第53話 新コスチュームには決意がいる
「新型のアバター、調子いいな」
タイダルテールのアジトに帰還した笛奈は、新型アバターの感想を開口一番に述べた。
別行動をしている総統ディスキプリーナとアーは帰還中で不在だが、ガーとペーがアジトへ先に戻っていた。
「おかえんなさい。どうっすか?」
「ダメージのフィードバックもない。接続もスムーズで切断のあとの酔いもない。問題があるとしたら、アバターとの接続と切断がスムーズすぎて、今どっちの状態だかわからなくなるくらいだ」
「ほう、そうなんすか。戦闘員用のアバターもいい感じっすね。完全おまかせで、サボ……監視できるっすよ」
「サボんな。あと、なんといってもメリットは、どこでも接続できるところだ」
笛奈は今回、アリバイ工作のためにリリカの前でアバターを使用し、別の場所で怪人として登場した。
リリカは次の魔法少女候補であるため、万が一にも笛奈がタイダルテールの一員だと思われてはいけない。
眠ったような状態になるため、場所は選ばないといけないし、あまり何度もやると「怪人が現れた時、いつも笛奈は寝てる……まさか!」と勘繰られる可能性があるので多様はできない。
通常はやはり安全なアジト内で、アバターの操作をするのが上策である。
「使い捨てアバターの方もいい感じっす」
ペーは戦闘員用のアバターを絶賛した。
この戦闘員用のアバターは使い捨てで安く、なおかつ数が用意できた。
「前のりうつるタイプで戦うのは、正直怖いんすよ。とくにあのアングザイエティーズ・キスちゃん相手だと」
「それな」
ペーの感想に、笛奈が全力で乗っかった。
「離れたところで見てたがの〜、アレには寒気がしたぞ」
ガーが腕を組み、うんうんと深く頷く。
今回、ガーとペーは旧型のアバターを使用し、記録係に徹していた。
戦闘員コスチュームでなければ、旧型アバターは見た目が普通の若者である。
行動にさえ気をつければ、バレることはないだろう。
そして新型の戦闘員用アバターは、必要十分な能力だった。
明らかに人から逸脱し、かろうじて人型をしているアバターはやられ役にぴったりである。
倒されると砂となり煙のように消えてしまうので、賑やかしと工作の補助、さらには警察への揺動に使えるので非常に便利である。
加えて、魔法少女たちが「殺人」をしているように、世間から見られない効果もある。
敵は造られた存在というイメージを浸透させ、人形かロボットを倒しているという構図にすることに成功した。
もちろん、一部では「魔法少女は怪人を殺している!」とか「暴力的だ! 警察は魔法少女を捕まえろ!」という大きい声はあるが、大きいだけで実際の数は少ない。
そんな書き込みをする人たちも構ってほしいだけで、本気で言っている人は極々少数であろう。
とはいえアバターも安いがタダではない。
懐事情に問題があるタイダルテールだ。
多用はできない。
「む? 総統とアーが戻ったようだの〜」
セキュリティの画面を見ていたガーが、帰還の報告をする。
しばらくして、アジト内になにやら音楽がなり始めた。
「おい、なんだこれ?」
「総統、ディスキプリーナの脅威っていうテーマ曲っす」
「わしがつくった」
笛奈が困惑し、ペーが答え、ガーが胸を張り、笛奈はさらに困惑した。
「テーマ曲ぅ〜〜〜?」
曲が最も盛り上がったところで、アジト奥の総統専用出入り口が開いた。
ぶわっとスモークが室内へ流れ込み、一瞬、アーが屈んでドライアイスを炊いている姿がドアの向こうに見えたが見えなかっとことにする。
これを見て、「そろそろスモーク専用マシンを買った方がいいだろうに、いや買うな!」と思う笛奈だった。
スモークを掻き分け、総統ディスキプリーナが小さな御姿を表した。
ノリのいいペーとガーが、「ヘーイ」と叫んでタイダルテール式敬礼をする。
笛奈は眉を顰めてそれを横目で見ている。
これだけ仰々しく登場したディスキプリーナだが、その表情は優れない。
幼い顔は今にも泣き出しそうだ。
