表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/73

第3話 包囲


 街の噂は、三日で全員の耳に届く。

 いい噂も。悪い噂も。

 そして——都合の悪い噂も。



---


 廃工場。カーリムは部下を集めていた。


 「例の男について、報告しろ」


 「ジョン・ドゥ。宿に滞在中。市場を徘徊。介入三件、制圧五件、搬送二件」


 「武器は」


 「未所持。素手のみ」


 「組織は」


 「不明。ただし住民との接触が増加。宿主、商人、子供」


 「子供?」


 「ファリス。孤児。十一歳。常に同行」


 カーリムは煙を吐いた。


 「……このまま放置すれば、我々の収益は落ちる」


 「すでに落ちています」


 「ならば排除する」


 部下が頷く。


 「夜、宿を出たところを囲む。街の外へ出して処理」


 「了解」


 「街中ではやるな。見せるな。静かに消せ」



---


 同じ頃。政府軍駐屯地。


 「ジョン・ドゥを拘束する」


 ラシードは言った。


 「理由は」


 「身元不明の外国人が武力行使を繰り返している。それで足りる」


 「民間人への危害は確認されていませんが」


 「問題はそこじゃない」


 ラシードは机を指で叩いた。


 「秩序だ。我々の管轄で、得体の知れない男が好きに動いている。それを放置すれば、統治が崩れる」


 副官は黙って頷いた。


 「明朝、市場で拘束する。人目につく形で」


 「抵抗した場合は」


 わずかな間。


 「……排除も許可する」



---


 夜。市場の外れ。


 ジョンは煙草を吸っていた。


 ファリスが隣にいた。


 「ジョン」


 「何だ」


 「今日、変だ」


 ジョンは煙を吐いた。


 人の流れ。視線。音の抜け方。


 全部が、わずかにずれている。


 「分かる」


 「どうする」


 「帰れ」


 ファリスが固まった。


 「え?」


 「今夜は帰れ」


 「ジョンは」


 「俺は残る」


 「残るって——」


 「帰れ。兄のところにいろ」


 短く言い切った。


 ファリスは黙った。


 右目を見た。静かだった。


 「……明日、来る」


 「朝になれば分かる」


 「絶対来る」


 わずかな間。


 「……ああ」


 ファリスは走っていった。



---


 ジョンは白いマフラーを直した。


 来い、と思った。


 路地に入る。


 影が動く。


 前、左右、後ろ。


 八人。


 全員、銃。


 「止まれ」


 ジョンは止まった。


 「出て行ってもらう」


 「断る」


 「八人いる」


 「見れば分かる」


 銃床が腹に叩き込まれた。


 体が折れる。


 だが、倒れない。


 動く。



---


 横に転がる。

 立つ。

 掴む。捻る。落とす。

 盾にする。撃たせる。

 投げる。崩す。


 三秒。


 四人。



---


 銃声。


 左肩に衝撃。


 撃たれた。


 無視した。


 回転。


 蹴り。


 吹き飛ぶ。


 残り三人。



---


 二人同時。


 掴む。叩きつける。潰す。


 残り一人。



---


 銃口。


 ジョンは見た。


 右目だけで。


 「撃てばいい」


 男の指が止まる。


 仲間が全員倒れている。


 目の前の男は、血を流して立っている。


 それでも——死なない目だった。


 「……化け物か」


 「違う」


 「死ぬ気がないだけだ」


 男は逃げた。



---


 静寂。


 八人が地面に転がっていた。


 血が滴る。


 肩。脇腹。


 足が震える。


 「……きつい」


 小さく呟いた。


 白いマフラーに血が付いている。


 スヨンの形見。


 少しだけ、目を細めた。


 「……すまん」


 歩き出した。



---


 角を曲がる。


 「止まれ。手を上げろ」


 政府軍。


 六人。


 ジョンは手を上げた。


 「拘束する」


 「……今は抵抗しない」


 「今は?」


 「体力がない」


 兵士が一瞬黙る。



---


 「待て」


 ラシードが現れた。


 倒れた八人を見る。


 ジョンを見る。


 血まみれの男。


 立っている。


 「……お前がやったのか」


 「そうだ」


 「一人で」


 「一人だ」


 沈黙。


 「なぜ戦った」


 「囲まれた」


 「なぜここにいる」


 「帰る途中だ」


 「なぜこの街にいる」


 少しだけ考える。


 「歩いていたら、着いた」


 ラシードは目を細めた。


 「……何者だ」


 「ジョン・ドゥ」


 「本名か」


 「今の名前だ」


 また沈黙。


 風が通る。


 「……今夜は行け」


 兵士が動揺する。


 「いいんですか」


 「今の状態で拘束しても意味がない」


 ジョンは頷いた。


 「分かった」


 すれ違う。


 「ジョン・ドゥ」


 呼び止められる。


 振り向かない。


 「目立つな」


 少し間。


 「……努力する」



---


 宿。


 アブ・サリムが駆け寄る。


 「手当てを——」


 「いい。寝る」


 「無理だ」


 「明日でいい」


 階段を上がる。


 一段ごとに痛む。


 止まらない。



---


 部屋。


 暗い。


 入る。


 止まる。


 気配。



---


 「電気をつけてもいいか」


 ロシア語。


 低い声。


 落ち着いている。



---


 灯り。


 男が座っていた。


 大きな体。灰色の目。傷だらけの顔。スーツ。


 場違いなほど整っている。



---


 ジョンは見た。


 「……生きてたか」


 男は微笑んだ。


 「お前もな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