↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

『10ヶ月目』


年が明けてから1ヶ月。


雪解けとともに、その下の青草が見えていた。緑が白を覆い尽くす時には、今の職場を離れているだろう。


だが”何もせずに“とはいかない。

目の前の仕事に取り掛かりながら、先月の出来事を思い出していた。






――――――――――――――――――――






新しい年を迎えてから間もない頃。数ヶ月ぶりに桜井が灯台を訪れていた。


新年の挨拶はそこそこに、心身の不調について当たり障りの無い話題から始まった。

心身に不調は無いが、常に心の均衡は脅かされている事を率直に伝えるが“ご苦労さまです”の一言で片付けられた。もとより相手にされないことは分かっていたため、飯島の方も気にせず話を進める。


『ところで、今日は何か御用でしょうか?』


『はい。実は飯島さんに新しい提案をさせて頂こうかと思いまして』


『お聞かせ下さい』


『それでは‥‥‥このまま、この仕事を続ける気はありませんか?』


『‥‥‥つまり、契約の延長ですか?』


『ええ、飯島さんが良ければ、ですが』


『‥‥‥』


桜井の提案を聞き、少しだけ考える。

全く予想していなかった訳では無い。休みや自由が制限されているという不満点はあるが、仕事内容や給与面ではそれらを補って余りある待遇を受けている事も事実。

しかし想定外の事象を、これ以上許容する事が出来なかった。


『‥‥‥申し訳ありませんが、お断りさせて頂きます』


『そうですか‥‥‥こちらとしてはとても残念ですが、契約は1年‥‥‥それでは当初の予定通り、2ヶ月後に契約満了ということで宜しいでしょうか?』


『お願いします‥‥‥それと‥‥‥』


『その点についてはご安心を。契約満了後は別のお仕事を紹介させて頂きます。こちらも飯島さんの希望があれば、ですが‥‥‥』


『ありがとうございます』


当初の約束を反故にされていないことに安堵する。契約書にも明記されていることではあるが、桜井の態度からも一定の信頼性は感じられた。

話の流れから、突発的な話し合いも終わりに近いだろうと察する。後は定型文のような挨拶を交わし、息の詰まるような遣り取りが終わるものと思っていた。


『それと大切な事を言い忘れるところでした』


『大切な事、ですか?』


『はい。契約の満了に当たって、次の灯台守に引き継ぎをお願いしたいのです』






――――――――――――――――――――






「引き継ぎと言われてもなぁ‥‥‥」


手元のファイルから目を離し、傍に置かれた日報とノートPCをぼんやりと見つめる。

桜井から依頼された引き継ぎの作業を進めるために、既存のマニュアルと日報を見比べながら相違点や改善点のあぶり出しを行っていた。

マニュアル自体は古いものであったが、設備や業務自体もここ十数年は変わりがないため、あえて手を加える部分が無いという答えに行き着いていた。


「‥‥‥はぁぁ」


余計な仕事が増えたという不満もあるが、自分の時は行われていなかった引き継ぎ作業の必要性についても疑問が残っている。

業務自体が簡単な作業であるため、マニュアル通りに進めているだけで事足りてしまう。次の灯台守がどのような人間であるか分からないが、この仕事を勧められる時点である程度の適正を持ってる筈だと考えていた。


「俺よりも若い奴なら、なおさら必要ないだろうに‥‥‥」


社会経験も重要であるが、若さはそれを上回る時があると考えている。

情熱―――確かに必要かもしれないが、単純に記憶力と体力がものをいう。要領や礼儀といった人間性によるものは別として、基本的な能力が無い事には何事も空回りしてしまうものだと考えていた。


