第1話 旧姓五十鈴かすみの葬儀
JR大阪駅の近くにある東宝の映画館へ行く途中、JRの高架をくぐった辺りで正面からやってきた山田を見かけた。山田は気が合わぬ幼馴染で最近、中学の頃の部活仲間の神路と結婚したことは知っていた。山田の隣にいるのはどう見ても神路では無く、別の女だった。親密そうな二人は手を握って、肩を寄せ合っていた。大阪駅周辺で物を買ったのだろう、山田は大きな紙袋をいくつか持っている。
山田は学校の中の悪さをするグループに属していた。けして利口ではなく、集団の中で堂々しいところもなく金魚のフンみたいに強い者に付き従う虎の威を借りる狐のような、いや狐の方がまだ大きい。ネズミの様な男だ。
山田は俺を見ることは無かった。変に似合ってない派手な色のスーツを着てカタギのようでは無かった。山田に気づかれたら面倒。
変にいちゃもんをつけられると迷惑だ。この街で変な男にくっつかれても、助けを求めても周りの助けは期待出来ない。
中学の頃の性格のままだとリーダーの手配で付き合った女にいいところを見せる為に肩でもぶつかれば、殴って蹴った男だ。肩が当たらずに良かった。二人は東宝の方へ行かずに高架下の横断歩道を渡って、メトロに乗るのか二人は地下に降りて行った。
ホテルにでも行くのか。山田の性欲がにじみ出た笑顔が気持ち悪かった。
せっかく仕事が早く終わったから、映画でも観ようと思って、梅田まで出て来たのに嫌な物を見てしまった。
隣の女はどこで引っかけたのだろう。あんなのに引っかかるなんて馬鹿な女だな、見る目が無いとは思ったけど自分に向いても同じくらい見る目が無い。自信を持てないが、おそらく浮気か不倫か、結婚していると不倫になるのだろう。
他人が浮気をしようがしまいが気にならぬ性分の俺は片手間創作の材料にする一通りの情報を携帯のメモ帳に書きとめ、東宝横のショッピングビル、HEPの方へと戻った。大阪駅からから帰りに使う阪急に乗るには少し遠回りになるが、変な物を見た心を映画で癒そうとしたのだ。東宝で映画を一本観て、飲み屋で引っかけて家に帰った。
「森ノ宮さんが亡くなったらしい」
そう久宝寺から知らされたのはあの山田の浮気現場を見た日から一ヶ月くらい経った時だった。そして俺は寝起きだった。
「そうか」
「うん」
久宝寺は中学の時の吹奏楽部の友人で馬が合う方の幼馴染でよく遊ぶ仲だ。久宝寺は一通りの葬儀の時間と葬儀場を述べた。
「久宝寺は行くのか?」
「そのつもりやけど、なんで」
久宝寺は覚えているのかと聞こうとした。記憶力はいい方だが、森ノ宮が誰なのか分からない。
「旧姓は?」
「五十鈴川」
いすずがわ。そういう変わった名前のやついたな。
「もしかしてサックスの」
「ジーコ、ちゃんと覚えているやん」
俺はこでらだが、こじとも読めるので、久宝寺は俺を反転させたジーコと呼ぶ。
「それで久宝寺は行くのか?」
「吹奏楽部のよしみやし、通夜だけ行って帰ってこよかな」
「久宝寺が行くなら行くよ。ちょうどスーツもクリーニングしたところだし」
「じゃ、東宝の前で」
久宝寺は以前映画を見た東宝しか集合場所を知らない。前にJR大阪駅の東の端の御堂筋南口を集合場所に設置した時に久宝寺は西の端の桜橋口でうろうろするはめになった。
そもそも久宝寺は大阪市内に住んでいるので、わざわざ東宝に来る必要は無いのだが、そこはくんでくれたようだ。若気の至りで中学の吹奏楽部の面々と会うのは少し気まずい。他のメンバーは俺を見る余裕は無いだろう。もし見られてもろくなことが無い。お互いが気まずい思いをして、向こうさんは久宝寺と仲がいい俺を見て、いい気をしないだろう。
久宝寺と古寺が二人で一緒だと、他のメンバーが求めた久宝寺との関係性も俺にとって心当たりのある事案を表に出したら、ある程度取り込んで暴露することも考えるだろう。
俺からしたら、それのほとんどが学生時代の失敗と関係性の勘違いということなのだ。その上、場に久宝寺を呼べなかった。そんな役立たずに対する風当たりはかなり強い、嫌われているなら関わりたくない。でも五十鈴川という同期に対して気の毒だとも思った。同期ということはまだ三十過ぎだ。死ぬには早すぎる。
寺には見知った顔が揃っていた。そのほとんどが俺を見ると嫌な顔を一瞬見せて、久宝寺を抱えこんだ。久宝寺は妥協を探る性格がある。つまり古寺が悪くないと言う頑固さが無い。これが大人だと言われている気もして少し悲しさもあるが、この技は久宝寺なりの処世術なので、向かい合って文句は言わない。
