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第8.5話 命の天秤 グエンと小夜 下


あれから3日間小夜は眠り続けていた。医者に診てもらうと命に別状はないという…ただ強い精神的なショックで目覚めてからも後遺症が残る可能性は捨てきれないらしかった。

 

 あの日からずっと外は雨が降り続いている



 コンコン コンコン



 「…小夜様、入りますよ」


ガチャ


 相変わらず降り止まぬ雨が窓を強く叩き、片付いた部屋の机にはフルーツの盛り合わせが置かれている。

 通常ならもぬけの殻なのだが、今は一切手を付けられておらず、白い下着に身を包んだ彼女は大きすぎるベッドの上で小さい寝息を立て目を瞑っている。

 

「……………」


シルヴィは小夜のベッドに近づき立ち尽くす。


「話しは聞いております。大変だったのですね」


 いつもの無表情は変わらないが、その声は目覚めない彼女を慈しむような声に聞こえた。


「うっ…うう…」


突然小夜が苦しみ出す。気絶してからというもの時々こうしてうなされていた。


「…いや…みんな…死んじゃう…」


苦しみながら一筋の涙を流す小夜にシルヴィは彼女の手をギュッと握る。


「…大丈夫です…私が側にいますから…ですから今は休んでいてください」


その声が届いたのか小夜の表情は穏やかになる。  



城下町 中央広場




 既に後片付けは粗方終わっていたが、多くの花束と嘆く親族が雨に濡れていた。


「どう…して…こんな…」


「…うぇ…お母さぁん!!」


「……終わりだ…何もかも」



 グエンはその光景を雨に打たれながら眺める。

  あの日以降、中央広場は封鎖され今は関係者以外立ち入り禁止となっているが、あと数日もすれば復旧される見込みだった。


「グエン隊長、お肌に触りますよ」


 声の主はいつしか小夜を連行し事情聴取をしていたベテラン兵士が立っていた。


「…ああ…すまない…でも今はまだこのままでいさせてくれ」


ベテラン兵士はグエンの横に並ぶと口を開いた。 


「ウチの兵士もたくさん殺されました。1人はまだ新米で、このまえ娘が生まれたばかりだったんです。よく娘の事を私に報告してくれましてね、任務に集中しろ!とよく説教したものです」


「…そうか」


「くっ…なんででしょうかね…この仕事をしていると私みたいな老いぼれが生き残って…若いもんが次々と簡単に死んでいく…私はいつも…それを見ていることしかできない」

 

ベテラン兵士は雨の上からでも分かるくらいの大粒の涙を流す。


グエンは空を見上げた。


灰色の空から銀色の粒が無数に落ち、顔に当たる。今は何故かその感触と音が妙に落ち着いた。

 

雨のせいなのかーそれとも違うのか


彼の瞳からも一筋の粒が流れた。


(本当に、この世界は救われるのか)



王城 王の間


 「…以前として進捗はなしか」


 「はい、申し訳ございません」


 先の事件の話しを聞かされた国王陛下は今回の首謀者について調査を進めていたが情報は愚かあのフード男達が何者かについては一切分からない状態だった。

 ただ一人グエンが捕虜として捕らえていた男も、昨日自分の舌を噛みちぎり自害していた。


「もうよい、下がれ」 

 

「はっ」


国王陛下はイスから立ち上がると窓から映る鈍色の空を見つめた。


「…本当に心まで沈んでしまうよ」


王城 談話室


 「…全く、俺が席を外している間に酷い目にあったなグエン」


彼はグエンと同じ鎧を纏い、その恵まれた大きな体格で腕を組みドシッと長椅子に腰掛けた。


「申し訳ない…ミラージュ殿…私が側にいながら何も護れなかった」


 グエンはぷるぷると震える手でミラージュに謝罪し頭を深く下げた。

 それをみたミラージュは深いため息をつきグエンに叱咤する。


「お前なあ、仮にもこの国最強の男だろ?そんな奴がやすやすと頭下げんじゃねぇ!!そんなんじゃこの国をお前に任せられなくなっちまう!!」


ミラージュは怒りを露わにしたがすぐに落ち着きを取り戻し冷静に語る。


「…お前以外の隊長がなんで国を離れて今活動できてるか分かるか?」


グエンは少し悩むが分からないといった表情を見せる。


「みんな、お前を信用してるからだよ!!隊長だけじゃねぇ!国王陛下も他の兵士も民衆もだ!」


その言葉にグエンはハッとする。


するとミラージュは優しい顔つきになる。


「今回の騒動もお前と、転移者が沈めたそうじゃねえか。お前らがいなかったらもっと最悪な結果になったかも知れねぇ。もっと胸を張ってシャキとしやがれ!!グエン隊長!!」