身長110cmという若干サバ読みされた自己申告である彼女の体格と、さほど大きさが変わらないクマのぬいぐるみを引きずり階段を降りてくる。
「お、おい。どうした? なにか新型アバターに問題があったのか?」
「せっかくテーマ曲を作ってもらってなんじゃが……」
「気に入らなかったっすか」
「悲しい発表がある」
「なんだ? タイダルテール解散か?」
三割ほど願望が入った冗談を笛奈がいうと、ディスキプリーナは苛立ち紛れにクマのぬいぐるみを投げつけてきた。
それをキャッチした笛奈は、流れるようにクマのぬいぐるみを総統の椅子に座らせる。
「ちがうわ!」
「じゃあ、なんなんだよ」
ディスキプリーナは俯き、悔しそうに語る。
「さっき学校で聞いたのだが……三人目の魔法少女候補なんじゃが…………」
「なんだぁ? また事故とかか?」
どうやら三人目の候補者に問題があったようだ。
また計画が止まるのか、と笛奈は肩を落とす。
「その子の父親が八幡平ドラゴンアイ支社への転勤が決まった」
「ドラッ?」
「ドラゴンアイ!?」
「八幡平ドラゴンアイ?」
聞いたこともない支社名に、笛奈とガーとペーが驚きをあらわにする。
通常、支社名はその地域名がつけられる。
よって、まさか県名ではないので、地名として八幡平ドラゴンアイという場所があるのだろう。
ペーが及び腰で、ディスキプリーナに尋ねる。
「総統。どこにあるんすか、ハチマンダイラ? ってとこ。異世界っすか」
「名前だけで、吾輩もよくわからん。東北らしいんじゃが……」
「東北すごいっすね」
あまりな名前に動揺していた笛奈だったが、東北と聞いてなにか気が付く。
「あ、思い出した。オレ様、知ってるぞ、そこ」
「どこなんです? その魔法の武器とか手に入りそうなダンジョンみたいなとこ」
「茶臼岳の西あたりにある景勝地だ。近くで山籠りしたことあるから、聞いたことくらいはある」
世界各地を巡り、山籠りをした笛奈はそれなりに地理の知識がある。
特徴的な名前で覚えていたようだ。
「茶臼岳……岩手っすか」
「まて、どんな支社だ? すげー山奥だぞ。周囲に街もないし、そんなとこに支社ある会社ってどんな会社だ?」
大体の場所を聞いてペーは満足したようだが、実際にそのあたりで山籠りをしていた笛奈は疑問しかない。
「まあそれはよい」
「よいのか? これよいかぁ? オレ様、気になるんです」
ディスキプリーナに話題を切り捨てられた笛奈は、まだ気になるようでスマートフォンで調べ始めた。
その横でディスキプリーナは頭を抱える。
「うう……。姫子は魔女で悪役ムーヴした末に勝手に魔法少女になるし、リリカは怪我をしておるし、三人目は父親の転勤……」
小桜姫子は魔法少女にするつもりだったので、結果的には良かった。
きっと、スコラリス・クレキストと戦った際に、アジトへ引き込まれて説得された結果、ミンチル・ミンチルによって魔法少女になったのだろう。
過程が問題であり、制御できなかったことがディスキプリーナにとって心残りである。
あと魔女としての能力は、ディスキプリーナからすれば誤差の範囲だ。
「あった、あった。ドラゴンアイ。へえ、観光地だけど最近資源が見つかったんだ、ここ。あー支社名が変なだけで、会社は麓の松尾の方にあるんだな。……なあ、転勤くらいなんとかならんのか? 悪の組織だろ?」
ネットの叡智で疑問が解決した笛奈は、転勤そのものがどうにかならないかと尋ねてみる。
「独立した株式会社をどうこうできるんし、前もってこんな細かい情報まで手に入れることはできんのじゃ」
「大したことないっすね、悪の組織」
シナリオがままならない総統に、追い討ちをかける戦闘員ぺー。
「ところで笛奈。リリカの怪我の具合はどうなんじゃ?」
「もう包帯が取れるってさ。あ、明日は完治のお祝いパーティするから、帰り遅いぞ。作り置きしておくから、チンして食べてくれ」
「うむ、わかった」
「なにを青春謳歌してるんすかね? この世界最強」
