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『新しい灯台守』


【〇〇〇〇市の住宅、一棟全焼】


〇〇年〇月〇日、深夜未明。〇〇〇〇市〇〇の郊外で火事があり、住宅一棟が全焼した。

当時、住宅に住んでいた男性は自宅を留守にしており、火事による被害は無かった。警察によると、男性は自宅から数Km離れた公園で自家用車に乗車している状態で発見。取り調べの結果、自ら放火した事を認めるかのような供述をしていたとのこと。しかし、心神喪失が疑われる状態であり、供述内容に一貫性が無いと判断。一時的に措置入院の形を取り、近くの精神病院へと搬送されている。近隣住民によると男性の両親は数年前に亡くなっており、自宅も数年間は空き家の状態であった。男性は数ヶ月前から自宅で生活を始めていたそうだが、生活を始めて間もない時期から近隣住民とはトラブルが絶えなかった。

昔から男性を知る住民からは『若い頃に家を出たきり。母親の葬儀の時に数十年ぶりに彼の顔を見たが、何処か病的な様子であった。ここに越してきてからも昼夜問わず外を徘徊していたり、何も無い場所で独り言を何時間も呟く事があり、何をされるか分からないという恐怖があった』と語る。警察でも詳しい出火原因の調査を進めている。






――――――――――――――――――――






桜井は2ヶ月程前に発行された地方紙から目を離す。そこには、とある市で発生した住宅火災についての記事が記載されていた。

見出しは小さく、内容もありふれたものにしか過ぎないが、僅か十数行の文字は1人の人生が変わったことを示していた。


何を考えて自宅に火を放ったのかは本人以外には知る由もない。もしかしたら、本人も分かっていないのかもしれない。

先程、病院へと戻った男の個人情報を確認しながら、そんな事を考えていた。


病院から提供された情報によると、以前は都内の企業で働いたそうだ。勤務態度は良好―――それなりに良い立場を与えられていたようではあるが、退職する1年程前から頻繁に問題を起こすようになっていた。

結果として会社から圧力を掛けられたのか、数十年間勤めていた会社を一身上の都合を理由に退職している。


男が変わってしまった理由については大体の想像が付く―――恐らく会社や人間関係に疲れてしまったのであろう。また、家族もいないことも大きな要因と言えるかも知れない。


面接という体で男の状態を観察していたが、病的な雰囲気の他に、普通の人間とは違う視点を持っていることに気が付いていた―――それこそが病院で疎まれていた原因であることも。


