第56話 王宮にて
呼ばれたのは二人だった。
ジョンとダリア。
他のメンバーへの連絡はなかった。局長経由で連絡が来た。「明後日、王宮に来い。二人で」とだけ書いてあった。
「二人でって何」とダリアが聞いた。
「国王に呼ばれた」
「……国王に」
「そうだ」
「タイの」
「タイの国王だ」
ダリアは少し間を置いた。「……何を着ればいい」
「何でもいい」
「何でもいいわけないでしょ」
「俺はいつも通りで行く」
「白いBDUで行くの」
「白いBDUで行く」
「……信じられない」
当日の朝、ダリアは三回着替えた。
サラに相談した。サラが選んだ。紺のワンピースだった。シンプルで品があった。「これでいいわ」とサラが言った。「大丈夫よ」
「大丈夫じゃないわよ」とダリアは言った。「国王よ。国王に会うのよ」
「私は前に会ったわ」
「どうだった」
「緊張したわよ。でも終わったら普通だった」
「普通」
「普通よ。人間だもの」
「国王が人間なのは知ってるわよ」
「なら大丈夫」
「大丈夫じゃない」
サラはダリアの肩に手を置いた。「ジョンに任せなさい。あの人、慣れてるから」
「慣れてるってどういうこと、国王と」
「何度か会ってるわ。毎回普通に話してるらしい」
「……どういう神経してるの」
「それがジョンよ」
王宮の入口で、護衛がジョンとダリアを迎えた。
ジョンは白いBDUだった。白いマフラーを巻いていた。ダリアは紺のワンピースだった。
そしてその後ろに、ジェームズ・パークがいた。カメラを持っていた。マイケル・チェンが録音機材を持っていた。サラ・ミラーがメモ帳を持っていた。
護衛が三人を見た。「こちらの方々は」
「広報部だ」とジョンが言った。
護衛は少し固まった。
「撮影の許可は」
「国王から来ている」
護衛は確認を取った。本当に許可が出ていた。護衛は三人を通した。ただし「手が震えていますが」と言った。ジェームズのカメラを持つ手が震えていた。
「緊張しています」とジェームズが言った。
「中でも震えていいですか」
「……どうぞ」
廊下を歩いた。長い廊下だった。
ダリアはジョンの隣を歩きながら小声で言った。「足が震えてる」
「震えてていい」
「恥ずかしいわよ」
「俺の最初の時も震えていた」
「あなたが?」
「最初だけだ。二回目からは慣れた」
「私は二回目があるかどうか分からない」
「ある」
「なんで分かるの」
「国王がお前を気に入っているからだ」
ダリアは止まりかけた。「……え、なんで気に入ってるの」
「ドキュメンタリーを見ているから」
「国王が見てるの」
「見ている」
「……知らなかった」
「知らなくていい。ただ普通に話せばいい」
「普通にって」
「お前がいつもしゃべるように話せ」
「それは絶対よくないわよ」
「よい」
ダリアはジョンを見た。ジョンは前を向いていた。真剣な顔ではなかった。いつもの顔だった。
後ろでジェームズのカメラが回っていた。手がまだ震えていた。映像が少しブレていた。
部屋に通された。
国王陛下がいた。
椅子が四つあった。テーブルに茶が用意されていた。
ジョンは頭を下げた。ダリアも深く頭を下げた。頭を上げた時、足が震えていた。顔に出ないようにしていたが、出ていた。
「来たか」と国王は言った。タイ語だった。ジョンが隣でタイ語で答えた。「はい」
「座れ」
ジョンが座った。ダリアも座った。背筋が伸びすぎていた。
国王がダリアを見た。「ダリア・コワレンコ」
「……はい」と英語で答えた。
「タイ語は話せるか」
「少しだけ、話せます」とタイ語で言った。発音はぎこちなかった。
国王は笑った。「上手い」
「……ありがとうございます」
「緊張しているか」
「……はい」と素直に言った。
「構わない。ジョンも最初は震えていた」
「聞きました」
「誰から」
「ジョンから」
国王はジョンを見た。「自分から言ったのか」
「……言いました」
「珍しいな」
「場合によります」
国王はまた笑った。「お前は相変わらずだ」
侍従が茶を注いだ。国王が自分でダリアの前に置いた。前回ジョンにしたように、自分で。
「飲みなさい」
「……ありがとうございます」
