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優牙の花 3

 騙された、と気づいた時にはもう遅かった。相手は一枚も二枚も上手だと唇を噛む花代の肩に、優牙は手を置く。

「どうした?」

「……酷いじゃない」

「覚えておけ、大人は酷くて狡くてどうしようもない生き物なんだ」

 優牙は口角を上げて、花代にジュースを差し出した。

 ただの旅行、という約束はあっけなく破られた。花代たちがアパートを出た一時間後、優牙から指示されていた引っ越し業者がアパートにあった花代たちの荷物をトラックに積み込んで走り出した。トラックの目的地は優牙の家、つまり今居るここである。

「弟妹たちは喜んでいるぞ」

 広い家に大はしゃぎの弟妹を見て、花代は顔を顰めながらジュースをテーブルに置いた。

「転入の手続きも済んでいる。明日からお前達は悠真学園の生徒だ」

「……そんなの認めない」

「認めなくてもそうなんだ。安心しろ、未成年に手なんか出さねえよ。――たぶん」

「……最後の『たぶん』ってなに?」

 花代が額を掌で擦る。

「おかしい、あなた、かなりおかしいわ」

 優牙は片眉を上げて首を傾げた。

「おかしい? お前は本物の『おかしい奴』を見たことがないな」

「え?」

「ああ、来たみたいだな」

 玄関ドアが開く音、そして「ただいま」という声が聞こえる。

 小走りの足音。リビングのドアが開き、大きな紙袋を抱えた男女二人――蓮と美緒が部屋に入ってきた。

「優牙君、この子たちが?」

 満面の笑みを浮かべて、蓮が優牙に訊く。

「ああ」

「こんなに沢山……」

 突然入ってきた二人に、皆の視線が集まる。

「蓮君、変なことしちゃ駄目でしゅよ」

 腕を引っ張り注意する美緒に、蓮は頷いた。

「何もしないよ。優牙君の大切なヒトたちだからね」

 蓮は一番小さな双子の元に行くと、警戒する二人に紙袋の中から箱を取り出して渡した。

「初めまして。悠真学園の先生、佐倉蓮だよ。仲良くしようね」

「先生……?」

 警戒しながら蓮から箱を受け取った双子だったが、次の瞬間、双子の口から歓声が上がる。

「これ、貰っていいのか!?」

 双子の手には最新のゲーム機が握られていた。

「勿論だよ。みんなおいで、お土産は沢山あるからね」

 子どもたちが今まで我慢していたゲーム、人気ブランドの服、おもちゃ、文房具……。それらを蓮が紙袋から次々に取り出す。蓮の周りに子供たちが集まった。

 その様子をじっと見つめ、花代が優牙に訊く。

「あの女のヒトはあなたの血縁者?」

「姉ちゃんだ」

「男は……人間よね? でもなんだか……」

 言葉では言い表せない違和感のようなものを感じ、首を傾げる花代に優牙は笑う。

「その感覚は間違っていない」

 二人の視線に気づいたのか、美緒が優牙と花代の元へとやって来た。

「はじめまして、佐倉美緒です。優牙のお姉ちゃんです」

 笑顔で手を差し出され、花代は特に警戒することなくそれを握った。

「どうも。白方花代です。はじめまし――!」

 握手した手を引っ張られ、花代は美緒に強引に抱きしめられる。

「可愛い! 私、妹が欲しかったの。花代ちゃん、お姉ちゃんでちゅよー。いい子でちゅね」

 身体を撫でまわされて、花代は思わず「ヒッ!」と声をあげて美緒を突き飛ばした。美緒が尻もちをつく。

「あう、ちょっと乱暴? でもそこがたまらない!」

 手を伸ばして立ち上がろうとする美緒の肩を優牙が踏む。

「おとなしくしやがれ」

「そんな、もうちょっとだけ味見させて……!」

 花代は嫌悪感をあらわにして美緒を見下ろしながら、優牙に訊いた。

「これが『本物のおかしい奴』……?」

