Part16 小旅行その3 対決クラーケン
一と四が用意した宿“海洋亭”はこじんまりしていたがそれなりに格式がありそうだった。
「貴方が若旦那ね、私は海洋亭の支配人サーシャよ、宜しくね。」
赤髪のメガネの女の子が元気よく声を掛けてきた。
「サーシャさんの歳で支配人て凄いっすね。」
「ただ単に跡取りって事なんだけどね、貴方こそ凄いわね、自前の馬車で乗り付け、奥さんと姪御さん、用心棒、使用人4人大したものじゃない、でもあなた以外全員女の人よね。」
「サーシャさん早くお部屋へ案内差し上げて!もう若いものが失礼を致しまして、私女将のスターシアと申します、海洋亭をご利用いただき有難うございます、今後とも御贔屓にお願い申し上げます。」
三つ指付いた女将に圧倒されながら部屋へ案内された、例によって4人揃って寝られるように大きなベッド(3台のベッドが並べられていた。)があり、ゆったりとしたソファーが2つあり、広々とした快適な部屋であった。
「ねえ若旦那?奥さんと一緒に寝るのは解るけど、姪と、用心棒まで一緒なの?」
「用心棒は寝ていても、用心棒なんです、たとえ寝ていてもいち早く不審な気配を察知し守ってくれるんですよ。姪は違う部屋だと不安がるので。」
「なるほど、だから女の用心棒なのね、奥さんも男の用心棒だと一緒にとはいかないものね、嬢ちゃん早く一人で寝られるようになりなよ。」
「ところでさ、うちは海鮮料理が目玉なんだけどさ、ほら“クラーケン”が出るようになっちゃって、食材が集まらないのよね、精一杯がんばっては居るんだけどね。」
サーシャさんは海鮮料理の事を何度詫びながら、一通り部屋の案内をしてから退出した。
「一人寝もできぬと言われたのは、いつ以来だったかのう。」
「まあまあ、シャルさんそういう事にしておいてください。シスターズの皆さんを呼んで作戦会議っす。」
…
「一さん良くこんな部屋がありましたね。」
「もともと、大部屋をパーテーションで仕切って使用する、多目的な部屋だったらしいんですが、こちらの要望を伝えたら、仕切りを全部取り払い、カーペットやベッドやソファーを運び込みご覧のとおりの部屋としていただきました。」
「へー、広々として気持ちいいや、全くリズが一緒だと豪勢だよな。」
「ところで、亭主殿の作戦とやらを聞きたいのう。」
「う~ん、実はノープランです、取り敢えず漁師や船乗りといった人たちから“クラーケン”の目撃情報を集めるぐらいしか、思いついていないっす。」
「まあ順当であろうよ、今できることはそれぐらいぢゃ。」
「“クラーケン”ってどんな姿をしているのでしょう?恐ろしい怪物として博物誌に載っているのを読んだことがありますわ。」
「でかい蛸って話だけどな、話だけで俺も実際には見たことがねえよ。」
「妾もいまだ遭遇したことはないのう、海に住まうものであれば炎系の魔法が効きそうぢゃが、相手は海の中となると難しいのう。」
「ともかく少しでもいいから情報が欲しいっすね。明日は皆で“クラーケン”の情報収集っす、今日はゆっくり休むっす。」
海洋亭の夕食は思いのほか豪勢だった、これで“クラーケン”が居なかったら、どんな料理が並ぶんだろう。
☆☆☆☆☆
「それじゃさっそく情報収集っす、一さんと二さん、三さんと四さん、シャルさんとリズさん、それにリリッカさんと僕がペアになって、それぞれめぼしいい情報、“クラーケン”の情報に限らずいろいろな情報を集めてください。」
「うむ、任せておけ。」
「シャルさんくれぐれも子供の体でお願いしますよ。」
「う~む。」
「リズさんフォロー頼みますよ。」