ダリアは両手でカップを持った。少し震えていた。でも飲んだ。温かかった。
しばらく茶を飲んだ。
国王が口を開いた。「一つ聞いていいか」
「はい」とジョンが答えた。
「お前たちの映像を、もう一度流してほしい」
ジョンはカップを置いた。「どういう意味ですか」
「この場面だ。今ここで話している場面を流してほしい」
「……理由を聞いていいですか」
「聞いていい」と国王は言った。「タイ王国の騎士が、ウクライナ人の若い女性と、王宮で茶を飲んでいる。それを世界に見せたい」
「なぜですか」
国王は少し間を置いた。「ジョン、お前はタイ国籍だ。でもタイ人ではなかった。ダリアはウクライナ人だ。どちらもここにいる。それだけで意味がある」
「抑止力のためですか」
「それもある。だがそれだけではない」
「では」
「人を守った人間は、どこの国の人間でも迎える——それを見せたい。言葉ではなく、映像で」
ジョンは黙っていた。
ダリアがジョンを見た。ジョンがダリアを見た。
「広報部がいます」とジョンは言った。「後ろで手を震わせながら撮っています」
国王が振り向いた。
ジェームズのカメラが、確かにブレていた。マイケルの手も震えていた。サラ・ミラーはメモ帳を持ったまま固まっていた。
「撮っていいぞ」と国王は言った。
「……あ、はい」とジェームズが言った。「撮っています。ずっと撮っています。ただ手が」
「震えているな」
「震えています」
「慣れれば震えなくなる」
「慣れる機会があるかどうか——」
「ある」と国王は言った。「また来い」
ジェームズは少し固まった。「……ありがとうございます」
「今日の映像を流してくれ。編集はしなくていい。この会話をそのまま流してくれ」
「手が震えた映像もですか」
「そのままでいい」
「……分かりました」
また茶を飲んだ。
国王がダリアに言った。「ウクライナのことを聞いていいか」
「はい」
「今どうなっているか、お前の目から見て」
ダリアは少し間を置いた。国王が自分に聞いている。タイの国王が。
「……戦争は続いています」と言った。「家族を失った人間がたくさんいます。私もそうです。でも——」
「でも」
「生きている人間も、たくさんいます。今も生きようとしています」
「お前は今、バンコクにいる」
「はい」
「ウクライナに戻るつもりはあるか」
ダリアはジョンを見た。ジョンは前を向いていた。
「……今は、ここにいたいと思っています」
「なぜ」
「守りたいものが、ここにあるので」
国王はジョンを見た。ジョンは気づいていないふりをしていた。気づいていた。
国王は少し笑った。「そうか」
「はい」
「ここにいなさい。必要な時はまた来い」
「……ありがとうございます」
「礼はいい」と国王は言った。「お前はよくやっている。陳偉強の件も見ていた。お前が動いた。ジョンより先に動いた」
「あれは……」
「あれはお前の仕事だ。誇りに思え」
ダリアは少し間を置いた。「……はい」
国王がジョンに言った。「この女性を大切にしろ」
「……はい」
「はいだけか」
「……大切にします」
「そうしろ」
帰り道、廊下をジョンとダリアが並んで歩いた。
後ろでジェームズのカメラが回っていた。手の震えが、少し収まっていた。
ダリアが小声で言った。「緊張した」
「していた」
「顔に出てた?」
「出ていた」
「最悪」
「国王は気にしていなかった」
「……そうだったけど」ダリアは少し間を置いた。「国王、いい人だったわね」
「いい人だ」
「ジョンが慣れている理由が分かった気がする」
「慣れるのに時間がかかった」
「最初は震えてたんでしょ」
「……震えた」
ダリアは笑った。廊下に笑い声が響いた。後ろでカメラが追っていた。
「『大切にします』って言ってたわね」
「……言った」
「国王に言わされてたけど」
「……状況だ」
「本心は」
ジョンは少し間を置いた。
「……状況は関係ない」
ダリアはまた笑った。今度は声に出さずに笑った。顔が少し赤くなっていた。
廊下の先に、王宮の出口が見えていた。
後ろで、ジェームズのカメラがブレなくなっていた。




