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幕間 批判


 メキシコ政府が親衛隊の即日出国命令を発表したのは、病院の映像がYouTubeで三億回を超えた翌日だった。

 広報室長が会見に立った。準備された声明を読み上げた。「外国の武装集団がメキシコ国内で独自の武力行使を行ったことは、主権の侵害に当たる。今後の再発防止のため、当該人員の即時退去を求めた」

 会見が終わった。

 世界が動いた。

 Twitterのトレンドが、一時間以内に塗り替わった。

 「#MexicoExpelled」が世界一位になった。二位が「#WhoProtectedMexico」、三位が「#JohnDoeDeservedBetter」だった。英語圏だけではなかった。スペイン語圏でトレンドの上位五つが全部関連タグで埋まった。「#MexicoTraicionó」——メキシコは裏切った——が特にメキシコ国内で急拡大し、政府の公式アカウントへの返信が止まらなくなった。

 「カルテルのボスが病院で笑いながら銃を向けた翌日に、助けた側を追い出す国がある」という投稿が二千万インプレッションを超えた。

 海外メディアの論調は速かった。

 BBCが「Justice or Politics?」という見出しで特集を組んだ。記事はカルテルとメキシコ政府の長年の癒着疑惑を掘り起こし、今回の決定との関連を問う構成になっていた。

 ワシントン・ポストは「The Wrong People Got Expelled」という社説を出した。病院の映像と出国命令を並べ、判断の順序がおかしいと指摘した。

 フランスのル・モンドはディエゴ・ソリスの最後の言葉——「守る理由が分からない。だが最高に愉しかった」——を引用し、「この言葉を残した男を倒した人間を、メキシコは追い出した」と書いた。

 ドイツのシュピーゲルは「ソブリンティの名の下に何を守ったのか」という問いを立てた。

 各国政府の反応は割れた。

 アメリカ国務省の報道官が定例会見で「懸念を持って注視している」と述べた。具体的な言及は避けたが、記者の追及に「人身売買組織への対応における国際協力の重要性を改めて強調したい」と答えた。

 イスラエル外務省は異例の速さで声明を出した。「ヨナタン・レヴィ氏はイスラエル国民として誇りある行動を取った。いかなる不当な扱いも容認しない」。ヨナタン本人はその声明を見て「余計なことを」と言ったらしいが、それがどこかから漏れてまたSNSで広がった。

 フランス政府はルノーの件には触れなかったが、人身売買対策への国際連携を求める声明を出した。タイミングは明らかだった。

 タイ政府は「王室騎士親衛隊は正式な外交的手続きに基づき活動しており、今後も国際的な人道支援活動を継続する」と発表した。簡潔だった。局長が書いたと思われる文章だった。

 グアダラハラ市内では、市民が自発的に集まっていた。

 病院の前だった。花が置かれていた。メッセージが書かれた紙が貼られていた。スペイン語だった。英語も混じっていた。「Gracias」「You saved us」「Come back」。子供が描いた白いバイクの絵もあった。

 その映像がSNSに流れ、また世界が動いた。

 グアダラハラ市長が個人のSNSアカウントに投稿した。「メキシコ政府の決定は、グアダラハラ市民の意思を代表していない。我々は感謝している」。政府との関係が一時的に険悪になったが、市長は撤回しなかった。

 ゼレンスキー大統領がダリアに連絡を入れたのは、この騒ぎの中だった。

 今度は電話ではなくメッセージだった。「ダリア、世界がお前を見ている。ウクライナのために声を上げてほしい」

 ダリアは少し考えてから返信した。「私はウクライナのためでなく、目の前にいた人のために動きました。それはこれからも変わりません」

 ゼレンスキーからの返信はなかった。

 しばらく後に、ゼレンスキーがインタビューでダリアについて触れた。「彼女のような市民がいることを、ウクライナ人として誇りに思う」と言った。ダリアは「プロパガンダだわ」と言いながら、少しだけ黙った。

 メキシコ政府の広報室は三日間、沈黙した。

 四日目に追加声明を出した。「今回の判断は主権に基づく適法な行政判断であり、撤回する予定はない。ただし、当該人員の活動が一定の人道的成果をもたらしたことは認識している」

 それを見たマルティネスが「一定の成果って何だよ」と言った。サラが「ディエゴが死んで組織が壊滅したことじゃないかしらね」と言った。「それを一定って言うのか」「言ったのよ」「……すごい表現だな」「役人ってそういうものよ」

 ヴィクトルは声明を読んで何も言わなかった。

 ジョンも何も言わなかった。

 局長だけが「外交問題は後で何とかする」と言って書類に戻った。

 批判が最高潮に達したのは二週間後、グアダラハラの一般市民が始めた署名運動がオンラインで百万を超えた時だった。タイトルは「Bring Them Back」——彼らを呼び戻せ——だった。

 メキシコ政府は公式にはコメントしなかった。

 だが内部では揺れていた。ハーパーのところに、メキシコ外務省から非公式の打診が来たのはその翌週のことだった。「先般の件について、改めて協議の機会を設けたい」という内容だった。

 ハーパーは局長に報告した。

 局長は書類から目を離さずに言った。「後で何とかなったな」


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