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第32話 嵐


 夜だった。

 ジョンは窓の外を見ていた。

 何かが、おかしかった。

 昼間まであった警察の姿が、消えていた。

 署の巡回車も通らなくなっていた。

 路地の角にいた制服の警官も、いなくなっていた。

 「ヴィクトル」

 「気づいていた」

 ヴィクトルは既に立っていた。

 窓から外を見ていた。

 「不自然だ」

 「……来るな」

 「来る。早い」

 ヴィクトルは振り向いた。

 「全員起こせ。今すぐだ」

 五分で、六人が集まった。

 ヴィクトルが言った。

 「警察が遠ざかった。意図的だ。内部に人間がいる」

 「カルテルか」

 マルティネスが言った。

 「そうだ。本気の連中が来る。昨夜とは別格だ」

 「どのくらいで来る」

 ヨナタンが聞いた。

 「分からない。だが、もう動いているはずだ」

 「武器は」

 サラが言った。

 「ジョンがベレッタを持っている。ヨナタンは?」

 「持っている」

 「マルティネス」

 「俺も」

 「ヴィクトルは」

 「持っていない。素手だ」

 ジョンが言った。

 「ダリア」

 「何?」

 「ホテルに宿泊客がいる。従業員もいる」

 「……うん」

 「逃がせるか」

 ダリアは少し間を置いた。

 「やる」

 「一人で出来るか」

 「やる」

 ジョンは、ダリアを見た。

 「……頼む」

 その時、最初の音が来た。

 車両のエンジン音。

 複数。

 近い。

 ヴィクトルが言った。

 「ダリア、今すぐ動け。裏口から逃がせ。絶対に表に出るな」

 「分かった」

 ダリアは廊下に飛び出した。

 ダリアは走った。

 廊下を駆け抜けた。

 隣室のドアを叩いた。

 「起きてください! 危険です! 今すぐ出てください!」

 英語だった。

 スペイン語は分からなかった。

 それでも叫んだ。

 ドアが開いた。

 老夫婦だった。寝ていた。

 目が覚めたばかりの顔で、ダリアを見た。

 「危ない! 裏口から!」

 身振り手振りで示した。

 老夫婦は状況が分からないようだった。

 だがダリアの目を見た。

 その目が、動かした。

 階段を駆け下りた。

 フロントに飛び込んだ。

 若い男性スタッフがいた。

 「裏口はどこ?」

 英語だった。

 スタッフは少し間を置いた。

 「Salida de emergencia——」

 「そこに全員を誘導して! 今すぐ!」

 スタッフの目が変わった。

 外で最初の銃声が響いた。

 ホテルの正面に、車両が止まった。

 三台のトラック。

 荷台から人間が降りてきた。

 十人。十五人。

 全員、AKを持っていた。

 そして、最後のトラックの荷台に。

 ブローニングM2が載っていた。

 12.7mm重機関銃。

 分厚いコンクリートも貫通する。

 「……本気だ」

 ヴィクトルが言った。

 「全員、壁から離れろ。今すぐ」

 その瞬間、銃声が始まった。

 壁が、割れた。

 12.7mmが、ホテルの外壁を貫いた。

 石と砂が飛んだ。

 窓ガラスが全て砕けた。

 天井の一部が崩れた。

 「伏せろ!」

 全員が床に飛び込んだ。

 AKの連射も始まった。

 廊下に弾が飛んでくる。

 壁が穴だらけになっていく。

 ヴィクトルが状況を見た。

 「M2の射手が最優先だ。あれを止めないと壁が保たない」

 「どうやって近づく」

 「右の路地から回る。M2は正面にしか向けられていない」

 「俺が行く」

 ジョンが言った。

 「一人では無理だ」

 「サラと行く」

 「了解」

 サラが言った。

 「マルティネスとヨナタンは正面を抑えろ。俺が後ろから動く」

 ヴィクトルが言った。

 「了解」

 「ヴィクトルは」

 「俺は入口を抑える」

 ジョンとサラが動いた。

 廊下を走った。

 弾が壁を叩いた。

 構わなかった。

 非常口から外に出た。

 路地は暗かった。

 M2の発砲音が、地を揺らしていた。

 右に回った。

 トラックの後ろに回り込んだ。

 射手が見えた。

 M2のグリップを握っていた。

 前方しか見ていなかった。

 ジョンはベレッタを構えた。

 一発。

 射手が崩れた。

 M2が止まった。

 その瞬間、別のAK使いが振り向いた。

 サラが動いた。

 シラットの流れだった。

 相手の銃を持つ腕を外側から取った。

 流れで体を回した。

 壁に叩きつけた。

 崩れた。

 もう一人が来た。

 ジョンが入った。

 踏み込んで肘。

 崩れた男の首に腕を回した。

 落とした。

 ホテルの入口。

 ヴィクトルが立っていた。

 AKを持った男が入ろうとした。

 ヴィクトルは男の腕を掴んだ。

 引き込んだ。

 二人目に叩きつけた。

 三人目が来た。

 一人を掴んで、三人目に投げた。

 二人がもつれて転倒した。

 また来た。

 また来た。

 ヴィクトルは止まらなかった。

 圧で押した。

 体格で制した。

 元スペツナズの三十年が、ここで全部出ていた。

 だが、多かった。

 一人の銃床が、ヴィクトルの顔を打った。

 血が出た。

 ヴィクトルは倒れなかった。

 その男の首を掴んで壁に叩きつけた。