「さー、シャルちゃん行くわよ。」
「むう。」
☆☆☆☆☆
「で?ダンナ何処から行くつもりだ?」
「そうっすね、まず海産物の市場から行くっすよ。」
「えー、海産物市場って今は閑古鳥しかいないんじゃないか?」
「ええ、暇を持て余している漁師や市場関係者がたむろっていると有り難いっす、それに昨夜の海洋亭の料理、全く水揚げがないって訳じゃなさそうっす。」
「なるほどな、それじゃ張り切って行こうぜ!」
☆☆☆☆☆
市場はこれ以上ないってくらい不景気そうだった。それでも笑いながらお札を数えている老齢でボロボロの身なりの漁師を見つけた。
「爺さん、あんただけ稼ぎがあったようだな。」
「誰じゃ?」
「ああすいません、旅の商人なんですが、アバスリの海産物に興味がありましてね、しかし来てみれば“クラーケン”とやらのせいで、漁にならないとか。しかし御老だけは稼ぎがあったようですね。」
「ふん、腰抜けどもは“クラーケン”が恐ろしくて、船も出しよらん。」
「爺さん、あんただけは違うって事か?」
「何じゃ、このごっつい娘は?」
「すいません、用心棒なんです。」
「ふん、あんた海洋亭に泊まっているという若旦那か?いい男じゃな。」
「はい。」
「じゃあ、アバスリで商売を考えているということかな、うんうん、じゃあ教えてやろう、“クラーケン”は音に敏感でのう、騒がしいのが大嫌いなんじゃよ。だからな、小さな帆掛け船で静かに漁をする分には平気なんじゃ。」
「サム爺!旅の方にいい加減な法螺はよしなよ!」
「何じゃ小僧!」
「若旦那、俺はアバスリの漁業組合のボブという、宜しくな。サム爺はああいうが確かな話じゃねーよ、確かにサム爺は一人だけで漁に出て無事に帰って着てはいるが、小さい船で“クラーケン”のやつ気がつかねえだけかもしれねえ。」
ボブと名乗った逞しい青年は良く日に焼けた精悍な顔つきをしていた。
「どうだい、若旦那が良かったら、これから漁業組合を案内したいんだが、“クラーケン”の奴をあの勇者だか何だかが片付けてくれりゃ、いい商売の話もできるんだが?」
「そうですか、それじゃぜひお願いします。」
僕達はボブさんに案内され港へ向かった。
アバスリの港は大きくたくさんの船が停泊していた。
「向こうの桟橋は商用の運搬船さ、こっちの桟橋は漁船が主だ、本来ならみんな漁に出るはずなんだが、今は開店休業状態さ。」
漁船がたくさん並んでいる、桟橋では暇そうに網の修理をしたり、ロープを束ねたりしている漁師が見える。
5mはあろうかという、長大な銛が見に付いた。
「あのでっかい銛は何に使うんですか?」
「あー、あれはさ、鯨撃ちに使うんだよ。」
「鯨?」
「あー、アバスリの海は鯨がとれるんだ。この銛の穂先を見てみなよ、ごっつい返しがついているだろう、刺さったらもうぬけねえのさ、それでこの柄の部分は、穂先から外れるだろう、そして穂先に結んだロープで鯨と俺たちが命がけの綱引きさ、アバスリの海の男たちはこの銛で鯨撃ちになるのが夢さ、あのサム爺も昔は鯨撃ちだったのさ。」
「鯨とは凄い!商品価値が高そうですね。」
「流石若旦那御目が高いな、鯨の肉は旨いし塩漬けにすれば日持ちもする、鯨全体が捨てる所が見つからないくらい利用価値が高いのさ。」
僕達はボブさんに礼を言い海洋亭へ帰る事にした。
☆☆☆☆☆
「情報を分析するっすよ。どんな話が聞けたっすか?」
「“クラーケン”は音を嫌うようです。」
「“クラーケン”が現れる直前に突然に嵐が来るようです。」
「“クラーケン”は船に乗り上げ、大口を開け人を食べてしまうそうですわ。」
