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第34話 蘇る


 救急車が走っていた。夜明けのグアダラハラ、信号を無視した走行だった。サイレンが鳴り続けている。

 ジョンは、ダリアの隣にいた。担架の上にダリアが横たわっていた。酸素マスクがかかり、点滴が刺さっている。目が開かない。サラがダリアの手首を押さえて脈を確認し続けていたが、何も言わなかった。

 ジョンは、ダリアの顔を見ていた。

 後部の砕けた窓から光が差し込んできた。ヘッドライトだった。近い。近づいてくる。「ジョン」とサラが言った。「見えてる」とジョンは返した。

 右から別のSUVが並んできた。二台。挟むつもりだった。右のSUVの窓が開き、銃口が出てくる。「伏せろ!」

 ジョンがダリアの担架に覆いかぶさった瞬間、銃声が来た。後部窓が砕け、ガラスが飛んだ。救急隊員が叫んでいる。ジョンは顔を上げた。右のSUVが並走していた。窓から男が上半身を出して、また銃を構えている。距離は一メートルもない。

 体が動いた。

 後部の砕けた窓枠を掴み、足を踏み台にして体を外に出した。時速百キロの風が体を叩く。救急車の屋根に張り付いた。右のSUVが、すぐ隣にある。

 考えなかった。

 飛んだ。

 SUVの屋根に着地した瞬間、体が滑った。端まで流される。右手が屋根の縁を掴んだ。体が宙ぶらりんになっていた。時速百キロで走る車の横に、ぶら下がっている。足で車体を蹴って体を振り、窓ガラスに向かって右肘を先に出した。ガラスが砕け、体ごと車内に飛び込んだ。

 車内に男が三人いた。全員が振り向く。ジョンは着地と同時に動いていた。一人目の顎に肘を入れる。崩れた。二人目が銃を向けてくる。腕を取って内側に引き込んだ。二人目の首に腕を回して落とした。三人目が壁に逃げた。運転席の男が振り向いてハンドルを離す。

 車が蛇行した。ジョンは運転席に手を伸ばした。間に合わなかった。縁石に乗り上げて、車が横転した。

 空が見えた。地面が見えた。また空が見えた。二回転して、三回転目でジョンは外に放り出された。

 アスファルトを転がって、止まった。

 空を見ていた。夜明けの空だった。右腕が動く。左腕が動かない。足は動く。頭が痛い。立ち上がろうとして、立てなかった。膝をついた。

 エンジン音が聞こえてきた。後ろのSUVだった。止まっていない。ジョンに向かって加速してくる。立てない。左腕が動かない。体が言うことを聞かない。SUVが来る。来る。来る。

 もう駄目だと思った。

 轟音が来た。だがSUVではなかった。横から別の車が来て、SUVの側面に正面からぶつかった。ランドローバーだった。SUVが吹き飛んで横転し、道路の端まで転がって止まった。

 静寂が来た。

 ランドローバーのドアが開いて、男が降りてきた。カメラを持っていた。ジョンはその男を見た。カメラを持った男がもう一人降りてくる。音声機材を持った男も降りてくる。運転席から女が降りてきた。全員、カメラかマイクか、何かを持っていた。カメラのレンズが、ジョンを向いている。

 女がジョンに近づいてきた。英語だった。

 「大丈夫ですか」

 ジョンは女を見た。見覚えがあった。Netflixの制作チームだった。タイにいた頃からずっとカメラを回していた連中だった。

 「……お前たちか」

 「ずっと追いかけていました」と女は言った。「あなたが姿を消してから。二年間です。ようやく追いつきました」

 ジョンは空を見た。橙色が広がっている。「……タイミングが悪い」と言った。「タイミングは最高だと思いますが」と女は答えた。

 遠くに救急車が見えた。止まっていた。サラが外に出てこちらを見ている。ジョンは立ち上がろうとして、立てなかった。カメラマンが肩を貸してくる。「……離せ」「無理です、立てないでしょう」「……カメラを回すな」「回してます」「……回すな」「回してます」。

 「……死んでたまるかボケェ」とジョンは言った。

 「Tシャツになってますよ、それ」とカメラマンが答えた。

 ジョンは何も言わなかった。カメラが回っている。夜明けの空の下、満身創痍の男が肩を借りながら救急車に向かって歩いていた。白いマフラーが、朝の風に揺れていた。


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