミ・マジュスはそれにも引っかかって目を瞑った。
あきらかに戦い慣れしていない。そして才能もないタイプだ。
さらに試しで、アンミ・マジュスが抱えるように持つホウキの穂を狙って打ち込んでみた。
「……っ!」
アンミ・マジュスは肩をすくめるようにして、握ったホウキを引き寄せる。
攻撃を弾く不思議な壁は、アンミ・マジュスの体を十センチメートルほどしか包んでいないらしい。
ホウキに竹刀が当たると、引き寄せて体をすくめていたせいでアンミ・マジュスはよろめいた。
もう一太刀、いや体を押し付けるように竹刀に力を入れれば、アンミ・マジュスは吹き飛んでしまうだろう。
フルアーマード十字斬り男は、いったん竹刀を引いて考える。
「……弱い?」
確かに魔法のような不思議な力を、このアンミ・マジュスは使っている。一般人やコスプレではないだろう。
ホウキで空を飛び、腕輪から炎を放ち、額のヘッドドレスの宝石が光ってバリアみたいなものを張っている。
だが、はっきりいってこれならアーが本気で戦えば勝ってしまうかもしれない。
ガーとペーの二人でかかれば、勝てそうでもある。
スコラリス・クレキストのような判断力や機転もない。
エティーズ・ルテティアのような悪辣さや幅広い用途の魔法もない。
スコラリス・クレキストとエティーズ・ルテティアの良い点を100点とするならば、このアンミ・マジュスはどの面で50点と言える。
それが笛奈の評価だった。
(これがディスキプリーナが狙った予定通りの魔法少女なら、いろいろやって負けてやってもいいんだが……)
緩いが次の手を打たせない攻撃を繰り返しながら、フルアーマード十字斬り男はアンミ・マジュスを追い詰めていく。
力量もわかったところでそろそろ退場してもらうか。と、フルアーマード十字斬り男はアンミ・マジュスのホウキの柄に竹刀の柄を押し当て、強く突き飛ばした。
ほぼ体当たりだ。
少女の体格で、男の体当たりに耐えられるはずもなく、アンミ・マジュスは仰向けに転倒した。
しばらく動けなくなる程度に、痛い目に遭ってもらおうと竹刀を振り下ろそうとして……。
「ハートアングル!」
弾むような明るい声と共に、青い光とハートの弾丸が降ってきた。
きたか! スコラリス・クレキスト!
これはこれで、いいタイミングだとフルアーマード十字斬り男は、アンミ・マジュスへのトドメの一撃を止めて降ってくるハートの弾丸を叩き落とす。
「おのれ! 邪魔をっ!」
大袈裟に飛び退き、大袈裟に構え直す。
その隙に、駆けつけたスコラリス・クレキストは戦闘員を三人ほど撃退し砂に変え、捕まっていたリリカを解放する。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう……クレスちゃん……」
「よかった。……まったく、女の子を捕まえて、女の子を押し倒すなんて、この変態!」
そういえば、最初にライトアーマー状態の十字斬り男で出会い、変態と言われたなと思い出す笛奈だった。
「これでも紳士的なつもりだがなぁ〜」
「黙れ、変態! ハードアングルス!」
言い返しながら竹刀を構え直し、スコラリス・クレキストに向き直る。
迫るハートアングルスを迎撃しながら──ふと、フルアーマード十字斬り男は異変を察知した。
スコラリス・クレキストに対峙した間に、アンミ・マジュスの気配が消えた?
逃げた?
隠れた?
姿も見えない……。
そもそも、アンミ・マジュスなんてやついたのか──?
ハートアングルスの次弾を撃ってくるスコラリス・クレキストが、スローモーションに見える。
……完全に勘。
長年の闘争生活から得た能力で、最大級の危険を念頭におき、なりふり構わない最大限の回避行動を取った。
フルアーマード十字斬り男は、スコラリス・クレキストと戦いながら、なにも無い空間と誰もいない敵から逃げるように無様に転がりなにかを避けた。
たった今までフルアーマード十字斬り男が立っていた場所に、黒い影から鈍い光を放つ刀身が突き出されていた。
それはいつの間にか背後に忍び寄っていたアンミ・マジュスが、フルアーマード十字斬り男を、背後から刺そうと突き出したナイフだった。
あのままスコラリス・クレキストと戦っていれば、フルアーマード十字斬り男は背後からズブリ…………と刺されて、アバターは破壊されていたことだろう。
「ちっ」
渾身のアンブッシュを躱されてたアンミ・マジュスは、邪悪にも見える表情で舌打ちした。
「怖っ!」
「こわっ!」
「恐っ!」
「コワッ!」
:> こわ……
:< 怖っ!
:> コワッ!
フルアーマード十字斬り男から戦闘員、解放されたリリカに通行人たち。野次馬のスマホ撮影で配信を見ていたネット民たち。
全員の心が一致したその時──。
「スキあり!」
「うぐわぁっ!」
全力回避して隙だらけだったフルアーマード十字斬り男の背中に、スコラリス・クレキストが放ったハートアングルスの第二射が命中した。
フルアーマード十字斬り男のアバターは爆散し、その場に砂が撒き散らかされた。
+ + + + + + + + +
「コワッ! これほど怖いと思ったの何十年ぶりだ!」
アバターとの接続が解除されて軽バンの中で目を覚ました笛奈は、アンミ・マジュスのアンブッシュに加え、マイペースで容赦ないスコラリス・クレキストの思いっきりの良さに恐怖を口に出した。




