第6話 新遺言書が届く
「第三夜、木皿に会え。まさか吾郷のいうことがホンマやとは思わんかったわ」
「木皿って占い師の?」
「久宝寺は知っているのか?」
「うん、阪急電車大阪梅田発京都本線の最終の準急桂行きの五号車三番扉の連結側の椅子に座っている女」
「なんでそこまで詳しいねん」
「ホンマに見てなかってんな」
「だってそんな連絡」
来ていた。ゴミ箱にあった。多分、件名見てゴミ箱に放り込んだのだろう。
「人妻と少し遊びませんか。ほら件名通り」
「命かかってんのに、遊びかよ」
「命かけてくれる気になったの?」
今度はこちらが真っすぐ見られた。俺は視線を外した。
「まだ信用出来ない?」
明らかな罠にかかりたくない。この神路はまだ色々隠し持っているし、信用は出来ないというよりしたくない。
「でも最近、不審な電話がかかってきた。機械音声で、ほらやっぱり久宝寺もそうみたいよ」
「内線番号ダダ漏れかよ。日本の企業終わっているな」
「会社員は辛いのう。私は携帯オンリーだから困ることは無い。都合の悪い電話はシャットアウト」
「それで木皿がなんて、何を占ってもらうんだ」
「それがね、木皿って勤め人じゃないの」
占い師は常勤では無いことは容易に想像が出来るのだが、わざわざ阪急に乗って京都のどこから大阪に通っているのだろう。そもそも京都で占い師出来なかったのか。
「占いだけでは食っていけないはずなのに賃料は毎月欠かさずに払って、身なりもきれいな女。南方から淡路に着く数分の間だけ二万出せば何でも占ってくれる。仕事先に困ったらパン工場に口をきいてくれるらしいわよ」
昔、勤め人だったころ働いていたそうだ。一日二万円、週に三日で六万円、ひと月で二十四万円。これなら食っていけそうだ。神路は咳払いをした。
「先月は二回、先々月は三回」
食っていけるのか。それで、どうして生活をしている。家族がいて家族に養てもらっているのか。でも嫌だな、片手間売れっ子占い師、試験会場で試験監督補助のアルバイト。
占い師と分かっていたらかなり不気味だ。占い師が試験監督をするのはダメだとは思わないが、占い師にアルバイトは似合わないということが言いたいのだ。
「会えるのはいつか分からない」
現実が降りかかってきた。その最終の準急はもちろん最終なので、一日に一便だ。その最終を月に三回程度なのに乗り続けるのか。何回も仕事終わりに。
「おい、まさか。その一回を当てるまで乗り続けるのか」
「とーぜんでしょ」
「待てよ。俺たちにも仕事がある。生活がある」
「シフト制にしましょう。直近の休みを教えて」
あべこべを教えてやった。偶然、いくつかの日が久宝寺の休みと重なった。
「二十三時五十五分大阪梅田発だからね」
取れた有給休暇は多く。リフレッシュしようとして旅行の予定を立てようとしたが、入ってくるメールが本当に迷惑なほど来た。
「旅行なんて行かないよね」
「来るよね」
「絶対に来るよね」
バッと起き上がったのは早朝だった。
一日に三回もメールが来るのは悪夢のようだった。一回休んだらこれだ。話を聞くくらい二人でも出来るだろう。三人一緒じゃないといかんのか。まだ四時。仕方ない、もう起きるか。
何を食べるかは決めていない。
昨日は間食に買ったチャンジャ、一昨日はおやつに買った煮干し。煮干しをしがんで日本酒はけっこう美味しい。
だが、ここ数ヶ月酒を飲んでいない。そんな気分になれなかった。今日は誰もいない、今日は誰もいないをここ数ヶ月繰り返してきた。
酒を飲んでも頭の片隅にはあの尾行者の存在がちらつく。
吾郷は横の繋がりがあるが、自分たちのネットワークには引っかからないと言っていた。会社に電話をしてきた奴はどこの誰だ。
「遅い」
時間的には確かに遅い。二十三時半大阪梅田駅中央改札前。
「これ家に帰るのどうするんだ」
「タクシーよ」
深夜割増だぞ。どうしてくれる。京都まで連れていかれたら面倒だと思って、通勤出来てもいいように仕事着で大阪梅田駅に来た。それをなめまわすように神路は見て、ニヤニヤした。
