第11話 バームーンのママ幸子
「会ったんでしょ? 原に」
「原から聞いたのか?」
「なんて言ってた?」
「酒を飲んで乾杯をひたすら聞かされた」
ボックス席に深く座った俺は正面に座って、ケーキを三個食っている神路を見て、現金払いしか出来ない喫茶店の代金の心配をすることになる。追加で頼むなよ。というか、自分のコーヒー代くらい出せ。
「へぇ、そう。何か言って無かった?」
「結婚するからもう会えない」
「ありきたりね」
大阪駅の大丸側の喫茶店に呼び出された。梅田で遊ぶとは言ったが、別に梅田が近くにあるわけではない。ただ仕事先が大阪市内だからよく来るだけだ。
「吾郷は死んでいた。自殺だそうだ」
「かすみにあんなひどいことをしたのよ。楽な死に方をしたんでしょうね」
「結構辛いらしいぞ」
「それで私の戯言を聞く為に来てくれたの? もっと無いの? 劇的な情報をさ」
気になったことを聞く頃合いだろう。あともう少しだ。吾郷の話では売春に関しては五十鈴川では無かった。木皿の話は話すのを嫌がって変な手紙を残した。原は通夜の夜に会えなかったと言っていた。
「お前、本当に神路なのか」
「本当に神路だよ。神路唯奈だよ」
「名前は後で確認するよ」
「私のこと、疑っているの?」
「可能性を潰しているだけや。通夜の後の飲み会には行ったのか?」
「ちょっと顔出して、一時間ほどで帰ったわよ」
「原に挨拶はしたのか?」
「みんなと話して楽しそうだったから、遠慮したの」
「そうか、それで遺言書はどうなんだ?」
「そうそうそれよ。それを言う為にこんなところに来たのよ」
「せっかくだからコピーを持って来たのよ。疑われるのはまっぴらごめんだから。中には『第五夜。探偵。ナンバーで謎解きをせよ。ゲストはバームーンの幸子ママだ』ってね」
「幸子ママってなんだ?」
「調べてみたら西天満の方の寿司屋に幸子って名前の大将がやっている店兼二階休日バーがあるのよ」
どちらか一本にしぼればいいのに。
「十二月は予定が詰まっている。年内には終わらない」
「年明けでいいわよ。五十鈴川は一人で行けって言っているから、一人で好きな休日に行って来てね」
そう言って、小銭を机の上に置いた。
「割り勘ね。今、札しかなくて」
さっさと立ってその場を立ち去った。机の上に置かれたのは二百円。ブレンドコーヒーは六百円。ケーキは二千五百円。札でいいだろうが、また休みに引っ張り出された。それで四千円使わせるかよ。もう少し考えろ、ばかやろう。
歩きながら考えをまとめてみた。吾郷は売春宿をしていなかった。胴元は山田で失踪した。木皿は警告を残し、原は通夜の席で神路を偶然見ていないと言った。そして吾郷は殺された。考えろ。何か共通点があるはずだ。
そもそも犯人、五十鈴川にとってプラスの要素が見当たらない。目的はなんだ? 山田への復讐か。ならば吾郷を殺す必要は無かったはずだ。いや、関係先を次から次にたどっていっているとしたらどうか。神路も五十鈴川という親友に恩を報いる為に動いている。
五十鈴川が犯人だとしたら、この事件はもう終わっている。でもそれならなぜ尾行の影がちらついたのだろう。久宝寺には週に一度来て、俺には五十鈴川のことを放っておいたら、尾行が来るようになった。
五十鈴川、お前は何がしたいんだ。
あえて平日の寿司屋を訪ねた。ちゃんと予約を取ってだ。童顔の背が大きい男性が握った。あまり話をしない性分らしいが、常連客風な客から日本酒をすすめられるとやれやれと言いながら、グイっとあおった。
「幸ちゃん、相変わらず飲みっぷりがいいね」
「坂本さんもあまり酔わせないでください。刺身包丁でおろしますよ」
週に一度、通った、飛ぶ金は惜しかったが、いつも違う寿司を握ってくれるのはありがたかった。他に客のいない二人っきりの夜はクリスマスイブだった。
「お客さん、最近よく来るね」
気にされていたのは嬉しい。ここから会話の糸口を探ろう。
「この辺りで探している人がいてね。バームーンの幸子という者なんだが、心当たりはないかな」
