第26話 白いマフラーに映える服
グアダラハラ。
退院は三日後だった。
病院を出た時、ダリアが言った。
「服を買いに行きましょ」
「……なぜ」
「その格好、暑苦しいわよ」
ジョンは自分を見た。
黒いMA-1。白いマフラー。
「……これでいい」
「よくないわよ。メキシコよ? 暑いのよ?」
「……慣れている」
「慣れてるって、汗かいてるじゃない」
「……問題ない」
「問題あるわよ。白いマフラーは外せないのよね?」
「……外さない」
「じゃあ、マフラーに映える服を選べばいい」
ジョンは少し間を置いた。
「……マフラーに映える服」
「そう。白に合う服。涼しくて、かっこよくて、マフラーが映える服」
「……そんなものがあるか」
「あるわよ。探せば」
サラが割り込んだ。
「私も行くわ」
「サラも来るのか」
「当然でしょ。男二人に任せたら変な服になるわよ」
マルティネスが言った。
「俺は?」
「あなたはタコスでも食べてなさい」
「……タコスか。いいな」
結局、ダリアとサラとジョンの三人になった。
市場に近い通りだった。
色とりどりの服が並んでいた。
ダリアは目を輝かせた。
「ねえ、これどう?」
「……白いマフラーに合わせるんだろ」
「そうよ。だから聞いてるの」
ダリアは棚から服を引っ張り出した。
明るい青だった。
「これ、白に映えると思わない?」
「……映えるかもしれない」
「じゃあ試着して」
「……必要か」
「必要よ。試着しないと分からないでしょ」
サラが別の棚から服を持ってきた。
「これもいいんじゃないかしら」
グレーだった。シンプルだった。
「白いマフラーに対して主張しすぎないわ。品があるわよ」
「こっちも試着して」
ダリアが言った。
「……二着か」
「三着あった方がいいわ。比べたいから」
「……三着」
ダリアがもう一枚持ってきた。
紺だった。
「これも。白いマフラーと紺って、合うのよ」
ジョンは三着を持って試着室に入った。
外でダリアとサラが待っていた。
「ダリア、あなた楽しそうね」
サラが言った。
「楽しいわよ。こういうの久しぶりだから」
「メキシコで服を選ぶのが?」
「男の人の服を選ぶのが。父と兄がいた時は、よくやってたから」
サラは少し黙った。
「……そう」
「うん。だから、楽しい」
ダリアは試着室のカーテンを見た。
「ジョン、どれが一番しっくりきた?」
「……全部微妙だ」
「全部試着したの?」
「……した」
「全部出てきなさいよ」
カーテンが開いた。
青い服を着ていた。白いマフラーを巻いていた。
ダリアが固まった。
「……似合うわね」
「……そうか」
「思ったより全然似合う」
サラが頷いた。
「似合ってるわよ。マフラーが映えてる」
「……そうか」
「それにしなさい」
「……決定か」
「決定よ」
ジョンは、鏡を見た。
「……」
「どう?」
ダリアが聞いた。
「……悪くない」
「悪くないじゃなくて、いいって言いなさいよ」
「……いい」
「よかった」
サラが言った。
「MA-1はどうするの?」
「……持っていく」
「着ないの?」
「……涼しくなったら着る」
「メキシコで涼しくなることある?」
「……夜は涼しくなる」
「夜だけか」
「……夜があれば十分だ」
ダリアがサラに小声で言った。
「白いマフラーは外さないのよね、あの人」
「外さないわよ。ずっとそうよ」
「スヨンさんのもらったから?」
「……たぶんね」
ダリアは、ジョンの白いマフラーを見た。
少し色が褪せていた。
傷がついていた。
血の染みが、まだ残っていた。
「……きれいにしてあげたい」
「洗ってあげれば?」
「断られそう」
「断られるわよ。きっと」
「……だよね」
会計を済ませた。
店を出た。
ダリアとサラは隣の店を見始めた。
「あっちも見ましょ」
「そっちは何の店だ」
「雑貨よ。見るだけ」
「……見るだけ、というのは信用できない」
「失礼ね」
二人が隣の店に入っていった。
ジョンは店の外に残った。
通りに立った。
グアダラハラの午後だった。
人が流れていた。
バイクが通った。
屋台から食べ物の匂いがした。
子供が走っていた。
ジョンは、街を見渡した。
何も考えていなかった。
ただ、見ていた。
耳を澄ませた。
クラクション。
音楽。
笑い声。
スペイン語が飛び交う。
普通の街だった。
普通の午後だった。
ジョンは、白いマフラーを直した。
久しぶりに、何もない時間だった。
戦闘もない。
銃声もない。
追われてもいない。
普通だった。
悪くなかった。
その時。
聞こえた。
路地の奥から。
スペイン語だった。
意味は分からなかった。
でも、声の色は分かった。
子供の声だった。
泣いていた。
怖がっていた。
「……」
ジョンは、路地を見た。
暗かった。
細かった。
声は、また聞こえた。
ジョンは店のドアを開けた。
「ダリア」
ダリアが振り向いた。
ジョンの顔を見た。
一秒で分かった。
「……また?」
「サラ頼む」
サラが言った。
「行ってらっしゃい」
ジョンは路地に向かって歩き始めた。
青い服に、白いマフラー。
新しい服だった。
でも、歩き方はいつもと同じだった。
止まれない男の、また始まりだった。