その言葉にグエンはクスッとなった。


(そうだ…ミラージュはいつもこういうやつだ。普段は横暴で気性が荒いけど一番この国の事を分かっていて一番優しい男だということ)


「本当…君には敵わないよ」


グエンはいつもの笑顔をミラージュに向けた。


「うっせ!その鬱陶しい笑顔こっちにむけんじゃねぇ気持ちわりぃ」


ミラージュは少し気恥ずかしそうにはぐらかしたあと再度口を開いた。


「で?その転移者の子はまだ目が覚めねぇのか?」


「うん、残念ながらね…」


「そうか、目が覚めたら一度顔を合わせようと思ったんだが寝てんじゃ仕方ねぇな」


少し残念そうな表情をミラージュは見せたがグエンが笑顔で答えた。


「大丈夫、すぐ目が覚めるさ!またいつでも逢えるよ。すごく明るくて元気のいい子でね。小夜って云うんだけど、きっとミラージュ隊長もすぐ気に入ると思うよ。」


「はは…そりゃあ楽しみだ!」



それから数日後小夜は目覚めた。



グエンはそれを聞くと、仕事を早々に切り上げ、すぐ小夜の元へ向かった。


コンコン


「どうぞ」


ガチャ



 扉を開けると白いパジャマ姿の彼女はベッドで身体を起き上がらせてこちらを見て笑っていた。数日間も口にしていないせいか少しやつれたように見えた。


「やあ、小夜殿調子はどうだい?」


得意の営業スマイルが今日はぎこちなかった。


少しの間が空いた。 そして小夜が口を開く。


「いやぁー流石にこんなに寝たのは生まれて始めてでしたよ!!もう起きたらお腹がずっとぐるぐる〜って鳴ってるんですもん!!びっくりですよ!!」


グエンはふと目線を横にずらすとまだ半分以上残った食事が置かれていた。

 いつもなら大食堂で食事を取る彼女にとって普通でないことは誰が見ても明らかだった。

 その視線に気付いたのか、少し気まずそうな顔をした小夜が慌てて喋り出す。


「…いやあやっぱり何日も寝てたからかな!!全然胃が受け付けなくて…本当いつもなら無限に入るのに困ったもんですよ!!」

 

そんな彼女に優しく悲しい笑顔を向けるグエン


「…ひとまず、元気そうでなによりだ!訓練は落ち着いてからでいいから今は安静にして体力回復に努めてくれ」


「あっはは…そうします…」


小夜が頭に手をやりグエンが部屋から出るのを見送る。


「…………」


激しい胸の痛みが強くなる。動機と吐き気が襲ってくる。めまいがする。そしてあの日のことを思い出す。


「くっ…ハァ…ハァ…ほんと…しんどいなぁ」


小夜は身体を抑え必死に一人であの日の痛みと戦っていた。

 

