『1年後』
仕事の区切りが目前に見えてきた頃。
桜井とともに、次の灯台守が灯台を訪れていた。
「おはようございます。早速ですが以前お話させて頂いた通り、今日は引き継ぎをお願いします。それでは自己紹介を‥‥‥」
「田村将也です。今日は宜しくお願いします」
「飯島義明です。こちらこそ宜しくお願いします」
次の灯台守―――田村と挨拶を交わす。
見た目は40代前半の男。言葉や態度は丁寧だが、何処か覇気が無い。更にお互いに初対面にも関わらず、値踏みするかのような目つきを向けてくる―――あまり関わらないほうが良い人間。
飯島は第一印象でそう結論づけたが、所詮今日だけの付き合いだ。人柄がどうであれ自分には関係ないと思いつつ、業務の引き継ぎを開始した。
2人を引き連れて灯台の構造や設備について説明を行う。マニュアルを読み上げるだけなので苦労はしない。業務内容も同様の対応を行ったが、こちらは事前に聞いていたらしく、ある程度省くことが出来た。
引き継ぎは1時間もかからずに終わる。
詰め所で腰を落ち着けながら、気になる部分の質疑応答を開始した。
この部分は桜井も同席しているため、契約内容については丸投げ出来る。いくつか契約内容に沿った話を交わした後、業務的な質問へと内容が移っていた。
「質問です‥‥‥契約書にも記載されていましたがこの“想定外の現象が起こる場合があります”という一文について、具体的にどのような事を指しているのかお聞きしたいのです」
早速、核心部分に触れてきた。
適当に会話を続けながら、桜井へと視線を送る―――彼は表情を変えず、静かに遣り取りを見守っていた。
飯島の方も、特に口止めを受けている訳では無いので、当たり障りの無い部分から説明を始めることにした。
「‥‥‥古い建物なので予想外の事も起きますね。音がしたり、電波が悪かったりなど‥‥‥後はまあ、場所が場所なのでありもしないものが見えてしまうなどもあるかと‥‥‥」
「‥‥‥あまり良いものではなさそうですね‥‥‥そこの所、詳しく話して貰えませすか?‥‥‥遠慮はいりませんから」
「‥‥‥分かりました。貴方も予想しているかも知れませんが、ここは少し特殊な土地のようで‥‥‥奇妙な出来事に遭遇することがあります」
「奇妙な出来事‥‥‥所謂、オカルト的なものでしょうか?」
「はっきり申し上げると‥‥‥その通りです。私自身も何度か経験しました」
「なるほど‥‥‥正直あまり良い気分ではありませんが‥‥‥それで、どういった事がありましたか?」
「‥‥‥信じられないとは思いますが、ラジオから奇妙な音が流れてきたり、海の方から得体の知れないものが近づいてきたりなど‥‥‥でしょうか‥‥‥私自身、どうやってやり過ごすことが出来たのかはさっぱり分かりませんが」
「‥‥‥ちなみに、そういった現象に遭遇した場合は‥‥‥」
田村は桜井に対して質問を投げかける。
彼の口から満足のいく答えが返ってきたのか、再び飯島の方へと向き直り、口を開く。
「ありがとうございます。私からはこれ以上、質問はありません」
「そうですか‥‥‥分かりました。では、働き始めてから分からない事があれば、その都度監視施設の職員へ尋ねて下さい」
「ええ、そうさせて頂きます」
「話しが一段落したようですね‥‥‥飯島さんもお忙しい中、ありがとうございました。契約満了後の話しはまた後日に‥‥‥近日中には連絡させて頂きます」
引き継ぎが終わったタイミングを見計らって席を立つ。飯島も後に続き、挨拶を交わす。
契約満了前と後の処理もあるが、その事については近日中に話し合いの場を設けると話していた。その点について特に異論は無い。
「‥‥‥それでは田村さん。来週から灯台での勤務を宜しくお願いします」
「ええ、承知しました」
「それでは、また来週にお会いしましょう」
桜井と田村は一緒に陸地へ帰っていった。
その姿を見送り、一仕事終えた様子で詰め所へと戻る。少しだけ身体を休めたら、通常業務を再開しなければならない。
「残り1週間か‥‥‥こうしてみると、感慨深いものがあるな」
期間限定とは言え、1年間過ごした職場である。愛着は無いが、思うところはある。
最後の1週間も真面目に仕事に取り組もうと気持ちを新たにし、ラジオへと手を伸ばす。
朝のニュースを一通り聞いてから、仕事に入るつもりであった。
【ブツッ ザァーーーーーーーー】
【ーープツッーーーーーブッーーーーー】
【ーーーーーザザッーーーーーー】
【ブツッ】
【―――です。続きまして次のニュースです。昨日、〇〇県〇〇市の海岸に子どもと思われる白骨化した遺体が打ち上げていると近隣住民から警察へ通報がありました。警察の調査では遺体は死後数十年以上経過しているとのことです。また、遺体の頭部に挫傷の形跡が残っている事から、誤って海に落ちた際に岩礁で強く打ったものと推測されており―――】
――――――――――――――――――――
2年前―――
とある会社で1人の社員が定年を前にして仕事を辞していた。
退職理由は一身上の都合ということになっていたが、実は精神を病んでしまった事により、辞めざるを得なかったという噂があった。
