暴力騒動
「裏切ったな!」
大森がそう怒鳴り、近くにあるペットボトルを、君島に向かって投げつけた
ペットボトルは無抵抗に頭に当たった
「何してるの、やめて!」
私は事情が分からなけど、不穏な空気を察して叫んだ
しかしその声が聞こえないように大森は、君島を睨みつけている、下手したら殴り掛かりそうな勢いだった
私の家に大森が来たのが数分前、君島が来るや否や、すぐさま詰め寄り始めたのだ
私の家に大森が来るのはよくあることだった、彼氏だからと言い厚かましく私の家に居座るのだ
しかし我が家で暴力行為をしているのは初めてだった
「すまなかった」
君島は唇を噛み、やや俯き気味にそう言った
「殺してやる、俺らのグループ全員がお前を殺す、待ってろよ」
その一言に君島は正気が宿ったかのように走り出した、刹那、すぐに大森に蹴飛ばされ、転倒してしまった
床に転倒し、ううと低く呻く
大森はサッカーボールを蹴るように、足を振り上げる
二発目はお腹だった、ボンと太鼓のように嫌な音が鳴ったかと思えば、君島は一メートルほど飛んでテーブルにぶつかっていた
「許してくれ、死にたくない」
私は固まっていた、大森が暴力団の組員と接点があるのは知っていたし、少なからず犯罪をしているのも何となく察していた、だが、目の前で暴力を振るわれているのを見て、そういうものだろう、と割り切る事はできなかった
「やめなよ、君島さん、死んじゃうよ」
「原田!お前─」
私が君島の肩入れをしたと思ったのか、大森は訳もわからない言葉を怒鳴って私に近づく
次の瞬間には私も床に転がっていた、突き飛ばされたと気付いたのは少し遅れてだった
ターゲットが自分になっているのを感じる
大森が拳を振り上げた─その瞬間だった、君島は大森のお腹にタックルをした
二人はもつれ合い、床を転がっていたが、数刻の後、大森が上を取っていた
君島の顔を何度も殴る、首がおかしな方向に曲がりそうなほどで、何度か木の枝を折るような音も聞こえてきた
そして、とうとう動かなくなった時、大森は手錠を取り出した
君島の左手に手錠を付けると、君島の髪を掴みベランダまで引きずる、そしてもう一つの輪を手すりと繋いだ
その時、君島が右手を大森のポケットに、無理矢理捩じ込もうとした、しかし一蹴されてしまった
手錠の鍵を奪い取りたかったのだろう、大森は鍵を手に取り確認すると、ニヤリと笑った
「無駄だ」
一方、君島は手すりを背に、もたれかかるように倒れていた
死んでしまったのかと錯覚するほど静かに倒れている
大森は私を一瞥することもなく、そのまま横を通り抜けてどこかに向かった、仲間でも案内するのだろうか
私は君島が死んでいないか心配になり、首に手を当てた、幸いな事に脈はあり、生きている
「大丈夫?」
揺さぶり起こすと君島は瞼を開けた
「ああ、すまないね、こんな事に巻き込んじゃって」
「いや、あの、ありがとうございました、私殴られそうになったから」
平気だよ、と君島は笑う
「まずいね、手錠、取れそうにないし、このままだと殺されちゃう」
「壊せないですか?」
私は手錠を見つめて、すぐに無理だと悟った
鋼鉄製の手錠だったのだ、何か工具がないと壊せそうにない
「一つだけ手伝ってくれるかな、原田さん」
何ですかと聞いた、助けてもらった恩である程度の事はしようと思っていた
「三八六号室に行って、髭面の男の人を呼んできてくれないか」
わかりました、と言い、すぐにその部屋に向かった
ウバヤマ団地は三棟の建物で構成されている、私の住んでいる部屋は一号棟で、三八六号室は三号棟だった
つまり一番遠くの場所だ、向かって帰るまでに大森が帰ってきてなければ良いのだが
私は走り出すと、三号棟に向かった
辺りは暗く、何度か転びそうになったが、三八六号室の前に着いた
チャイムを鳴らすと数十秒たった後、髭面の男が現れる
無愛想な表情をしていたその男は、私を見ると渋面になり、すぐさまドアを閉めようとした
「ちょっと待ってください!君島さんが危ないんです」
「知らない、帰ってくれ、まずい事には手を出したくない」
すると、すぐにドアを閉めた
数秒ドアの前で立ち尽くす
どうしよう、何をすればいいんだ?いや、もう警察を呼ぼう、大森が逮捕されてしまうが、仕方がない
私はスマホで警察に連絡した、数分後に来ると言われる
どうしようか悩んだ後、私は部屋に戻った、君島の手錠を何とかできるかもしれない
風のように走った
走っている途中、絹を裂いたような悲鳴が聞こえてくる
遠くから聞こえてきたため、何を言っているのか分からなかった
しかし、そんな事を気にしている場合ではなかった
私は部屋に入り、君島の元に向かった
彼は以前として柵にもたれかかるように倒れていた
「大丈夫?警察はもう呼びましたから」
私はハサミをキッチンから持ってくると、ダメ元で手錠を切ろうとした
「触らないで!」
君島は左手で振り払うそぶりをする
私は驚き、一歩後ろに下がった
「痛いんだ、触られるだけで」
「ご、ごめんなさい」
君島!は痛そうにうめく、よく見ると、暗がりでも分かるほど、脂汗で服は少し濡れていた
「大丈夫さ、それよりも君は逃げた方がいい、もうすぐ大森が─」
その時だった、ドアを開けるような音、少し遅れて大森と二人の男が入ってきた
「おい、こいつだ」
連れの片方の男が、君島の首を掴んだ
大森が君島の手錠を外すと、二人の男が両肩を抑えどこかに向かって行った
私はその光景を黙って見ていた、彫像のように
数秒後、パトカーの音が遠巻きに聞こえてきた、少し間に合わなかった、大森は逃げるだろう
部屋の外に出た、サイレンが近くに聞こえると、二人の警察官がやってきた
片方の警官に事情を聞かれ、そのままの事を話した
もう一人は向かいの部屋の住人に、話を聞こうとしているのだろうか、チャイムを鳴らしていた
向かいの部屋は茜ちゃんだった、隣人の私によくしてくれて、挨拶を返してくれる、あれほど凄惨な事が起きた後に彼女の事を思うと、少し日常に戻れた気がする
私の良き友人だった、愛嬌のある笑い方をしている、だけど人見知りなのか、私以外にあまり友達がいないようだった
チャイムを鳴らしても、反応がないようだ、数十秒が経つ
警官がドアノブを捻り、押した
すると、何故かドアが開いた、警官は中に入った
私は目の前の警察からの質問よりも、胸騒ぎの方に意識が向かった
どうしてドアが開いているの?不用心すぎる
そして、中で人が死んでいる、と男の怒鳴り声が聞こえてきた