「後は一般常識か‥‥‥マニュアルだけでは伝えられないことも多いが‥‥‥っと」


ファイルをデスクに置く際に、中身が少しだけ外れてしまう。

咄嗟に押さえる事が出来た為、大惨事には至らなかったが、クリヤーホルダーから1枚だけマニュアル用紙が飛び出してしまっていた。


「‥‥‥強いて言うなら改善点はこれだな」


新しいファイルの申請、またはマニュアルのラミネート加工は許可が降りるのであろうかと考えつつ、マニュアルを元に戻す。


「‥‥‥そう言えば、そのままだったか」


”前にも同じような事があった“と既視感を感じた瞬間、赴任した日の出来事が頭をよぎる。

赴任した日に、今と同じ様な場面でマニュアルを床に落としてしまった。その時、拾い損ねていたものがあったと思い出す。


デスクから離れ、床にしゃがみ込む。デスクの下を軽く手探りで探るが、目的のものは手に触れない。横着なやり方を止め、デスクを軽く持ち上げて下の床を露出させる。


「‥‥‥あった」


灯台の写真を見つける。

落としてからそのまま放置していたが、元々はファイルの中に入っていたものである。

引き継ぎの前には元に戻しておく必要があると考えていた。


「汚れてはいないな‥‥‥裏は‥‥‥は?」











【1963 灯台完成記念 】


三宅 作造

原 正則

森田 洋治

飯島 義明 


他、十数名の名も無き人々へ 捧ぐ











文字を見た瞬間、思考が停止する。


「なんで‥‥‥」


聞き覚えの無い名前の最後に、自分の名前が書かれていた―――無論、覚えは無い。


写真を落としそうになるが、今度は寸でのところで踏みとどまる。言い知れぬ恐怖を感じながら、デスクの上に叩きつけるように置く。

色褪せた白黒の灯台と男達は、愕然としている飯島を静かに見つめていた。


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥この写真‥‥‥」


もうひとつ気が付いたことがある。


建設に関わった作業員や職員―――その奥にある灯台の横。






作業着を着た自分の姿が写っていた。






――――――――――――――――――――






「‥‥‥」


連絡を終えた後、担当者と交わした会話を振り返る。

ファイルに入っていた写真は、監視施設の方でも把握していないものであるらしい。

確かに、灯台が完成した時に記念写真は撮影している。だが、監視施設側に残されているものとは別物である事が判明した。

電話越しの確認作業であったため正確性に欠ける可能性はあるが、写真に写っていた人物全員の身体的特徴が合致しない―――つまり、誰かが個人的に撮影したものである事を示している。加えて、写真の裏に記載された人物についても詳細が分からないと返答があった。


―――人も、目的も、一切不明


それだけでも不気味な事実ではあるが、自分の名前と姿が記されていることに恐怖すら覚えていた。


『写真を加工する技術はありますが、この場合は可能性が低いでしょうね‥‥‥』


写真の加工技術はあるそうだが、飯島の視線の先にある写真は明らかにその当時に撮影したものにしか見えない。文字も同様で、明らかに長い年月を経たものであった。


監視施設側としても調査は必要との事で、次回の物資搬入時に写真を引き渡すことに決まる。その間、写真はデスクの中で保管する事にした。


「早く、ここから離れたい‥‥‥」


引き出しを元に戻し、組んだ手の隙間から無機質なデスクをぼんやりと見つめる―――腕で支えていないと机の上に突っ伏してしまう。


得体の知れないものに対する恐怖は、時として人を無気力に変える。飯島もその例に漏れず、何事も無く約束の期日が来ることのみを望んでいた。






【ブツッ ザァーーーーーーーー】






【ブツッ】






【アイテムは“日記”です。長く愛用したものが良いでしょう。続きましては◯月生まれの〇〇座のあなた。今日の運勢は―――】






引き継ぎ作業の友にしていたラジオを点ける。

古いラジオには赴任した日からずっと振り回されてきたが、今の飯島にとっては心細さを分かち合う相棒であった。

少し前に流れていたニュース番組は終わったのか、今は星座占いが流れている。興味は無いが自分の誕生月が近づくにつれ、自然と聞き耳を立ててしまう。






【続きましては◯月生まれの〇〇座のあなた。今日の運勢は―――残念ながら最下位です。1人でいる時に思いがけない不運が降りかかるかもしれません。不運を回避するためのアイテムは“住み慣れた家”です。家族と一緒に過ごすことをおすすめします。続きまして―――】






【ブツッ】






ラジオの電源を切る。

興味が無いとは言え、気分が落ち込んでいる時に聞く内容では無かった。

今まさに不運に巻き込まれている上、救いようが無いと言われてしまったようなもの。

ラジオを止め、ソファから腰を上げる。

沈んだ気分を紛らわせるため、予定よりも早く設備の点検に向かうことにした。






――――――――――――――――――――






辺りが暗くなった頃、日中の業務内容を書き終えた飯島はニュース番組の後に流れ始めた番組に耳を傾ける。

冒頭の紹介から、不思議な話や奇妙な体験談を募り、その中でも一際興味深いものを纏めたらしい―――聞き流すには丁度良い内容だ。






【―――というものは、時として科学的に説明できない出来事も残している。〇〇さんは戦時中、空軍の飛行機乗りであった祖父の〇〇さんから実に奇妙な話を聞いたそうです―――】