彼に何があったのかは定かでは無い。
ただ、仕事を辞める数ヶ月前から異常な行動や言動が見られていた。
社内の人間から距離を置かれる事から始まり、上司や部下との関係性の悪化、取引先とのトラブルを起こすことも―――以前の彼からは考えられない事である。
会社を辞めてからは地元に戻っていたが、その生活も荒れたものであったらしい。数少ない近隣住民から噂されるまでにはそれほど時間はかからなかった。
しかし、ある日を堺にその噂は落ち着きを見せる。
その男が行方を眩まし、家が無くなったからである。
最初に気が付いたのは近隣住民。
深夜、トイレに起きた際に男の家が燃えている所を発見する。
急いで警察や消防に通報し、その家の住人の様子を見に行ったらしい。
しかし、そこには誰もいなかった。
消火後、警察の調査により近くの公園に路上駐車されていた車の中から火事のあった家の住人が発見される。
警察の取り調べに対し、意味不明な事を供述していた。
最初は気が動転しているものと思ったそうだが、その内容はとても尋常なものでは無かった。
『弟がずっとこちらを見ているんです』
『おいていかないで、たすけて、と‥‥‥』
取り調べを行った警察は、男の精神に異常をきたしていると判断し、暫く措置入院という形で精神病院に送っている。
奇しくも、他に身寄りが無い事と火事の被害が男の家だけであった事が幸いした。
入院中は異常な行動を見せること無く、殆ど健常者と変わらない生活を送っていた。同じ入院患者とも適切な関係を保っていたと記録が残っている。
だが、男の言動が原因で職員からは距離を取られていた事も事実である。
暴言があったり、尊厳を著しく損なう言動があった訳では無い。彼の話す内容があまりにも正確なものであったからだ。
『ここの部屋で男性の方が数ヶ月前に亡くなっていませんか?ここのベッドで寝ていた方です‥‥‥恐らく、寝ている間に吐いたものが喉に詰まってしまったのでしょう。窓を開けてほしいそうなのですが、開けて貰うことは可能ですか?』
『すみません。こちらの人にお茶をお願い出来ますか‥‥‥え?‥‥‥いや、その席に座っている紺色のジャージを着ていらっしゃる男性ですが‥‥‥?』
『あの‥‥‥差し出がましい真似とは思いますが‥‥‥そこにいると、向こう側にいる女性が気になるようで‥‥‥あまり機嫌が良くないみたいです』
男は時々職員を捕まえては、気になった患者について事細かに話をしていた。そのどれも親切心によるものであった事は間違いないが、職員の背筋は凍りつく内容であった。
―――男が見たという患者は、既に亡くなっていたからである。
驚くべきことに、生前の姿やその人の特徴、死因すらも完全に一致していた。
職員の訴えを聞いた医師や病棟の師長は、男をから聞き取りを行うが、その時には既に自分の発言を忘れてしまっていた。
しかし目撃証言や病棟の記録、更には一部に取り付けられた監視カメラの映像からも男の発言に対しての裏付けが取れている。偶然でも聞き間違いでも無い。
その後も同じような言動が繰り返し見られており、次第に男を怖がって職場を離れる人間も出てしまった。
困り果てた職員は、男に不用意な言動を控えてほしいと伝えるが、それは叶わなかった。
『何の話でしょうか?‥‥‥ところで、仕事を紹介してくれる施設を知りませんか?そろそろ働こうかと思いまして‥‥‥』
この頃、男の中では再就職先を探す段階に移っていたらしい。仕事を辞めた事は理解しているようではあるが、それ以外のことは一切覚えが無かった。
仕事を辞めてから地元に戻った。家は既に無かったため、ホテルに滞在しながら求職活動を行っている―――それが彼の世界。
現実に即した言動もするが、現在の状況を正しく認識した上での行動では無い。
その中で、たまに壊れたラジオのように独り言を呟く瞬間がある。医師によると、その瞬間だけ現実と向き合っているらしい。だからといって回復のきっかけになる訳でも無いそうだ。
『彼の心を揺さぶる何かがあれば、一時的に正気に戻ることは考えられますが‥‥‥‥‥‥その時、衝動的に何かをする可能性もあるので、十分注意してください』
担当の医師から職員へ伝えられた指示。
同時に、現段階では手の施しようが無いという宣言でもあった。
―――措置入院にも限界はある。
早めに次の行き先について考えていた所、偶然外部の同業者が施設の視察に来ていた。
彼らは困難事例や特殊な事例を調査している団体の人間であり、一定の効果を上げている事で知られていた。
病院の管理者は男の事を話して見た所、予想以上の反応があり、そのまま団体が管理している施設へ引き取りたいと申し出があった。
『あれ?貴方は‥‥‥』
『はじめまして。私は桜井と申します‥‥‥こちらをどうぞ』
『は、はぁ‥‥‥ご丁寧にどうも‥‥‥〇〇〇〇〇〇ですか?‥‥‥下に海上保安庁と書かれているのですが‥‥‥まさか‥‥‥』
『ええ‥‥‥実は貴方に折り入って相談したいことがありまして‥‥‥』
『灯台の管理人に興味はありませんか?』