「あの電車よ。準急桂行き。やる気あるじゃん、うりうり」
五号車に乗り込んだが、座れないほどでは無かったが、三人並ぶには無理があった。
「それでその木皿ってどんな背格好なんだ」
「知らない」
は? だったらこの作戦は向こう見ずだ。本当にいるか分からない木皿という人物を探すのか。
「今日分からなかったらどうする」
「また今度よ」
「勘弁してくれ、また来るのは嫌だ」
「まぁ、そう言わずに付き合ってよ。アンタの身に危険が」
「それは」
「久宝寺の身に危険が」
「それ、は」
「情報ではピンク色のエコバッグを持っているって」
久宝寺はうろうろ五号車を見て探した。
「どこにもいないね」
「十三から乗って来るかも、南方の可能性もあるわよ」
結局、どこからも木皿らしき女は乗って来なかった。淡路で降りて解散となった。
「大丈夫、そのうち見つかるから」
神路はそう言って天神橋筋六丁目方面のホームに出て行った。今日、久宝寺は茨木市駅近くの友人宅に泊るらしい。
そのうちね、やれやれ。
「次、見つからなかったらいつ見つかるのか。神路の奴も暇なんだな」
「まだ生きる活力にしてくれた方がええよ。旦那を親友に盗られて、子ども盗られて、離婚するにも切られへんって多分地獄やで」
「地獄に付き合わされているのかよ。まったく人をなんだと」
「同期にはこれ以上死んでほしくない」
「それもそうか。その三人の親友の話を聞かせてくれ。正直、誰かも覚えてないし、闇の中を電灯くらいは持って進みたい」
「原さんと五十鈴川さんはサックスで神路さんはパーカッションの同学年。原さんと五十鈴川さんがサックスコンビで神路さんは鍵盤が得意らしい。高校の間も連絡は取り合って遊びに行くこともあったって」
「そういう誰もが分かる事実関係ではなく、人格はどうで性格はなんだとか、そういう情報を」
「覚えてない」
「は?」
「中学なんてもう二十五年も前やで覚えているはずないやん」
「でも五十鈴川の通夜で」
「何とか文脈拾って、こういう子かなって探るの必死やねん。向こうが僕を気にかけてくれるのはありがたいからええけど、僕には誰が誰とかそんな情報はそうやな大学辺りはほとんど無かったから、ジーコが何で避けられているか分からんねん」
久宝寺も忘れていたという事実だけが俺の救いになった。俺だけじゃなかった。俺が特別おかしいわけでは無かった。それだけでいい、そういうことでいい。
「ありがとうな」
「こんな情報で良ければ」
原と五十鈴川がサックスで神路だけパーカッション。なんで仲がいいか分からない。
「三人は同じ小学校だったとか」
「うーん、よく覚えてない。小山さんに聞けば分かるけど」
小山さんとは久宝寺のことが大好きで、古寺のことが大嫌いなフルートの女の子だ。聞くのは久宝寺が聞くだろうが、どうして聞いたか訊ねた時に久宝寺の背後に誰がいることを考えるはずだ。それが誰なのか。
小山とはいえ、巻き込みたくないし、久宝寺が渦中にいることが分かれば喜んで飛び込んで来るだろう。久宝寺の事を思えば、気の毒な展開になりかねない。被害者を増やしたくないのは久宝寺も俺も同じだ。
二回目、三回目を過ごしていくうちに八月は終わり、九月も中頃を過ぎた。いまだ蒸し暑くて、夜に冷房は必須だ。深夜にコンビニで氷菓を買っても良かったが台所でコップに氷をいれて、水をグイっと飲み込んだ。これで氷菓を買う金を節約できた。
いつまで続くのか。木皿を探し出してから電話は止んで、おかしなことはさっぱりだった。会社もなんやったんやと普段に戻った。
木皿ってのはどんな人なのだろうか。大体、梅田のどこで占い師をやっているのか。第三ビル辺りに行くといるのだろうか。非常勤パートタイマー占い師木皿。占い師に聞きたいこと、この騒動はいつ収まりますか。教えてください。そうお願いしてむにゃむにゃ言いながら、木皿は水晶玉を触り言うのか。
一生終わらないよ。