「総統も日常生活してるの〜」
ペーとガーが悪の組織大幹部たちの日常を見て呆れていた。
「そうはいうがな、ペー。これでもリリカのメンタルの面倒みたり、大変だったんだぞ。あいつが魔法少女候補でなければ、適当に表面だけのお付き合いにしたかったんだ」
リリカは大怪我で夢破れた思春期の女の子である。
寄り添う理解者がいなければ、どう転ぶかわらかなかったといえる。
格闘技とチアリーディングという違いはあるとはいえ、身体を鍛えて事を成す事では先達である笛奈はメンタルケアに最適な人材であった。
「うむ。確かにその辺は、笛奈に感謝だ。怪我で夢破れた思春期の子を、よく立ち直らせた。褒美をとらそう」
総統は「ドンッ」と口で効果音を出し、紙袋をテーブルの上に置いて笛奈に差し出した。
「おっ、ボーナスか?」
笛奈は早速紙袋を開いて見て、顔を引き攣らせた。
「…………なにこれ」
黒革の紐みたいな何かを取り出し、広げてみる。
それは際どいハイレグの悪の女大幹部のコスチュームであった。
「うわ、エッグいすねぇ〜」
「昭和の特撮というより、現代アニメじゃな」
ハイレグというよりV字。
そのくせ腕や足には防具と武器を兼ねたような大爪付きのガントレットにブーツ。
そして目元だけ隠す仮面に、大きく真ん中で分かれて背中もお尻も見えるマント。
紙袋から取り出すたびに、笛奈の目が曇っていく。
「あ、口紅はこれをつかうのじゃ」
そう言って、鮮やかなパープルの口紅を渡すディスキプリーナ。
受け取って固まる笛奈。
「な…………な、な、なんだよ、こ、これ」
笛奈は勘が鋭いほうである。
この服が何に利用するものか、わからないはずがない。
「タイダルテール大幹部、カナキャタクリズミクリィの戦闘コスチュームじゃ!」
「待て待て、待てい! 絶対こんなの着ないぞ!」
テーブルに衣装を叩きつけ、不満をぶつける笛奈。
「なに言ってんすか、笛奈さん。昔はふんどし一丁で修行したって言ってたじゃないっすか?」
「六十年以上前だよ! ろ・く・じゅ・う・ねん! 俺様9歳の時だよ! 山の中で誰もいねえよ! それとこれは違うだろうが!」
「安心せい、笛奈。むろん、そのままで着用するわけではない」
「え? ああ……アバターに着せるのか」
アバターは知り合いとはいえ基本、別人になる道具である。
笛奈が戦ってきた中には、女性格闘家もいた。一人、二人、似合うやつもいるだろう。
それならまあいいか、と笛奈は胸を撫で下ろすが、総統ディスキプリーナは無常な条件を突きつける。
「笛奈を女子高生くらいの肉体年齢にさせて、着させる」
「させられて、着せられんのかよ、オレ様!」
「着る決意ができたら聞かせてくれ」
「着るケツ!?」
「決意じゃ」
「ああ……」
絶対着ないといいながらも、むりやり着用させられる予感があるのか、笛奈はコスチュームを睨みながら頭を抱えている。
「ところで、笛奈。今回戦って見て、エティーズ・ルテティアはどうだった? ちょうどいいし、そろそろスコラリス・クレキストとエティーズ・ルテティアの総合評価をしてみんか?」
ディスキプリーナが思いつきで、魔法少女の総合評価をしようなどと言い出す。
「あ、流れで会議始まる感じっすか? 急っすね」
「不意に始まるの止めて欲しいですよね。資料とか準備もあるのに」
ぶつぶつ言いながら、ホワイトボードを出すペーと、議録用のレコーダーを用意するアー。
ガーは特に何もしない。
「着ないからな……」
「たぶんその議題じゃないっすよ」
警戒心丸出しジト目の笛奈に、ホワイトボードにディスキプリーナが描いた新コスチュームデザイン案を消しながら気休めの言葉をかける。
消されていくデザイン案は、どこか笛奈に渡されたコスチュームに似ていた。
「そういえば、そのデザイン。このオレ様の衣装じゃねぇか」
「む? 自分の衣装と認めたのじゃな?」
「着ねぇよ!」
言質を取ったと目を輝かせるディスキプリーナに、コスチュームを投げつける笛奈だった。