男の精神病とは他の症例とは少しパターンが違い、何もしていない時は普通に生活しながらも、健常な人間には理解されない言動が多くなる。

一方で、一定の役割を与えることで、精神を病む前に近い思考・行動パターンを取る事が分かった―――つまり、仕事を与えている間は殆ど健常者とは変わらない。


しかし、仕事を与えていることにより彼の精神に負荷が掛かるというジレンマも存在する。

会議の結果、過度なストレスを掛けず、ルーチンワークのような仕事が彼には適当であると判断される。


―――選ばれた仕事は灯台の管理者。


灯台は既に稼働停止したものを流用し、《《療養施設》》として運用していた。

灯台の明かりは点くが、船の目印としての機能は無い。しかし、男にとってはその程度で十分通用する。疑問があればその都度、電話で対応することが決まっていた。


約束の時間になり、男が到着する。

送迎した職員によると、本人の希望で自宅があった場所へと向かっていた。

職員は万が一の事を警戒していたが、男は焼けた自宅を静かに眺めていたそうだ。途中で何かを呟いていたが、聞き取ることは出来なかった。

その後は何事も無かったかのように車へ戻り、現在に至る。


男との面談は質疑応答を中心に実施した。

こちらの質問に対しては破綻の無い内容で返事をしており、気になる部分は一つ一つ疑問を投げかけている。仕事が絡んでいる間は健常者と変わりは無いように見えた。

それを裏付けるかのように灯台守という役割を与えた後も、男は日々の業務を真面目に取り組んでいた。


1年という限られた期間。

男は灯台守として―――そして貴重な被験者として有意義な役割を果たしくれる事を期待する。






――――――――――――――――――――






最初の1ヶ月目から、ラジオの不調と海から得体の知れないものが近づいてきたという訴えがあった。


しかし、これは彼の妄想に過ぎない。施設でもモニタリングを行っていたが、該当するものは確認されていなかった。

後日、物資搬入という形で詳しい調査も行ったが、結果は同様である。

ただし、このような訴えも貴重な事例となる。

過去に不可解な現象に遭遇した人間も確認されていたからだ。


戦前の話ではあるが、灯台が建設される前に、精神病患者を療養するための診療所が存在していた。詳細な記録は残されていないが、当時の医療を考えると患者の末路は大体予想が出来る。



―――ここの土地には何かがある。

それが施設側の共通認識であった。












2ヶ月目、男から再び奇妙な報告があった。

曰く、救難信号のような音がラジオから流れたかと思えば、海上に帆船が見えたと。

報告を受けた時、まず最初に国外からの不法入国者を疑ったが、そのような知らせは入っていない。ラジオも同様である。当時、そのような放送は確認されていなかった。


男の訴えを聞いた上で経過観察を続けようとした所、職員の1人が応対を変わって欲しいと合図があった。以前、管理者が失踪した際の状況に酷似しているとの事。

真偽不明ではあるが、警戒を促すように声を掛けて通話を終えている。


暫く連絡が途絶えていたが、途中で灯台から何処かへ連絡を入れた形跡が残されている。

通話自体は5分にも満たないもの。念の為、施設の方からも灯台へ連絡を入れたが、いずれも繋がることは無かった。


最後の連絡から約5時間後、ようやく灯台と連絡が繋がる。

男からは意味不明な言動が聞かれていたが、その中で失踪した被験者の名前が出ていた事は興味深い。











3ヶ月目、灯台で発見したというハンカチについて報告を受ける。


同時期、警察の方から2週間前に入水自殺した女性に関わるものを捜索していると話しがあり、その際に聞いていた私物と特徴が合致していた。だが、そのハンカチが灯台のある島に届くものとは考えにくい。肌身離さず持ち歩いていた事から、遺体とともに海中へ沈むか海上を漂うか―――いずれにしても人為的な要素が入らない限り、特殊な海流が流れている島には辿り着く事は無い。

それに加えて、ハンカチに大量の髪の毛がこびりついているとなると、実に不可解な話である。


俄《にわか》には信じがたい内容であったが、実際に渡されたハンカチには男の言うように髪の毛が数本絡まっていた―――塊と言う部分は恐らく男の妄想であろう。

ハンカチは男から受け取った状態のまま警察へ提出している。


警察による調査の結果、ハンカチに絡んでいた髪の毛は自殺した女性のものと、彼女に関わりのある男女2名のものが混じっていた事が判明した。

警察から詳しい調査が入るかとも思ったが、発見状況を鑑みて立ち入り調査までは行われなかった。


『発見した方には、遺族へきちんと返却したとお伝え下さい』


後日、担当の警察官から伝言を受け取っている。聞くべきでは無いかと思ったが、その時の遺族の反応を尋ねた所、警察官は少し言いづらそうに答えていた。


『あまり言うべきことではありませんが‥‥‥‥‥‥発見された事について、ご遺族からは感謝の言葉はありませんでした‥‥‥申し訳ありませんが、これ以上の事はお話出来ません』


警察官の反応が、自殺した女性と遺族の関係を暗に示していた。

この点について、男には伝えないように配慮している―――実に後味の悪いものであった。











6ヶ月目、灯台の周囲に不審な船舶が確認されたと情報が入った。

灯台を利用していることもあり、警察の協力要請を受けて船舶の監視と乗組員の保護に務める。

その日は天候が崩れており、直ぐに現場へ向かうことは出来なかったが、幸運にも乗組員を保護できたという連絡が入っていた。

3名とも無事とのことであったため、夜が明けてから警察とともに灯台へ向かっている。


灯台へ向かう直前、警察から『船舶の位置情報がおかしい』と話しがあった。

灯台の船着場にあった反応が消え、灯台から離れた位置に出現したらしい。当初の予定通り、灯台へ向かってから男へ事情を尋ねると、保護したはずの3名と船舶が消えたと話している。


