第5話 吾郷に話を聞く
「女、むいて何する気や」
「訳の分からんのが飛びついて来たから少々痛い目見せよう思って」
「えらいカオスやのう。女をむこうするお前ら、暴れる女、白目むいて倒れている男、それを引っ張り出そうとする男。この状況誰がちゃんと説明出来るんや」
「私が説明するわよ。男二人は充てにならんからな」
「ロングスカートをむいたか。サブ、これと似た柄のロングスカート用意せぇ。ええか、持って行ってこれと同じのや。その前にこの豪胆な姉ちゃんにきれいなシャツを着せてやれ。ええか、この事務所で一番きれいで透けないシャツや」
「吾郷さんは分かる男なのね」
「それで」
吾郷は首をかしげた。なぜ、君たちはここにいると言いたげだった。奥の椅子に収まった吾郷は横の引き出しから葉巻を取り出し作業を始めた。
「泰樹。お前、俺が育てたのん。また壊したやろ」
軽薄な男がびしっと立った。
「その方が吾郷さんええかと思って、箔つけるのに最初からした方が」
「ジロ。お前、コイツの頭そこの灰皿を叩きつけろ。ええか全力でや」
男は振り下ろしたガラスの灰皿にやや遠慮があって、男の頭に当たった。男は頭をおさえてうずくまった。吾郷はテーブルの前に歩み出し、ジロの右手に手を添えた。
「灰皿、この灰皿はな。本来、こんな男を殴る為に使うもんやない。でもな、今俺が殴れ言うたら、この灰皿は殴る為のもんに変わったんや。次は殺しにいくくらいの力でやるんやぞ」
「おい、ジロ。止めろ」
うがーっとジロは叫び、男は救いを求めた。
「殴れ、はよいかしたれ」
男の願いはむなしく灰皿は振り下ろされた。
「な、なんや」
気がついた久宝寺は血まみれの床を見て、また気を失った。
「葉巻はな、育てるもんや。一本一本それなりのコストを支払って、ゆっくり愛していく。女も一緒や、行き連れの女を抱いてもむなしさしか残らんでな」
「アンタが売春宿のとりまとめ?」
「姉ちゃん何を言ってんのや」
吾郷は奥の椅子に収まった。
「遺言書には」
「人の言葉はどれだけ本気かによって厚みを増していく。姉ちゃんの持っている遺言書の書記人はホンマの真実を書いた。でもな人間は失敗をするもんや。もしかしてコーポ日の出じゃなくて、ハイツ夜と間違えただけかもしれん。それだけのことや」
「アンタたちのつまらないジョークのせいで家に帰ったら、命が狙われるはめになっているんだけど」
「それは知らんな。兄ちゃんはともかく、姉ちゃんは長生きしそうやな。兄ちゃんは路地出たら死ぬわ」
「五十鈴川かすみ」
吾郷の顔色が赤味を増してきた。
「女は育てるって言ったでしょう。私は五十鈴川の遺言書を管理しているの」
「アホか。なんで好こうても無い、こんなけったいな女に貢がんといけんのや」
「貢いだのね」
「それを聞けたら満足か」
「犯人想定図が変わってくるわ。遺言書通りなら」
「その遺言書の信用度は低いやろ」
「本気で書いたものは本当なのでしょ」
ただ目の前で行われている大立ち回りをハラハラと見ていた。久宝寺の目は覚めてきたので、血が見えない方へと座らせた。
「古寺、どんなふうに」
「こっち見んな、立てるか?」
「座るくらいやったら」
「そういうことは言うてない」
吾郷の声に力があった。
「言うた」
負けずに神路の声はよく通った。
「言うてない」
「言うた」
「言うてない」
「言うた」
「分かった。言うたことにしとく。それで終わりやないんやろ」
「そうよ。それで終わりじゃない。電話するのは止めてあげてって上の人に伝えてくれない?」
「上も何も」
「ちょっと言ってくれるだけでいいから、この二人カタギだしちょっと融通してくれるくらいね」
「じゃ、姉ちゃんを育てよか」
「ややこしい男と子持ちで良ければ」
「俺の子を産ませたらええんや」
「ややこしいわよ。かなり」
二人が黙って探るようにジロジロ見合った。
「第何話まであるんや?」
「五十鈴川って数字にやたらこだわりなかった?」
