第4話 早間町の吾郷と会え
「ホンマに不思議やわ。最後に集まったんが二年前、それ以降原も連絡してこんし、切れたもうたんや、縁が全部」
「みんな頭おかしいよ。ジーコは探偵にされて、神路は遺言書を仲介して、僕は何やろな」
「久宝寺は保険。古寺が逃げんようにする杭やわ。可哀想なのは久宝寺が一番可哀想」
「そんなんはええねん。神路、五十鈴川は結婚してたやろ。その辺の」
「そんなん百も承知や、五十鈴川は結婚していることくらい知ってたわ。全部、弁護士の先生にお任せやけど、探してもらわんとどうにもって」
「もう行こう。雨降るよ。吾郷の所に行くんやろ。コープ山の出の五階に」
久宝寺が漏らすと神路は立ち上がった。
「何、ぼうっとしとんねん。はよ、会計しいや」
コーヒー代くらい出せ。中津から早間町は微妙に遠い。
「歩いて二十分、歩こう」
追跡者の気配は無い。
「古寺と久宝寺とウチ。変になっているのは誰かな」
顔をそむけた。ニヤニヤしている神路が気に食わない。
「お前だけだよ。神路」
歩いているうちに雨が降ってきた。雨に唄えばみたい。神路はくるくる回りながら楽し気に言った。
「雨に唄えばって知っているか」
「知らない。でもありそうじゃない、こういうシーン」
「お前、今自分がどういう」
「いいじゃない。現実逃避したって」
声のトーンが唐突に下がった。
「最初の五十鈴川の遺言書に封書が同封されていてな。その中の手紙だけ弁護士の先生に渡して、封書の遺言書には消印があった」
「つまりそれは」
「そう。五十鈴川は生きていた」
「それはおかしいやろ。死んでるの見たぞ」
「数年前に会った同期のことを覚えてるか」
待て、言うな。恐ろしいことになる。五十鈴川はこういう状況になることを予想して、誰かに頼んで封書を出した。
「その以降は封書で?」
「いんや、メールアドレスを向こうが知っていた。予約送信でも使ったんやろ。信用するかしないかは古寺次第よ。私は今でも山田姓だけどアンタたちに言いやすいように神路を名乗っているのかもしれない。どれが本当で嘘かは二人の生きて来た経験が物を言うのよ」
ごまかしている。何か拾われたくない何かが本当にあるように思えた。
「手札は全部出せ」
「アンタかて、これから手札を出せんようになることが出て来るで」
「そんなん分からんやろ」
「ノンノンノン、信じる気になった?」
「全く」
「行くわよ。吾郷はかなりクズらしいわよ」
写真を見た限り派手な青年だった。女でも引っかけて悪さをしてそうな男。あんな男に融資を頼んだのか山田。人をもう少しちゃんと見ろよ。
まっとうに生きていたら出会わないだろう。なんでちゃんと生きて来なかったんだ。何でちゃんと大切にするものをしなかったんだ。
俺は幼稚園から中学校を共にした仲だ。ずっと強い誰かにくっついていかないといけないくらい弱かったのか。本当に強いのは暴力でも恐喝でもない、目の前の本当に大切にしないといけない誰かを守る力だろう。何でそれを頭に入れて理解しようとしなかったんだ。
「それも」
「遺言書よ」
「二人とも、タクシー拾えたで」
「歩きでもええやろ」
「雨やから割り勘やし」
「大人の世界では女は金を払わないの」
「せこいぞ」
「千円くらいでしょ」
大通りにタクシーは止まった。大雨で吾郷の居所までつけて欲しかったが、路地や一方通行が多いと運転手が嫌がった。仕方ないので大通に止めてもらった。
「帰りはメトロやな」
俺たちは傘を差して細い道を入った。調べて来たわけではないが、おしゃれな雑貨屋やカフェが密集しているらしく。雨なのに若い男女は多かった。
「また昼間に三人で来ようよ。猫カフェで猫にゃんと戯れてさ、ゴロゴロしてさ」
神路に視線をやった。
「冗談だよ。冗談、全部終わったらそういうのもアリだよね」
「全部? 今日で終わりや。吾郷に会って手がかりを手に入れて、それを主のいないメールアドレスに送って終わりだ」