 崩れた。

 二階の廊下。

 マルティネスとヨナタンが正面を抑えていた。

 AKの連射が来た。

 マルティネスが壁に張り付いた。

 弾が耳元をかすめた。

 「くそっ」

 隙を見て飛び出した。

 近づいてきた男の腕を取った。

 体ごと回転させて、後ろの二人に叩きつけた。

 三人が転倒した。

 ヨナタンが正確に一発ずつ撃った。

 腕。足。膝。

 死なせなかった。

 でも、止めた。

 ダリアは、裏口で動いていた。

 十二人の宿泊客と、四人の従業員を誘導していた。

 老夫婦。子供連れの家族。一人旅の若者。

 言葉が通じない人間がほとんどだった。

 それでも、ダリアは動いた。

 手を引いた。

 背中を押した。

 泣いている子供の手を握った。

 「大丈夫。こっちよ。来て」

 英語だった。

 通じなかった。

 でも、声の色が通じた。

 一人ずつ、裏口から出した。

 路地の奥に向かって、走らせた。

 「止まらないで! 走って!」

 最後に、一人残っていた。

 六歳くらいの女の子だった。

 一人だった。

 親とはぐれていた。

 泣いていた。

 動けなかった。

 ダリアは、その子の前にしゃがんだ。

 銃声が近かった。

 壁が揺れていた。

 「大丈夫よ」

 スペイン語ではなかった。

 ウクライナ語だった。

 それでも言った。

 女の子の目を見た。

 怖がっていた。

 ダリアも怖かった。

 「一緒に行こう」

 手を取った。

 立ち上がらせた。

 走った。

 二人で、裏口から飛び出した。

 路地を走った。

 銃声が遠くなった。

 戦闘は、三十分続いた。

 終わった時、ホテルは半壊していた。

 六人は廊下に集まった。

 全員、ズタボロだった。

 ジョンは右腕に銃傷があった。

 かすりではなかった。

 血が止まっていなかった。

 サラは額が裂けていた。

 ガラスの破片が刺さっていた。

 マルティネスは肋骨が折れていた。

 呼吸するたびに、顔が歪んだ。

 ヨナタンは左肩を撃たれていた。

 右手でベレッタを持ち続けていた。

 ヴィクトルは顔が血まみれだった。

 口の中が切れていた。

 それでも立っていた。

 「ダリアは」

 ジョンが言った。

 その時、裏口からダリアが入ってきた。

 息が切れていた。

 膝が擦り傷だらけだった。

 髪が乱れていた。

 全員を見た。

 「……全員いる」

 ダリアは言った。

 声が、少し震えていた。

 「宿泊客と従業員は?」

 サラが聞いた。

 「全員、逃がした。子供が一人、親とはぐれてたけど——一緒に逃げた」

 サラは頷いた。

 「よくやったわ」

 ダリアは、ジョンの腕を見た。

 「ジョン、腕が——」

 「後で」

 「後でじゃない。今」

 「……後で」

 「今よ」

 ジョンは何も言わなかった。

 ダリアは、ヴィクトルを見た。

 「ヴィクトル、救急箱はどこ?」

 「フロントにあるはずだ」

 「取ってくる」

 ダリアが動き出した。

 ヴィクトルが言った。

 「ダリア」

 ダリアが振り向いた。

 「……よくやった」

 ダリアは少し間を置いた。

 「あなたたちこそ」

 走っていった。

 スマートフォンが鳴った。

 マルティネスだった。

 画面を見た。

 顔が変わった。

 「ジョン」

 「何だ」

 「ロドリゲスから、着信が——いや、違う。ロドリゲスの部下からだ」

 マルティネスが出た。

 スペイン語だった。

 短いやり取りだった。

 電話が切れた。

 「……ロドリゲスが殺された」

 廊下が、静かになった。

 「モラレスも。自宅で。両方同時だ」

 「……」

 「情報が漏れた。俺たちがここを動く前に、もう動いていたらしい」

 誰も何も言わなかった。

 ジョンは、壁に背中をもたれた。

 天井を見た。

 ロドリゲスの顔が浮かんだ。

 深いため息をついた男が。

 二十三年間、負け続けた男が。

 それでも覚悟を決めた男が。

 「……」

 ヴィクトルが言った。

 「これが、カルテルだ」

 静かな声だった。

 「敵を倒す前に、動きを封じる。支えを消す。一番大事な人間を、最初に殺す」

 「……知っていたのか」

 ジョンが聞いた。

 「可能性は考えていた」

 「……止めなかった」

 「止められなかった。あの二人は、自分で決めた。止める権利は俺にない」

 ジョンは、壁から体を起こした。

 ダリアが救急箱を持って戻ってきた。

 全員の顔を見た。

 状況を察した。

 何も聞かなかった。

 ジョンの隣に座った。

 腕の手当てを始めた。

 黙って。丁寧に。

 ジョンは、ダリアの手を見ていた。

 「……ロドリゲスが殺された」

 ダリアは手を止めなかった。

 「……知ってる」

 「聞こえていたか」

 「聞こえてた」

 ダリアは、手当てを続けた。

 「……悔しいわ」

 それだけ言った。

 ジョンは、ダリアを見た。

 「……俺も」

 二人は、しばらく黙っていた。

 ホテルの半壊した廊下に、静けさが戻っていた。

 遠くで、サイレンが聞こえ始めた。

 本物の警察が、今頃になって来るのだった。


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