最初は妄想を疑ったが、船舶の存在はレーダー上でも確認されている。そして実際に発見することが出来たが、船舶の異常性に誰もが口を開くことが出来なかった。


15年前に行方不明となっていた船舶と乗組員の1人―――そして、3名の末路を記した日記。


男が話していた内容と合致する部分があることから、特例で船室に遺されていた日記の閲覧を許されている。

内容はどうあれ、行方不明事件の全貌が明らかになりつつある事と、3人の繋がりと言えるものが遺族の元へ帰る事が出来た。

少なくともその2点については、喜ばしいことであると思う。











8ヶ月目、男の精神状態に変化は見られていない。

一方、物資搬入を担当していた職員が『彼に違和感を感じました』と話している。


話によると、挨拶を交わす前から男の歩きがぎこちない事に気が付いたそうだ。足を痛めたのかと足元に注目した所、足首の隙間から濃い赤紫色の痣が見えたらしい。

その場で指摘したが、心当たりが無いと話している。


本人は”何処かにぶつけてしまったのかな“と特に気にしていなかったそうだが、職員の目には子どもの手のような痕に見えたそうだ。


何故そのような痣が出来ていたのかは不明である。











10ヶ月目、この頃には男の精神も落ち着きを見せていた。

妄想のような言動は変わらないが、以前のように得体の知れないものが見えることは無いらしい。何か心境の変化があったのだろうか?


被験者―――灯台守としての延長を提案したが、男からはっきりと断られてしまった。残念な事ではあるが無理強いは出来ない。今後、彼の行き先について検討が必要である。


暫くは何も無い日々が続いていたが、ある日、男から奇妙な写真について相談を受ける。

初日にマニュアルから発見し、暫く時間が経ってから再び手に取る機会があったそうだが、その際に自分の姿と名前が写真に残されていたと訴えていた。

灯台の特徴や記載されていた文字について照会を行った所、灯台と建設年は合致しているが、我々が保管している写真と男が発見した灯台の写真自体が全くの別物であることが判明している。また、裏面に記載されていた人物名については何も記録が残されていなかった。


物資搬入担当者を経由して写真を受け取る約束を交わしたが、ここで一つ問題が生じている。


数日後、写真を受け取った物資搬入担当者の消息が途絶えてしまった。


確認に向かった別の職員の話によると、船は港に戻っていたらしいが、物資搬入担当の職員の姿だけが無かったらしい。船室に残されていたものは写真と職員が飲んでいたと思われるコーヒーのみ。


警察の調査で分かった事だが、灯台を離れて港へ向かう途中、複数回に渡って何処かへ無線連絡を行っていた記録が残されていた。

灯台と港までは1時間もかからない距離である。船内で争ったような形跡は無く、加えて船が無事である以上、その間に無線連絡をする必要があったとは考えにくい。


職員の失踪と謎の無線―――どちらも不可解な事象である。

しかし、警察と我々の調査の中で最も奇妙なものは、船室に残されていた写真であった。

男から聞いていた話とは違い、写真には何故か職員の姿と名前が残されていた。

専門家によると写真には加工したような形跡は無く、撮影されてから数十年は経過しているとのこと―――写真については、それ以上の事は分からなかった。


現在も警察による捜索が続けられているが、職員の行方は掴めていない。











12ヶ月目、最後の月。次の被験者とともに灯台へ向かい、男による引き継ぎを実施。

引き継ぎ自体は滞り無く終了した。次の被験者は男の監視役として振る舞っていたようだが、彼の場合は1週間でその記憶が無くなる。今度は灯台守という役割を与えることで、新たな振る舞いを身につけるであろう。