ここを入ってと見た道は本当に裏道だった。室外機や空き缶がゴロゴロ転がっている。
「華やかな大通りとは違って、こういうアングラな感じ私は好きよ」
「はよ抜けるぞ。こんなとこいとうない」
「まぁ、この先のアパートなんだけどね。見えてきた。ほらあの男たちがうろうろしている。風体から分かるでしょ。表の人間じゃないわよ」
吾郷の居所は怪しい男がうろうろしていた。指はちゃんとあるが、目のおかしい男や絶対カタギじゃない風体の男が立っていた。年齢層は俺たちのやや上か。それくらいの歳の下っ端がいるのは珍しく思えた。もう少し若い奴が入口で立っているものだと思っていたからだ。
「誰のや、誰の紹介で来た」
男たちからすごまれた。どうにかならないかと神路に目をやると神路は「山田冬馬に関して」と、男たちに言った。
「着いてこい」
そう言って、一番若いだろう男性がエレベーターの無い建物に誘導した。
「ここの五階です。急なとこやから階段気をつけて」
「親切なのね」
「こんなところで怪我されても運べる病院は無いんで」
下にやや歳を重ねた男たちがいるのはこの急な階段のせいかもしれない。膝や腰を痛めやすい年齢だ。
「ここです。吾郷さんはここで」
扉を開けて入ると大きな葉巻を灰皿に置いて、奥の机の手前のソファーから、絶対に世間を舐めている。写真で見た青年がニヤニヤした。
「絶対、おっさん。軽薄な男や思うたやろ」
「別に思っていない」
「思っていないだけでええはずや」
近寄って来た男の無言の圧力に目を見返した。
「おっさんのことや、そこの女にほいほいつまみ出されてここまで来たんやろ。可哀想に期待させて、姉ちゃんこんな独身男をホの字にするなんてアホな女やな」
「五十鈴川かすみ」
男の視線が俺から離れた。
「で、どうした」
「あなたはどこで五十鈴川と会ったの?」
「おいおい、姉ちゃん。五十鈴川ってよく分からん名前の為にここまでたどり着いたんか。まぁ、ええわ。山田冬馬の件やろ。金貸してんねん、百万。嫁か? 返してくれまっか?」
男はソファーに戻った。
「山田冬馬の件、もうちょっと情報集めてから来てくれへんか。今日は吾郷さんおらんからええけど、いつもやったらおっさんどっちかの首飛んでるで」
「五十鈴川はあなたの売り物だった」
「売りもん?」
単純に疑問の声だった。
「遺言書に書かれた通りよ」
「その紙きれか?」
「ええ、そうよ」
男はゲラゲラと笑った。
「アホらし、売り物? そんなよう知らん女のこと知らんわ。姉ちゃんおっさん、ここで大人しく帰ったらバラさんといたる。震えながら一生暮らせ」
「どちらにしろ死んだも同然よ」
「ちょっと待てよ神路」
「何よ、覚悟決めなさいよ」
「何で信用してないお前の上を行く信用出来ないやつの情報を聞き出すねん」
「久宝寺を見なさい。あんなに堂々と立って」
「このおっさん気絶しとるでの。どうすっかね、そちらさんは意見まとまっていないし、もうこのまま帰ってもらおか。お見送りしとけ」
「吾郷はどうしたの?」
「お前、今なんて言うた」
「吾郷よ。アンタ違うでしょ」
「おいおい、うちの親方を呼び捨てかいな」
親方だとこの男がドンじゃないのかよ。確かにこの男いかにもカタギじゃないのに奥のテーブルには一切座らなかった。この男が恐れるのが吾郷なのか。
「吾郷を呼びなさい」
「おうおう、失礼な女やのう。ええもん入ったやろ。埋めてまえ」
「おい、久宝寺しっかりしろ。逃げるぞ」
久宝寺は肩を揺らすと床に倒れ込んだ。
「何で逃げようとしているのよ」
「お前はちゃんと捕まっとけ、俺らは逃げるからな」
「気絶おっさんと生きているおっさん二人で逃げるのは少々厄介ちゃうか。ええわ、ほんまにこの女のことどうでもええんやな。これから何十年生きるか知らんけど精々今日を思い出して苦しめ。目の前でむかれた女が」
「おい、何事や」
突如、空気がしまった。
あ、コイツが吾郷だ。