何人目かの体験談の後に気になる内容が耳に入る。投稿者が亡くなった祖父から聞いた戦時中の話らしい。それまで聞いていたものとは少し毛色が違うものであった。


戦闘機乗りであった投稿者の祖父は、任務の為に哨戒区域《しょうかいくいき》を飛行していた所、突然の悪天候に見舞われる。

いつの間にか霧に囲まれてしまい、一時は前後不覚の状態に陥ってしまったそうだ。

勘を頼りに必死で飛行を続けていると、いつの間にか見覚えの無い場所に出る。

眼下には色鮮やかな光が広がり、白や赤、黄、緑、青‥‥‥中には点滅するものがあれば、規則正しく動く明かりも見えたらしい。


―――1943年、戦争が激化する直前の話である。

街頭や車などは存在していたが、現在のように一般に普及していない時代だ。

彼は目に映るものが信じられず、無線で連絡をしようと試みたが、一切繋がることは無かった。

混乱しているうちに再び霧に包まれてしまう。

今度は何が起きるものかと覚悟していたそうだが、霧が晴れた後には元の空に戻っていたらしい。

本部へ戻った後も上官や同僚に報告したそうだが、逆に精神状態の悪化を疑われてしまう始末であった。


数十年後、年老いた彼は当時の事を振り返り、幼かった投稿者へと話してくれた。


『今思うと、あの時の私は別の時代に迷い込んでいたのかもしれないな』


投稿者は祖父の話しがにわかに信じられなかったそうだが、祖父は投稿者の思いを知ったうえで更に言葉を続ける。


『あの時代は普通ではなかったんだ。私はそれっきりだったが、仲間の1人も同じような経験をしたらしい』


祖父自身、自分が目撃したものを信じられなくなっていた頃、同僚の1人から奇妙な話を聞いていたそうだ。

その同僚が所属していた部隊の兵士が行方不明になる出来事があった。敵前逃亡か敵の工作員に拉致されたのかは分からないが、上官の命令で捜索しても結局見つかることはなかったらしい。部隊内でもそれなりに大事になったそうだが、ある日を堺に行方不明になった兵士の話題が出なくなった。

不審に思った同僚が同じ部隊の人間に行方不明になった兵士について尋ねると『〇〇、誰だそいつは?』と初めて聞く名前のような反応をされたそうだ。

同僚はその時に理解したらしい―――行方不明になった兵士は“消えてしまった”と。


祖父はその同僚に対し“何故そう言い切れる”と尋ねたそうだ。同僚は言いづらそうにしながらも、ゆっくりと答える。


『俺の目の前で、ふっと消えたんだ‥‥‥“向こうに〇〇がいる”と言い残して』


最初は意味が分からなかったが、詳しく話を聞くと、その〇〇は兵士が行方不明になる数日前に戦死した兵士の幼馴染の名前らしい。

任務の途中に突然持ち場を離れたかと思いきや、いつの間にか辺りを包んでいた霧の中に入り、数秒も経たずに消えてしまった。


その話を聞いた祖父は、それ以上は何も言えなくなり、それから数十年に渡って語る事は無かったそうだ。

そして、何十年も隠していた秘密を投稿者にだけ明かした祖父は、その数日後に亡くなったらしい。


自分の死期を悟って語ることを決めたのか、それとも何かきっかけがあったのかは分からない。ただ、この話を誰かに知ってもらいたいと考えた投稿者がラジオへの寄稿を決心したようである。






【―――次の話は、投稿者の愛犬が最期に遺した奇跡の―――】






「‥‥‥」


番組に投稿された話を聞き終える。

10ヶ月前の自分であれば、真偽不明の不思議な話として片付けていたが、今ではとても他人事とは思えなかった。


数ヶ月前に15年の歳月を経て、ようやく陸へと帰って来ることの出来た3人組―――


他にも不可解な出来事を多く経験してきた。

だからこそ、他の人間が同じような経験をしていたことに妙な親近感を感じてしまう。


「まったく‥‥‥こんな事で安心してどうするってんだ‥‥‥」


自身の心境の変化に呆れてしまう。

そもそも灯台で働かなければ、こうして一喜一憂することも無かった。それに心配の種はまだ存在している。


「‥‥‥」


デスクを見つめる―――引き出しの中には不気味な写真が入っている。それを処理しないことには安心することは出来ない。


不安を抱えたまま、ソファに横たわる。

疲れが溜まると嫌な方向へと思考が傾いてしまう。そのような時は無理にでも眠る事が必要だと考える。

そのままラジオの音を聞きながら浅い眠りに身を委ねる事にした。


次に目が醒めた時が、物資搬入の日であれば何も文句は無いのだが、と思いつつ―――

















【―――次の話は数年前にとある灯台で働いていた〇〇さんの体験談です。現在では稼働停止していますが、その場所では奇妙な出来事が続くとされているそうです。〇〇さんの話では、その灯台が建てられる前に精神病患者を対象とした―――】