「偽物たちは町の衆の“クラーケン”退治の期待をうまく利用し、やりたい放題です。」
「ふむ、あ奴等一寸やりすぎぢゃのう。」
「で、ダンナ何かいいアイディアが浮かんだかい?」
「船に乗り上げ大口を開けるか?シャルさんいつか皆に配った熱を持つ小石のマジックアイテム、あれのもっと熱量が巨大な物は造れませんか?」
「出来んことはないがのう、強力なマジックアイテムが必要ぢゃのう。」
「後は、大きな船が有れば何とか成りそうっす。」
「へえ、ダンナどうするつもりなんだ?」
「“クラーケン”の大口の中に鯨撃ちの銛でマジックアイテムを突っ込んでやるっす。」
「へへっ、楽しそうじゃねーか。」
「問題は“クラーケン”が乗り上げてきても耐えられる丈夫な船と、強力なマジックアイテムっすね?」
「あら、両方とも心当たりがありますわ。」
「本当っすか?」
「アバスリの行政官ギョーエフ侯を頼ってはどうでしょう?」
「リズさんもしかして知り合いっすか?」
「はい、それわもう、絶対悪い様には為さりませんわ。」
「紹介お願いするっす。」
☆☆☆☆☆
僕達は、ファルバード・テリシアス・ギョーエフ伯爵邸の前に来て、門衛に取り次ぎをお願いした。
程無く、屋敷のなから怒鳴り声が門の外まで聞こえてきた。
「儂は偽物の姫等とは絶対合わんぞ!」
「参ったっすね~」
「あの~、メイド長のマルートさんをお呼びできないでしょうか?」
「うむ、マルート殿とは顔見知りかな?」
リズさんは、指輪を一つ取出し門衛に渡した。
「その指輪を見せて戴ければ分かっていただけると思いますわ。」
…
「んま~!本当にエリザベート様ですのね!」
「たいへん!すぐにお通しして本物の勇者様御一行ですのよ。」
「伯爵様、本当にエリザベート様でございますわよ!」
「ぬわにぃ!」
ばたばたと屋敷に案内され、雷鳴のような銅鑼声を聞いた。
「ぬわんと、エリザベート様!お久しゅうございます。」
「ギョーエフ侯お久しぶりですわ。」
「おお、正しく勇者殿!いや、サッポの宮殿でのご婚礼依頼ですな。」
「ところでギョーエフ侯お願いがありましてお伺いしました。」
「このファルバードめになんでもお申し付けくだされ。」
僕らはギョーエフ伯爵に事の次第を話し、協力を依頼した。
「おい、ラクナアの石板を持って来い、それから黒鳥号の船長エイハブを呼べ!」
メイドが何やら怪しげな石板を持ってきた。
「如何ですかな、ギルバーディア侯?」
シャルさんは一辺30㎝程の怪しげな石板を指でなぞり、難しい顔をしている。
「これ程の物をどこで?いやそんな質問は無粋ぢゃのう。」
「使えそうっすか?」
「十分すぎるほどぢゃ。」
「エイハブこれへ!」
「おお、エイハブ貴公に勇者殿の援護を命ずる。勇者殿はあの“クラーケン”を討って下さるそうだ。」
「いや、あの、確実な話じゃないっす、それに大変危険な賭けっす。」
「賭けの相手が“クラーケン”なら、どんな薄い勝ち目でも乗る価値はありますな。このエイハブと黒鳥号の乗組員の命全て勇者殿に賭けもうした!」
「エイハブ、何時出航可能だ?」
「準備は何時でも出来ています、明日でも出航できますぞ。」
「へへっ、ダンナこの勢いで行っちまおうぜ!」
「シ、シャルさんマジックアイテムの用意は?」
「一晩あれば十分ぢゃ。」
「決まりっす、翌朝出発っす!」<ヒキッ>
「エイハブ!黒鳥号の乗組員に鱈腹飲み食いさせよ!ああ…酒は控えめにな。」
「御意!」
このままギョーエフ伯爵亭に泊まることになった事を、海洋亭で待つシスターズ達に伝言を頼み、僕達は明日に備え今晩は寝ることにした。
☆☆☆☆☆