カタンと落ちた音が聞こえた。奥の方から聞こえたので、物が落ちたのだろう。
「どういう用件?」
「五十鈴川の件だ」
「誰それ」
「駒山市立北村中学吹奏楽部の」
「そんな人知らないわよ」
「カフェナンバーで幸子ママをゲストに招いて、謎解きをしろという話なんだ。何とか口を聞いてもらえないか?」
「そんなよく知らない人間の集まりに行きたくないわ」
紙が置かれた。
「察しろ。他の弟子の前でその話は出来ない。明日貸し切りにしてやるからこの住所に来い」
さようなら有給休暇。期待もしないクリスマスの休みに部長が有給休暇を取れと言ったのだ。
「古寺君、まだまだ若いんだから、女の子と遊びに行って来なさい」
クリスマスの夕方、何が好きで西天満の寿司屋の二階にいるのだ。看板にはバームーンと書かれており、電飾がドアに貼られていた。電気はついておらず、貸し切りの札がかかっていた。
閉じられた扉にノックをして入るのが正しいのか。それとも店に電話をすることが正しいのか。ノックをすることにした。扉が空いてスーツの男が出て来た。あ、これ昨日見た寿司職人だ。
「男装喫茶なんだ」
「女なのか?」
「オネエバーだと思った? ま、店主の私はママって呼ばれているけどね。入りなよ。部屋は暖めておいたよ」
よくしゃべるな、昨日会った時は無口だったのに。それを察したのか幸子は「話す必要が無い場所で話さないだけだよ」と話した。
「それで酒は出せないからコーラでいい?」
「まずは五十鈴川とどういう関係だ?」
「かすみさんだよね。よく店に来てくれてね。人相の悪い男と一緒に来るからたまったもんじゃなかったよ。でもかすみさんはいい人だった。男を見る目は本当に無かったけど、それで兄ちゃん」
「古寺だ」
「古寺さんは何で五十鈴川さんのことを?」
始まりから全て話した。同級生の五十鈴川かすみの葬儀に行ったこと。
神路という女に呼び出され、親友の五十鈴川の依頼を遂行することになったこと。
探偵という役回りでここ一年使われていること。
全ての事情を話すと幸子はふんふん軽く頷いて、一言漏らした。
「それはおかしい」
「そうだ。おかしいことだらけだ」
「いや、古寺さんが思っているおかしさじゃない。なんで神路は五十鈴川のいうことを聞くのか」
「それは親友だから」
「神路は山田の本妻で、五十鈴川は山田の不倫相手。五十鈴川は森ノ宮という男の本妻だった。森ノ宮はともかく神路は五十鈴川の言うことを普通は聞かないだろう。親友だとしても寝取られたわけだから」
「言われなくてもそのとおりだ。だから」
だからおかしい。五十鈴川の為に心身が疲れ果てた神路が五十鈴川に復讐はともかく、報復をするだろう。いくら五十鈴川を神路が信頼していて、原の様子だとここ数年は連絡を取っていなかったはずだ。近況も知らない五十鈴川を、遺言書だけを送ってくる女を信用出来る方に賭けられない。
「分かったようだね」
「あぁ、分かった。最初から答えは出ていた。裏を取る為にしないといけないことは多いが、久宝寺には今聞こう」
メッセを送り、返事を待っている間。木皿という女に心当たりは無いかと幸子にたずねた。
「それは私に聞くよりヤクザ屋さんに聞くのが早くない?」
「電話番号を貰っている」
「関わりたくないから名刺はここに残すなよ」
「電話帳にいれているだけだ」
電話はすぐに繋がり融資の話なら明日にでもと唐突に言われた。違うということと、古寺ということを伝えた。
「こっちに用件が無い人間はもう関わらん方がええで」
「最後に一つだけだ」
「何や」
「占い師の木皿はどうなった」
「夕方のニュースじゃ、乗らんもんな。深草の川の橋から落ちたらしいわ。寒いのに大変やな。こんなところに放り込まれたら死ぬで、ホンマにな。そんなけ?」
「うん」
「かけてくんなや、もう」
そう言って切られた。追加で久宝寺にメッセが送られた。
返事は一時間で帰って来た。神路をなぜほとんど覚えていなかった久宝寺に見分けがついたか。原は無事か。原は十二月頭に連絡が回ってきた。行方不明だそうだ。
神路、お前はいつまで罪を重ねるんだ。お前は誰だ。




