第27話 追跡
路地は暗かった。
ジョンは歩きながら、声の方向を探った。
左だった。
細い路地の奥だった。
進んだ。
路地を曲がった。
子供がいた。
男の子だった。七歳か、八歳か。
泣いていた。
地面に座り込んでいた。
ジョンはしゃがんだ。
「何があった」
英語だった。通じなかった。
スペイン語が分からない。
翻訳アプリも店に置いてきた。
だが、子供の目が語っていた。
路地の奥を指差していた。
震えながら。
泣きながら。
ジョンは路地の奥を見た。
黒いバンが見えた。
走り出そうとしていた。
その荷台の扉が、閉まるところだった。
一瞬だった。
女の手が見えた。
バンの外に伸びていた。
次の瞬間、扉が閉まった。
ジョンは立ち上がっていた。
走った。
バンが路地を出た。
大通りに入った。
ジョンは追った。
大通りだった。バイクが多い。
バイクが一台、路地の入口に停まっていた。
鍵がついていた。
ジョンはまたがった。
エンジンをかけた。
手が覚えていた。
アクセルを開けた。
バンを追った。
大通りを走った。バイクの群れを縫った。
クラクションが鳴った。怒鳴り声が聞こえた。
構わなかった。
バンが見えた。
三台先にいた。
縮めた。
信号が赤になった。
バンは止まらなかった。
ジョンも止まらなかった。
クラクションが鳴り響いた。
車が急ブレーキを踏んだ。
ジョンはその隙間を抜けた。
バンが右に曲がった。
ジョンも曲がった。
細い道に入った。
バイクが有利になった。
縮めた。縮めた。
バンの後ろに張り付いた。
バンが急ブレーキを踏んだ。
ジョンはバイクを横に倒した。
滑った。アスファルトで膝が裂けた。
立ち上がった。
バンの後部扉が開いた。
男が二人出てきた。
一人がナイフを持っていた。
もう一人が鉄パイプを持っていた。
ジョンは止まらなかった。
ナイフの男に踏み込んだ。
内側に入った。ナイフの軌道の外側から腕を取った。
流れで捻った。シラットの動きだった。
肘が顔面に入った。崩れた。
鉄パイプが来た。
横に動いた。かすった。肩が痺れた。
構わなかった。
踏み込んで膝を腹に入れた。ムエタイの膝蹴りだった。
前のめりに崩れた。
首に腕を回した。落とした。
二人が地面にいた。
バンの運転席のドアが開いた。
大柄な男が降りてきた。
拳銃を持っていた。
「止まれ」
スペイン語だった。
意味は分からなかった。
でも、銃口を向けられた意味は分かった。
ジョンは止まった。
男は、ジョンを見た。
眼帯。青い服。白いマフラー。
膝から血が出ていた。
肩が痺れていた。
それでも立っていた。
男がゆっくり近づいてきた。
「お前、何者だ」
スペイン語だった。
分からなかった。
ジョンは答えなかった。
男の足元を見た。
距離を測った。
三メートル。
男がもう一歩踏み込んだ。
ジョンは動いた。
右に体を傾けた。
銃声が鳴った。
弾丸が左耳をかすめた。
踏み込んだ。
体を回した。
右足が上がった。
一回転。
二回転目に入った。
足が男の顎に入った。
男が吹き飛んだ。
拳銃が落ちた。
男は動かなかった。
ジョンは荒い息をついた。
肩が痺れていた。
膝が痛かった。
耳の横が熱かった。
構わなかった。
バンの後部扉に向かった。
扉を引いた。
暗かった。
女が一人、座り込んでいた。
二十代だった。
手を縛られていた。
口にテープが貼ってあった。
目が大きく見開かれていた。
ジョンは手を差し伸べた。
「大丈夫だ」
英語だった。
女は動かなかった。
怖がっていた。
ジョンはテープをそっと外した。
縄を解いた。
「大丈夫だ」
もう一度言った。
女が、泣き始めた。
路地の入口から、足音が聞こえた。
振り向いた。
子供だった。
さっきの男の子だった。
ジョンの後を追ってきていた。
女を見た瞬間、叫んだ。
「エルナ!!」
バンに飛び込んできた。
女に抱きついた。
女も抱きしめた。
二人が泣いていた。
ジョンは少し離れて立っていた。
スペイン語が飛び交っていた。
意味は分からなかった。
でも、声の色は分かった。
「姉ちゃん」という声の色だった。
スマートフォンが鳴った。
サラからだった。
「今どこ?」
「……路地だ」
「どの路地?」
「……分からない」
「分からないって何よ」
「……追いかけた」
「何を」
「……バンだ」
「バンって——ジョン、また何かやったの?」
「……女が攫われていた」
「救出したの?」
「……した」
「怪我は」
「……膝と、耳の横が少し」
「少しって何発撃たれたの」
「……一発だ。かすっただけだ」
「かすっただけって言うのやめなさいよ」
「……大丈夫だ」
「大丈夫かどうかはこっちが判断するわ。周りに見える建物の名前は?」
ジョンは周囲を見た。
「……FARMACIA、と書いてある」
「薬局ね。他は?」
「……PANADERIA」
「パン屋。ちょっと待って」
サラが地図を調べているらしかった。
「……サラ」
「何?」
「子供が一人いる。姉が攫われた。今は取り戻した」
「……その子、どうするの」
「……警察に連れていく必要があるが」
「スペイン語が話せないでしょ」
「……マルティネスに来てもらえるか」
「タコス食べてるわよ、今」
「……呼んでくれ」
「分かったわ。場所が特定できたら全員で行く」
通話が切れた。
ジョンは、子供の隣にしゃがんだ。
子供は、まだ姉にしがみついていた。
ジョンを見た。
怖そうだった。でも、少しだけ違う目だった。
ジョンは右手を差し出した。
子供は少し間を置いた。
それから、小さな手を出した。
握手した。
「……ジョン」
自分の名前を言った。
子供は少し考えた。
「……パブロ」
スペイン語だった。
でも、名前だということは分かった。
「……パブロか」
子供は頷いた。
遠くから、マルティネスの声が聞こえてきた。
「ジョン! どこだ!」
ジョンは立ち上がった。
「……こっちだ」




