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第29話 何者かも知らずに


 夜中の二時だった。

 六人はホテルの二室に分かれていた。

 ジョン、ヴィクトル、マルティネス、ヨナタンが一室。

 サラ、ダリアが隣室。

 ジョンは眠れなかった。

 天井を見ていた。

 ロドリゲスの言葉が、頭の中にあった。

 「カルテルは組織だ。一人仕留めれば、家族ごと報復される」

 その言葉が、白いマフラーと重なっていた。

 結婚式の日に戻っていた。

 あの時も、守れると思っていた。

 守れなかった。

 ジョンは目を閉じた。

 その時、廊下で音がした。

 小さな音だった。

 普通の人間には聞こえないかもしれない。

 ジョンは起き上がった。

 「ヴィクトル」

 ヴィクトルはすでに目を開けていた。

 「聞こえた」

 ロシア語だった。

 ヴィクトルは体を起こした。

 窓を見た。

 廊下を見た。

 状況を、瞬時に読んだ。

 「マルティネス」

 マルティネスが起きた。

 声は出さなかった。

 「廊下に複数いる。隣の部屋に回り込もうとしている」

 ヴィクトルが言った。英語だった。声を抑えていた。

 「サラたちに伝えられるか」

 「ドア越しに叩く。三回。それで分かる」

 マルティネスがドアに向かった。

 ヴィクトルはジョンを見た。

 「ドアが開いた瞬間、最初の一人は俺が取る。お前は右から回れ」

 「……了解だ」

 「銃を持っている人間が最優先だ」

 「……分かってる」

 マルティネスが壁を三回叩いた。

 隣室で、小さな動きがあった。

 廊下で、声がした。

 スペイン語だった。

 短い声だった。

 ドアが蹴破られた。

 四人が入ってきた。

 全員武装していた。

 だが、ヴィクトルはドアの脇に立っていた。

 最初の一人の腕を掴んだ。

 引き込んだ。

 壁に叩きつけた。

 そのまま二人目に向けて投げた。

 二人がもつれて倒れた。

 ジョンは右から動いていた。

 三人目が銃を構えようとしていた。

 踏み込んだ。

 銃を持つ手の内側に体を入れた。

 流れで肘を顎に入れた。

 崩れた。

 四人目がマルティネスに向かった。

 マルティネスは体を低くした。

 相手の勢いを利用した。

 腰で受けて、投げた。

 壁に激突した。

 四人が、ものの十秒で床に転がっていた。

 隣室からも音がした。

 廊下で別の動きがあった。

 ヴィクトルがドアから顔を出して状況を確認した。

 「廊下にまだ二人いる。隣室側に向かっている」

 ヨナタンが立ち上がった。

 「俺が行く」

 廊下に出た。

 音がした。

 短かった。

 静かになった。

 サラの声が聞こえた。

 「終わったわよ」

 ジョンはドアを開けた。

 廊下に出た。

 ヨナタンが廊下に立っていた。

 サラが隣室のドアから出てきた。

 二人の男が床にいた。

 ダリアがいた。

 部屋の入口に立っていた。

 動かなかった。

 顔が青かった。

 震えていた。

 だが、逃げなかった。

 ジョンと目が合った。

 「……大丈夫か」

 「……大丈夫よ」

 声が、少し震えていた。

 「怖かっただろう」

 「怖かった」

 「逃げてよかった」

 「逃げたくなかった」

 ジョンは、ダリアを見た。

 「……なぜだ」

 ダリアは少し間を置いた。

 「あなたが心配だったから」

 ジョンは何も言わなかった。

 ヴィクトルが廊下に出てきた。

 六人が倒れている男を確認した。

 全員、生きていた。

 「六人か」

 マルティネスが言った。

 「六人だ」

 ヴィクトルが答えた。

 「向こうも六人だったな」

 「偶然だ」

 ヨナタンが言った。

 「来る前に調べなかったのか、こいつら」

 マルティネスが倒れた男の一人を見た。

 「調べてない。来る前に顔も知らない相手に報復しに来た」

 「……無謀だな」

 「カルテルはそういうものだ。面子がある。やられたらやり返す。考える前に動く」

 サラが言った。

 「それが判断ミスだったわね」

 廊下に、静寂が戻った。

 ヴィクトルは、倒れた男たちを見渡した。

 「警察に連絡しろ。ロドリゲスに直接だ」

 マルティネスがスマートフォンを出した。

 「番号は?」

 「名刺をもらっていた」

 サラが言った。

 「持ってくる」

 サラが部屋に戻った。

 廊下に、ジョンとダリアが残った。

 ダリアはまだ少し震えていた。

 ジョンは、ダリアの隣に立った。

 「……怖かっただろう」

 「怖かった。でも——」

 ダリアはジョンを見た。

 「あなたが動いてるのが見えた」

 「……」

 「窓から廊下が少し見えた。あなたが動いてるのを見て——」

 「……」

 「止まれないんだって、また思った」

 ジョンは、前を向いたまま言った。

 「……お前も、止まらなかった」

 ダリアは少し間を置いた。

 「うつったかもしれない」

 ジョンは何も言わなかった。

 白いマフラーが、廊下の風に揺れた。

 ロドリゲスが来たのは、二十分後だった。

 私服だった。夜中に叩き起こされた顔だった。

 廊下を見た。

 六人の男を見た。

 六人の外国人を見た。

 深いため息をついた。

 マルティネスに言った。

 スペイン語だった。

 マルティネスが訳した。

 「……カルテルが何者かも調べずに来るとは、と言っている」

 「それから?」

 ジョンが聞いた。

 マルティネスがまた訳した。

 「……お前たちは本当に何者だ、とも言っている」

 ジョンは、ロドリゲスを見た。

 ロドリゲスも、ジョンを見た。

 「……ジョン・ドゥだ」

 ロドリゲスは少し間を置いた。

 それから、かすかに笑った。

 「……そうですね」

 ロドリゲスは部下に指示を出し始めた。

 手際がよかった。

 ヴィクトルは、少し離れたところでそれを見ていた。

 マルティネスが隣に来た。

 「ヴィクトル」

 「何だ」

 「今夜、ありがとうな」

 「礼は要らない」

 「でも、言いたかった」

 ヴィクトルは廊下を見た。

 「……俺は突撃隊の人間じゃない」

 「知ってる」

 「お前たちとは、やり方が違う」

 「知ってる。でも今夜は助かった」

 ヴィクトルは少し間を置いた。

 「……ジョンの仲間は、どいつもやるな」

 「そうだろ。自慢の仲間だ」

 ヴィクトルはそれ以上言わなかった。

 だが、悪くない表情をしていた。

 夜が明け始めていた。

 グアダラハラの空が、少しずつ白くなっていた。

 ジョンは窓から空を見た。

 「……また朝が来た」

 日本語だった。

 ダリアが隣に来た。

 「何て言ったの?」

 「……また朝が来た、と言った」

 「そうね。また朝が来た」

 二人は、グアダラハラの夜明けを見た。

 橙色の光が、街を染め始めていた。


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