――――――――――――――――――――






【でした―――続きまして、次のニュースです。来週から開催される、第1回〇〇マラソンを控えたぁッザァーーーーーーーーーー】






「‥‥‥調子が悪いな」


写真の異常に気が付いてから数日が経っていた。

最初は何か起こるのではないかと心配していたが、結局は杞憂で終わる。

強いて言うのであれば、ラジオの調子が一段と悪くなっていた事以外に変わった事は無かった。

ノイズを垂れ流すだけの機械になってしまったラジオを一通り弄るが、改善の兆しは無い。

ここ数日の経験上、暫く放っておくと何事も無かったかのように動いていた。そのため、ラジオにも休憩を与え、代わりに持参していた愛読書を手元に引き寄せる。


「‥‥‥」


アメリカ生まれの元船乗りが書いたものらしい。正直、読者を選ぶ内容ではあるが、描写の細かさや様々なテーマを読み取る事が出来る部分が気に入っていた。

若い頃から何度も読んでいるものであるが、未だに飽きることは無い。何より海で働く男という共通点が、より一層この物語を身近に感じさせてくれるとすら思っている。


「‥‥‥」


波の音を聞きながら静かに読書を始める。

不思議な事に、ここ最近はいつも新鮮な気持ちで本を読む事が出来ていた―――まるで初めて読む本であるかのように。






【ブーーーーーーーーーーー】






呼び出しの音が聞こえる。

本から視線を外し、時計を見る。時刻は物資搬入の時間を示していた。


「もうこんな時間か‥‥‥」


本を置き、ソファから身体を起こす。

担当者に連絡を入れた後、写真を手に階下へと降りる―――それで厄介事とは縁が切れる。

久々にやりがいのある仕事を前に、足取りの軽さすら感じていた。


部屋を出る時には既に仕事終わりの気分であったことは言うまでもない。






――――――――――――――――――――






物資搬入後、飯島はマニュアルに挟まっていた写真を手渡す。担当者は写真から目をそらしている彼を怪訝な目で見ていたが、事情を聞いていたため深く追求しなかった。


「それではこちらの写真ですか‥‥‥表側はともかく、裏側は‥‥‥確かに、あまり気分の良いものではありませんね」


「ええ‥‥‥ですから、この写真をそちらで処理して頂きたい」


「‥‥‥はい。こちらでも調査を行った上で、適切な処置をする予定です。飯島さんの手元には戻る事は無いのでご安心を」


「お願いします」


担当者と短い遣り取りを終え、安堵しながら灯台へと戻る。

今回は物資搬入の他に、写真の受け渡しがあった。そのため監視施設にいる担当者に引き渡した事を報告しなければならない。


詰め所に戻り、早々に担当者へ受け渡しの報告を入れる―――写真の件については片がついた。しかし、話はそこで終わりでは無かった。


「それと、こちらからも飯島さんにお伝えしておきたいことがあります。既にご存知かと思いますが、次の灯台守への引き継ぎ日が決まりました」


引き継ぎの話は聞いていたので驚きはしない。

内容としては契約が満了する1週間程前に次の管理者と顔合わせを行い、そこで引き継ぎを行うとのこと。


特に不満は無い。指示された事をこなすだけ。

一般の会社とは違い、灯台の業務は特に手間が掛かるものではないからだ。


「分かりました。とはいえ、そこまで私から教えることもありませんが‥‥‥」


「前任者と直接話す事で得られるものもありますから。職場の雰囲気や安心感はその筆頭でしょう」


「‥‥‥そうですね」


担当者から詳しい日時を確認し、通話を終える。後は通常業務に戻るだけ。


灯台の管理を行い、定時連絡と記録を残す。

異常があればすぐに報告する。


いつもと変わらない日常が、再び始まる。











「そういえば今日は妙に霧が濃いな‥‥‥船は大丈夫だろうか」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。