「五か」
「なんで五なのか、死ぬ前に教えてくれたら良かったのにね。十はどうする気だったのかしら、それで吾郷さん。次はどこに行けばいい?」
「そっちさんがどうにかしよるやろ」
「送り主にも言ってくれない? 証明の度に印刷するの面倒だからせめてPDFにしてくれないかって」
「はいはい、サブのロングスカート着て帰れ」
「サブのセンスいいわね。トイレ使うわね」
そう言ってかすみ扉の向こうに入って行った。
「兄ちゃん、あの女死ぬで」
「死んでもいいですよ。あんなよく分からない女」
「兄ちゃん、それは言い過ぎやで」
「迷惑しています。遺言書がどうかって言うてから変なこと多いし、先週なんかおらんのに職場まで古寺って男はおらんかって」
「俺は兄ちゃんの名前知らんけどな。でも俺が知らんでその現れた男か女かは誰なんか知らんけど、そいつらが知っているってまずいな」
「何か余計なことありましたか?」
「あのな、こういう生活やと縦はもちろんやけど、横も大切にせなあかんやろ。どんな商売かてそうやないか。横の繋がりが物を言う時もある。でもな、兄ちゃん。今日来た人間の中で俺が名前を知っていたのはあの姉ちゃんだけや」
「それは」
「兄ちゃんには別のが、いっている可能性がある」
別の。どういうことだ。
「ま、死なない程度に頑張れ。次は木皿かな」
え、木皿? なんだ、調理器具か?
かすみ扉から帰って来た神路は端に収まっていたサブの肩をバンバン叩いた。
「サブ君。今度、お店やりなよ。こんな貧乏やくざじゃなくてさ、アパレルのセンスあるよ」
「姉ちゃん目の色変わったな」
「もう死ぬ気で行くわよ。ありがとうね」
「地獄まで行かされるのは嫌なのだが」
次の日から確かに訪問も電話もアポも面白いように減った。あの吾郷の力だとは思えた。世間的夏休みの初旬の淀川花火大会がやってきても音沙汰が無かった。
やはり上は同じということだったのだろう。吾郷が言った別は来ていなかった。と、平和に思っていたのは淀川花火大会の次の日の一本の電話までだった。
「はいお電話変わりました。古寺でございます」
「古寺さん、吾郷さんのところ行ったんですってね。困りますよ」
機械音声が聞こえた瞬間、向かいの社員に合図を送った。変な電話の時は全員で聞くことが申し送り事項にあった。ここまでちゃんと付き合ってくれるのは大変ありがたい。
「どういったご用件でしょうか」
「スピーカーオンでしょう。もうそんな遠回りせんと早く神路の言うこと聞いてくださいよ。困っているんですよ。どうせ連絡無視でしょ?」
「私ではわかりかねますので、担当部署に繋がせていただきます」
「あぁ、そういうことするのね。分かりました。ほんなら」
そう言って、電話が切れた。緩む空気と録音された音声が残った。今の誰だ。進まれるとまずい話では無いのか。
神路が先導に立って、俺をけしかけると困る人間はいるだろう。停滞させると都合が悪いのか。そもそもなぜ俺と神路がやり取りをしていることを知って、止めずに進行を迫るのか。
五十鈴川の初盆があったらしい。久宝寺は呼ばれ、神路も行ったそうだ。俺は呼ばれなかった。よくもまぁ、旦那の不倫相手の初盆に行けたものだ。呼ばれなくて良かった。前の通夜と同じくらいの苦行を味合わずに済んだ。
「立派なお墓だったわよ。こう墓石がきれいで」
女ってやつはそこまで肝が据わっているのかと感心した。
「五十鈴川家で人死に出たんが久しぶりやったらしくて、娘の為や言うてお父さんが泣きながら新しい墓建てたって」
久宝寺はやや下を向いた。鼻をすんすん言わせているところを見ると、同期の死に改めて実感をしているみたいで、少し哀れだった。不倫の当事者でも同期である。思い出もあるだろうし、懐かしむ心もあるだろう。
「神路はそれを見てどう思った」
「別に何とも」
「それでわざわざナンバーに呼び出して何かあったのか」
「新遺言書が届きました」