後数日で男の監視記録は終わる。

何もトラブルが起きないことを切に願うばかりである。






――――――――――――――――――――






「‥‥‥」


桜井は過去の記録を読み返していた。

とても役に立つとは思えない荒唐無稽な話ではあるが、貴重な事例には変わりは無い―――らしい。


彼にも精神疾患患者の症例を集めることに対して複雑な思いはあったが、既存の―――または未知の精神疾患の治療に役立つと言われてしまえばそれで納得する他無い。


「私も、その被験者の1人なのだろうか‥‥‥」


この仕事に長く勤めていると、自分の立場が曖昧になってしまう。嘘か本当か分からない環境―――そういったものに長く触れていると、精神を病んでしまうのかも知れないと考えていた。


それでも目の前の仕事は十全にこなさなければいけない。

男の結末を貴重な事例として残すために、その手を動かし始めた。











【灯台を離れてから1週間後、男の消息が途絶える】


【引き継ぎを終えた後から、妄想や幻覚の類について訴えが無くなる。精神状態も落ち着いたものと考え、他の施設へ移送することが決まっていた。新しい施設に移動してから数日間は何事もなく生活をしていたそうだが、入所してから7日目の朝、男の姿が無い事に気が付く。施設内や施設周辺を捜索するが、どこにも男の形跡は無く、警察による捜索も行われていたが発見には至らなかった。後の調査で分かった事だが、同市内で働くタクシー運転手が男を乗せていた事が判明した。話によると、男は6日目の夜にタクシーの手配を行い、県外へと向かっていた。運転手も利用時間や目的地について最初は疑問に思ったそうだが、身なりや態度がしっかりしており、話している間も特に怪しい様子は無かったため珍しい客としか認識していなかったようだ。数時間の運転の後、目的地についた男からは手間賃と称して相場よりも高い金額を現金で受け取ったらしい。その時、運転手はそこまでは貰えないと答えたそうだが『私は病気でね、もうすぐ必要が無くなるから受け取ってほしい』と話していた。余命幾ばくも無いという意味で取った運転手は、それ以上は追求しなかったが“帰りはどうするのか”と尋ねると『帰りもこちらでタクシーを手配します。少し観光もしたいので、そのまま戻って貰っても結構ですよ』と返答している。観光というには手荷物の少なさに驚いたものの、金払いの良さから特に心配することは無いだろうと判断したらしい。そのまま男と別れ、会社に戻って来たそうだ。タクシーの運転手は男の行き先について覚えており、その時の言葉を警察にそのまま伝えている】




【‥‥‥〇〇県の〇〇海岸に行って貰えないかな?‥‥‥‥‥‥海が、見たくてね】




男が提示した目的地は彼の地元であり、数日前に子どもの遺体が発見された場所である。

直ぐに職員が現地へと向かうが、男の姿は既に無く、遺書のようなものが堤防に残されていたと報告を受けている。

警察は海に転落した可能性を考え、海中の捜索を行っているが、発見には至ってはいない。






――――――――――――――――――――






【―――では現在も捜索をぉ―ザザッザァーーーーー】






【ーーーーーーーーーーー】






【ブーーーーザザッーーー】







【ブツッ】






田村は古いラジオの電源を切る。

いつから置かれていたのか分からない古いラジオ―――好きに使っても良いと説明を受けていたため適当に音を流していたが、それも最早限界らしい。


ノイズを最後に動かなくなってしまったラジオを部屋の隅へと追いやり、新しいラジオを取り出す―――前の灯台守が置いていったものだ。

新品かつ高級なものであるため置いていく理由が分からなかったが、本人曰く”相性が悪かった“らしい。

半ば無理矢理押し付けられてしまったため、そのまま部屋の隅に放置していたが、どうせなら一度くらいは動かしてみようと考え、目の前のテーブルに置く。


電池を入れて、アンテナを立てる。

電源を入れると、スピーカーから小さなノイズが聞こえてきた。周波数を合わせると次第にクリアな音が響いてくる。


「‥‥‥なんだ、全然使えるじゃないか」


予想以上にクリアな音質と使いやすさに驚く。

古いラジオとは比べ物にならない性能に満足しながら、先程聞いていた放送に周波数を合わせる。






【ザァーーーーーーーー】






【ーーーザザーーーーー】






【ーーーーーーーザッー】
















【ブツッ】






[終]


最後までお読みいただきありがとうございました。


お気に召しましたら、他の作品も是非ご覧下さい。

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