 しかし優牙は首を横に振る。

「いや、これは『ちょっとおかしい奴』だ。嬉しくて興奮しているだけだからな。真におかしいのは――」

 その時、

「ぎゃあああああ!」

 弟の悲鳴が聞こえ、花代は弾かれたように顔を上げた。

「な……!」

 いつの間にか狼に変身していた双子が、蓮に襲われている。

「可愛い、可愛いよ!」

 弟の顔を笑顔で舐める男の姿があまりにも気持ち悪くて一瞬立ち尽くしてしまったが、すぐに正気を取り戻して花代は叫んだ。

「何するの!」

「何してるんでしゅか、この浮気男!」

「何をしている!」

 え? と花代がリビングのドア付近へと視線を向ける。

 叫んだのは、花代、美緒、そして――、

「この変態め!」

 ドアを蹴破るようにして入ってきた、体格のいい男。

 男は素早く蓮を蹴り飛ばして双子を救った。

「ふええー!」

 泣く双子の背を男は撫でる。

「よしよし、怖かった――なに!? 白狼だと!?」

 男が驚愕する。今度こそ、花代は呆然とした。

 なんなのだ。これは一体何が起きているのか。

 混乱する花代に、優牙は説明した。

「双子を襲ったのが『本物のおかしい奴』こと変態。救ったのが俺の父親の拓真。ドアのところで爆笑しているのが母親の冴江」

 母親、と言われて、初めて花代は冴江の存在に気づいた。

 冴江が笑いながら。優牙と花代の元へと来る。

「いや、びっくりしたわ。新たに狼人間が見つかったって言うから仕事放っぽり出して来てみれば、絶滅したはずの白狼とは。で、その子が花代ちゃん?」

「ああ」

 優牙が花代の肩に手を置く。

 冴江は頷き、急に真顔になって花代の目を真っ直ぐ見つめた。

「あなたたち、能力が高い白狼なのに、危機管理がなっていないね。同族だから安心ってわけではないし、その仲間が安全というわけでもない。警戒しているつもりかもしれないけど、甘すぎる。だからあなたは捕らえられ、可愛い弟が変態の餌食になってしまった」

「え……」

「両親に、大切に育てられたみたいだね。自分達が警戒する必要が無いくらい」

 戸惑う花代に、冴江は再び笑顔を見せた。

「まあ、これからいろいろ学んでいきなさい」

 そして冴江は、優牙に視線を移す。

「ちゃんと守るんだよ」

「分かってるよ」

 頷く優牙に冴江は頷き返すと、振り向いて大きな声を上げた。

「焼肉、食べるよ!」

 皆の視線が冴江に集まる。

「ほら、いつまでも泣かない。子供たちとお父さんはソファーを動かして、テーブルをもう一つ用意して。優牙は料理に取り掛かって、変態は罰として肉を買えるだけ買ってきなさい」

 冴江に命じられ、蓮と美緒が肉を買いに走り、拓真がまだ戸惑う子供たちを宥めながら、「白狼が生きていたとは……」と上機嫌でテーブルの準備に取り掛かる。

「花代、料理手伝えよ。ちょっとは出来るんだろ?」

 優牙がキッチンに移動しながら人差し指を動かして花代を呼ぶ。

「……呼び捨てにしないでよ」

 文句を言いつつ花代はキッチンに向かった。

「で、何をすればいいの?」

「サラダでも作ってくれ」

 冷蔵庫から取り出したレタスを投げると、花代はそれをうまくキャッチした。

「サラダね」

「エプロンはそこにあるのを使え」

 素直にエプロンをつける花代を、冷蔵庫から食材を取り出しながら横目でチラリと見て、優牙は口角を上げる。

「……やっぱ、警戒心が薄いな」

「なんですって!」

「耳はいいのにな」

 振り向いた花代の耳を、優牙が軽く引っ張る。

「仲良くしようぜ」

「…………」

 睨み付けてくる花代に顔を近づけ、優牙は笑った。


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