その日は運ばれてくる食事を無理して口に運ぶもすぐに激しい吐き気が襲いまともに食べることもままならなかった…



外の雨はまだ降り続いているー



数時間後、いつの間にか寝てしまっていた小夜は目を覚ましベッドから身体を起こす。


辺りを見回すと既に暗くなっており、小夜は一人だった。


「………」


ポタ


「へ?」


急に瞼から熱いものが流れ落ちる。小夜の心は既に限界だった…


「うっ…ぐすっ…私…もう…駄目…かも」



目を覚ますとあの日の惨状が…何もできなかった自分が…この手で人を殺めてしまった感触が脳裏に鮮明に蘇り彼女を蝕む。



コンコン



するといきなりドアがノックされる。小夜は心臓が飛び出そうなほど驚いた。


「小夜様、起きてらっしゃいますか?」


声の主はシルヴィだった。


「イオンさん!?ちょちょっと待って!?」


小夜は慌てて涙を服で拭きごまかした。


「失礼します」


シルヴィは無表情だったが小夜を見つけると少しホッとしたような表情を見せたような気がした。

 手に持っているランタンを机に置くと近くの椅子に腰を下ろす。


「ど、どうしたんですか?急に」


小夜は取り繕った笑顔をシルヴィに向ける。


「……大変でしたね……」


その言葉に胸がキュッとなり今すぐ泣き喚いてしまいたくなるが必死に抑える。


「そ、そんなことないですよ!見ての通り私はもう元気満々です」


 小夜は胸を張ってシルヴィに見せつける。


「……………」


「……………」


暫くの無言のあとシルヴィが小夜に目を合わせて口を開いた。


「小夜様は、本当に強い人です。いきなりこんな理由のわからない場所に連れてこられてそれも手違いで…なのに世界を救うために毎日こんなに頑張っている。日はまだ浅いですが私はあなたのそんなところが好きです」


突然の告白に動揺する小夜


「えっ!?す…き?」


「だからこんな時くらい私を頼ってください。人の感情を読み取るのは得意ではありませんが、それでも今のあなたを私はみていられません。これはメイドとしではなく一人の友として云っているのです」


相変わらず淡々としているものいいだったがシルヴィの眼は彼女をしっかりと捉えていた。

 それでも素直になれない小夜は何とか言いくるめようとした。


「もう、何を言ってるのイオンさんはッ!私はこの通り元気ですよ!だから何もーーー」


バサッ


小夜は急にとても暖かい感触に包まれた。それは母の温もりに似た愛情であった。

 

「急に…ど…どうした…のイオン…さん?…今日は…何だか…おがじ…い…よ?」


小夜は限界だった。

 シルヴィに抱き寄せられその夜はひとしきり泣いた。

 

シルヴィは何も云わず彼女が泣き止むまでずっと抱きしめていてくれた。


翌日、グエンが小夜の部屋に大きな箱を持ってきた。

 


「これは?」


グエンはなにも云わずただ箱の中身を開けた。


「これは…手紙」


「読んでごらん」


グエンは笑顔でそう云うと、小夜は大量の手紙から1枚をとりだし、封を開けた。

 

ーみんなを助けてくれてありがとう!ー


「これって…」


「君が戦った時に近くで見ていてくれた人達からの感謝の言葉だよ」


小夜は無言で次の封を開ける。


ーよく一人で立ち向かったなアンタはこの街のヒーロだ!!だから今度は俺達がこの国を守らなきゃな!ー


次を開ける


ー私は足がすくんで助けにいけなかったけどアンタは一人であいつらと戦ってたとこちゃんとみてたよ。本当によくやったよー



ー今度また買い物来てくれよ!この街を救ってくれたんだ!!安くするぜ!だから困ったことがあったらいつでも相談しなー


ありがとう 


ありがとう


ありがとう


たくさんのありがとうが昨日いっぱい泣きつくしたはずの小夜の涙腺を崩す。


そして、1枚の封に2つの手紙が入ってた。


ー本当にあんたには返しても返せない借りができちまったな。本当にユナを助けてくれてありがとう!!またパン買いに来いよな!!ー


ーおねえちゃん、パパをたすけてくれてありがとうまたあそびにきてねー


ぽた、ぽた


涙が止まらない。苦しいけれど、今まで溜まっていたものがどんどんと抜けていくような気がした。


そしてグエンはポケットから小さな髪飾りを小夜に渡す。


「最近つけてなかったからね。前のと同じなのを選ぼうと思ったんだけどどうにもなくてね。シルヴィと一緒に選んだんだ。これが君に似合いそうだったから」


小夜はそれを無言で受け取る


「前のは…あの時、傷が入っちゃってそれをみる度に思い出しちゃって…つけられなくなってたんです」



グエンは優しく微笑んで




「無理して笑わなくてもいい。けど君が救った命で今日笑ってくれる人がいることを忘れないでほしい」



「…はいッ!ありがとうございます!絶対に大切にします!」




小夜は泣きながら微笑んでいた。今度こそ本当の笑顔で






髪飾りには青色の花を模した形をしていた。

 そして強い光が窓から差し込む


「とっても…キレイ」


そして小夜は小さな髪飾りをつけ、少し恥ずかしそうに笑いながらグエンに見せた。



今日は久々の晴天だった。




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