「久宝寺やん、久しぶり」
話しかけた久宝寺に向けられた好意の目は横にいる俺にずれると一瞬怪訝な顔をされた。なんでがおんの? 誰にも歓迎されないわけではないが、引かれていることを十分感じさせられるくらいの表情が多くあった。
御供を渡そうとしたが、親族以外はお断りだと言われた。無理に渡すほどの仲ではないので、引き下がった。久宝寺は押し込んだ形で渡していた。半返しを期待して無理に渡しても良かったかもしれない。
親、親族だろう。下を向いて泣く姿に胸が苦しかった。久宝寺は旧知の仲の仲間たちと話をしている。なんとも手持ち無沙汰で小さなお堂をゆっくり眺め見た。
寺の中は普通の家族葬でも使えるくらいの狭くも無ければ広くも無い。これくらいの広さはどう表現すればいいのか分からないが、そうだな。説法を聞くようなお堂という例え方はどうだろうか。
当然だが、こんなところに入るなんてめったにない。写真は許されないので、携帯のメモに書くことにした。
寒そうな受付の足もとにはヒーターが入っている。まだ二月だ。男性が二人だが、男性だからといって寒さが我慢出来るというわけではない。末端冷え性の俺は受付の二人が少し気の毒に思えた。
中にいる親族は大して多くなかった。花は森ノ宮家親族一同と五十鈴川家親族一同に駒山市立北村中学吹奏楽部有志一同や北高校吹奏楽部有志一同と並んでいた。なるほど、御供を置いたら有志一同に混ざることが出来たのだ。
集団に関わるチャンスがあったのに渡さないことでヘイトが起こってしまった。これについては反省をしない、帰りに久宝寺を誘って飲み屋にでもいこう。
お堂もすき間風が入ってやや寒いが、それも俺が立っている入口だけで、中に入ると互いの体温で寒さは幾分かマシだった。
親族や職員に各々が着席を求められて経を読む僧侶が入ってきたところでわらわらとみな席に座った。吹奏楽部の大先輩方に席が譲られる中、中堅として見られる俺は最後列のパイプ椅子から立ち上がることをしなかった。
舌打ちも聞こえ、邪魔なんだよという声も聞こえた気がした。
参列者を一通り見たが、受付の男性はどこにもおらず雪舞う外で今も受付係をしている男性にやや感心している。それが親戚によって割り振られた役目なのだろう。
そう言えば、まだ棺桶の中は見ていないし、なぜこの森ノ宮という女が死んだのかも知らない。久宝寺に連れられてというか、久宝寺に着いて来てもらったので、後から久宝寺に聞けばいいのだ。ただ、どんな顔だったかは久宝寺から説明されても分からない。サックスに旧姓五十鈴川という名の女がいて、それが死んだ。
こちらに悪意を持っている人間ですら誰か分からないのだ。棺桶に入っているのが同期だとしても分かるはずがない。きれいに化粧をされていたら、余計に分からない。化粧をしたら女は変わるというが、十年も経てば印象は全く違うものになるだろう。
サックスの森ノ宮という題を突き付けられて森ノ宮を探したが当然いなかった。五十鈴川という女は並みの顔立ちでけして目立つような顔立ちではなく、五十鈴川の印象も記憶に無かった。大して関わりのある同期では無かったのだろう。着席をして経を聞いて前を見ても遺影の顔には覚えがない。
成人式の着物だろう。どこかで見た気がするのは過去の記憶だろうか。血色のいい肌にこぼれる笑顔、赤が散りばめられたきれいな着物。晴れ晴れとした表情からこの十数年後に亡くなるなんて信じられなかった。
経はものの十分ほどで終わった。堂内はあちらこちらで近況や亡くなった五十鈴川の話でいっぱいだった。どこの輪にも行けぬ時既に遅い、巨漢をまとい人に当たらぬように集まりの輪をよけて、棺桶の方に向かった。
きっと俺が誰かよく知らぬ親族が「顔を見てやってください」と言い、棺桶の前を譲った。
中を見る前に少し心配になった。もし本当に五十鈴川に対して思い出せなかったらどうしよう。
そんな顔の知らない男が金も支払わずに花の金も出さずフリーパスでお茶を持って帰るだけの男だ。そんな中で見ても親族にきれいな顔ですねと言うしかない。そしてなぜ久宝寺が俺にその何か知らない人物の葬儀の時間と場所を伝えて、久宝寺と共に四面楚歌の場に参じたのか。その意味が本当に分からなくなる。
中学時代の五十鈴川の顔を思い出そうにも思い出せない。旧姓ということは旦那がどこかにいるはずだ。狭い堂内にそれらしき人物がいなかった。トイレにも出ているのか、それとも受け止められぬ悲しみに一人慟哭しているのか。




