第2話 神路という同級生の女
三十過ぎ、これからだと思っただろう。そもそも病死か事故死かまた自殺かすら分からない。自殺でないことを同期として祈るがコンビニに行くくらいの手軽さで自殺をする人間もいることは知っているし、これまで何人か見送った。
子どもはいたのだろうか。子どもにしたら、母親のいない毎日はどう映るのだろうか。死を認識出来るだろうか。俺は母を亡くした経験が今のところないので、心中を察することが出来ない。可哀想だ。そう思いつつ棺を覗いた。
「やはりどこかで見たことがある」
自分の口から漏れ出た声に驚いた。当然だろう。元は同じ吹奏楽部のよしみでおそらく三年間を共にしたメンバーなのだ。少し顔は違っていても整形でもしない限りは見たことがあると感じるのも当然だ。
振り返ると無表情の親族とその向こうに久宝寺と卒業生の面々がいた。葬式の主人公はこの棺の中にいる誰かよく覚えていない女だろう。久宝寺をほったらかしていくのは少々忍びないが、横を抜けて帰ろう。
死を悼んで今日は帰ろうという流れだろうか。集まった同期で噂という弔いをしてお互いの傷を支え合うという嫌な集まり、俺が五十鈴川なら文句もいいたくなる。久宝寺を誘う口実に自分の死が使われる。
五十鈴川にしたら喜ばしいかもしれない悲しみに震えるだけではなく、晴れ晴れと送って欲しいと思うのかは分からない。それを知るには五十鈴川と俺に同じ時間が流れなさすぎた。
集まりを遠巻きにしても当たる後輩たちの体、当たってもあいさつを互いにすることは無く、俺は堂を出た。久宝寺はいつだって必要とされ、俺は久宝寺を引き出す道具として使われた。
当時の楽観的な「来年は卒業生も出る演奏会に必ず来る」と言って、何年経っても来なかった。遠巻きにされる理由はそれだけでは無いが、友にも言えぬコンプレックスだ。
さて、御供として残った一万円をどうするか。阪急梅田の高架下の飲み屋で造りを餌にたらふく酒を飲む。丸善ジュンク堂で本をたらふく買う。東宝で映画を観て、普段買わないチュロスを食べる。
そのどれもがこの心境に合う薬では無かった。ただ、考えたくない。
ここで泣き崩れて、公園に入ってストゼロを飲みながらごうごうと泣いて、記憶にない五十鈴川を悼んで、ベロベロになって最後に久宝寺を呼び出して一緒に泣いて、最後にはみんなに人格者だと思ってもらう。でも現実そんな世界線で生きていない。
残酷なことに吹奏楽部の仲間とも数年前に終わったのだ。もうこの感傷を止めて家に帰ろう。
環状線で大阪駅まで行って、映画を観て脳内の苦しい気持ちを消すような作品をやっていることを期待した。残念ながら恋愛映画だけで、他は洋画だった。調べてみるとやはり恋愛物らしい。
東宝を出て、ヘップを過ぎ、JRの高架をくぐった。茶屋町の方から紙袋を持った男女と飲みに来た若い男性が何人も動き回っていた信号を待っていると雷が落ちたように思い出した。五十鈴川だ。山田と一緒にいたのは五十鈴川だった。だから見たことがあったのだ。
同期生と不倫か。しかも同じ中学校で小さな世界で不倫。俺は五十鈴川のことは何一つ覚えていないし、思い出す気持ちもさらさらない。横断歩道を渡たらずに丸善ジュンク堂に向かった。
画集でも見て気持ちを落ち着かせようとした。二人の軌跡を見る為にではなく、それも否定できないところだが、どうにかしっかりと歩くことにした。結局、入った丸善ジュンク堂で俺は何も買わなかった。
それにしてもあの時はあんなに元気そうだったのになぜ死んだのだろうか。一ヶ月のうちに病死? 死ぬことが怖くなって不倫をした。ひと時を刹那的に生きようとした。不倫がバレて殺された。
旦那に。
だからあの場には旦那がいなかった。そんなことを考えていたら、いつの間にか降りる予定の茨木市を過ぎて、大山崎まで来ていた。ここからだと長岡天神に行く方が便利だと席に深く座り込んだ。
年度が明けて、少し暖かくなってきた折。久宝寺から会えないかと連絡があった。ちょうどゴールデンウイークに二日だけ休みがあった。その日ならと言うと了承の意があり、俺はその日に東宝に向かった。映画を観て、何となくウィンドウショッピングしておデートみたいなことをしようかと思っていた。