朝から天気が良かった、黒鳥号はその名の通り黒い船体の大きな軍艦だった、乗組員は皆キビキビと働き士気も高かった。
「そろそろこの辺で仕掛けるっす。船長!帆を畳んでください。」
「?」
「“クラーケン”は嵐とともにやってくるっす、嵐のなかは帆を畳んだ方が安定するっす。」
「了解し申した。」
「総員!帆を全て畳め!」
僕は音だけの落雷魔法を、海の中で盛大に鳴らす。
「勇者殿?凄まじい音ですな。」
「上手くいけば“クラーケン”が、食いついてくると思うんすよ。」
程無く、ヒゥ…と風が鳴り、海が荒れだす。
「来たっすよ!リズさん海にヒールを掛けてください。」
「海にですの?」
「はい、少しでも嵐が治まるようにお願いっす!」
「頑張ってみますわ!」
突然、海から巨大な柱が数本生えたように見えた。
「来た!“クラーケン”だぞ!」
「皆さん無理はしないで下さい!皆さんの仕事は船を沈まないようにすることです、“クラーケン”は僕らに任せてください!」
“クラーケン”の巨大な足が、甲板に叩きつけられ、船が大きく揺れる、しかし乗組員の士気は高かった、皆それぞれの得物を“クラーケン”の足に叩きつける、“クラーケン”は然程効いていないのか、鈍いのか意に介した風には見えない。
絶望的な戦いが続いた、リズさんは海にも乗組員たちにもヒールを掛け続けている。
「亭主殿!“きくいちもんじ“ぢゃ!」
“クラーケン”の足を“きくいちもんじ”で打つと、一寸の間足がクルクルと丸まり逃げる。
「ふむ、やはり“きくいちもんじ”は妖の物に効くのう。」
やがて“クラーケン”は船の舳先に乗り上げてきた、乗組員の一人が果敢に“クラーケン”の目を槍で狙ったが、“クラーケン”の太い足で絡め捕られ宙に浮く。
「奴を助けろ!“クラーケン”の気を引き付けろ!」
僕はめったやたらに“きくいちもんじ”を振り回した。乗組員たちも頑張ったが然程効果を上げられなかった。そして“クラーケン”は巨大な足の付け根の大口を開け、絡め捕った乗組員を飲み砕く。
「ダンナ!今だ!」
「ハイ!」
僕とリリッカさんが銛を構え“クラーケン”めがけて突っ込む(主にリリッカさんだが)、そして銛を“クラーケン”の口の中に突き立てる事に成功した。
「シャルさん!!」
シャルさんの高速呪文が響き渡り。銛の柄は一瞬で砕かれ、穂先に付けたロープを引きずりながら、“クラーケン”は逃走する。ロープはあっという間に伸び切り黒鳥号は大きく傾く。
「だめだ!船が持たない!」
「リリッカさんロープを!」
“紅”がロープを断ち切り、やっと黒鳥号は制止した。
「やったか?」
「船長さん被害は!」
「6名ほど、怪我人は把握しきれていません。」
「そうっすか…」
「勇者殿、“クラーケン”は仕留めることが出来たのでしょうか?」
「あれだけ体内深くにラクナアの石板を討ち込めたのぢゃ、後は茹蛸になるのを待つだけぢゃ、ああゆう異形の者は、母なる海からも嫌われるものぢゃ、ほどなく海岸に打ち上げられるぢゃろう。」
「皆聞いたか!我々は勝ったのだ!さあ、帰るぞ!胸を張れ!」」
☆☆☆☆☆
港にたどり着いたらギョーエフ伯爵が待っていた。
「エイハブ!勇者殿!御無事で何より!」
「伯爵、戦勝報告ですぞ!」
「おお、誠か!勇者殿、このファルバード、アバスリの住民を代表して感謝申し上げますぞ。」
「大きな犠牲が出てしまいました…」
「…勇者殿、彼らの墓標には〈アバスリの海を守るため、勇者と共に勇敢に戦った〉と刻まれましょう、残った家族の生活はこのファルバードが全責任を負いましょう。」
ギョーエフ伯爵は僕の肩に手を置き約束してくれた。