それにしてもこちらから誘うことはあっても向こうから来るのは珍しい。何か大きな土産話でもあるのだろうか。ハワイに行って来たから最近はやっているココナッツミルクをあげると言われるのだろうか。
もっともハワイにココナッツがあるのか、最近暖かいのに腐っていないのか。それなら冷凍便で送ってしまう方がいいのではないか。
東宝の前にいたのは久宝寺だけでは無かった。背の小さな女が最近町で見るふわふわとして軽そうなロングスカートを着ていた。
「待たせたか。そちらは?」
「やっぱり覚えていないか。神路さん」
神路という女のことに関しての記憶が無い。
「アンタは誰だ」
神路は深くため息をついた。
「神路は旧姓、今の苗字は山田。山田冬馬の嫁」
山田冬馬、山田冬馬。
「あの!」
うっかりアンタの旦那が一月に梅田で五十鈴川と歩いていたから、あのって言ったと言いそうになった。それはいらない地雷を踏みかねない。
それにこれを説明するとなぜ五十鈴川が死んだかの検証と情報が流れるが、そこまで足を踏み込みたくないのも正直なところだった。
「五十鈴川のことと」
神路は少しうつむき、意を決したように顔を上げた。
「うちの旦那のこと」
そこまで事情を知っているなら、尚更こちらから話すことは一つもない。不貞を働いた山田冬馬は五十鈴川とダブル不倫の末不倫相手を亡くした、以上だ。
では旧姓神路がなぜ久宝寺を連れているのか。神路がなぜ目の前にいるのか。何より神路が何らかの期待を胸に嫌われ者の俺の前に立っているのか。
「分からん。五十鈴川のことってなんや」
「ジーコは最近大阪駅まで出て来るやろ」
「まぁ、せやけど」
「探偵が年末にアンタが旦那たちとすれ違うのを見つけた」
そこまで調べているのならば、もう離婚をする気でいたのだろう。色々と証拠を集めて、写真もたくさん撮って、たくさんの投資もしたはずだ。ますます関係の無い事案だ。こんなばからしいことの為にウキウキして梅田まで出て来たのがアホらしい。
「覚えが無い」
「嘘つけ、アンタ旦那に追い越された後にメモしてたやろ。その写真もあるねんから、同業者やと思ったって」
写真を見せられ無関係だと言い張るチャンスを逃した。
「不穏不実。そう五十鈴川は遺書を残して死んだ。練炭やからそう苦しまなかったやろ」
自殺か。不穏不実か、そんな四字熟語は聞いたことはない。不穏、安心出来ぬ。不実、誠意ではない。不倫によくあることだろう。私は不倫をしていました。追い詰められてしまったので死にます。さいなら。
背後には本当に病魔が迫っていたのかもしれない。
「それで何や、俺は久宝寺と映画を観てポップコーンを食べると思って来たのに何やよう分からんこと言われて引き止めらなあかんねや」
今日はコメディでゲラゲラ笑う予定だった。梅田三番街の地下でそばでも食べて帰る。からりという天ぷら屋がなくなったのは惜しい、あそこの天ぷらは安くて美味しかった。そのあとは早めに解散して、ゆっくり帰る。あまり予定を詰めないことは鉄則だ。
「うちの質問に答えたら久宝寺と映画に行ってもいい」
「質問は?」
「アンタ、ホンマに久宝寺好きやねんな」
「久宝寺も好きやが、観る予定の映画も気になる」
原作から見ようとしたが、映画も中々いいらしい。
「一つ目、一月にそこの高架下で旦那と五十鈴川が親密な感じですれ違うのを見た」
「いつかは覚えていないが見た」
「二つ目、五十鈴川はなぜ自殺をした」
「予想つかんわ。不倫する奴の気持なんか知らん」
「三つ目、なぜうちの旦那は五十鈴川の死後行方不明になったか」
行方不明だと。どこかで格好つけて、いらない交際が出来てしまった。この一ヶ月の間に不倫した女が死ぬと分かって何とか助かる道を東奔西走し、病院を見つけたが、金が足りず自然と訪れる死を恐れて練炭で自殺をした不倫相手を送る間も無くおかしなところから借りた金で首がしまって出奔。全て妄想だが、その推理を披露するには時間が足りない。
「仲睦まじい様子の女が死んだら気まずくなって帰ることは出来ない。三つも聞かれたらあと二十分や。久宝寺、はよ行こう」




