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第25話 機内にて


 飛行時間、三時間が経った頃だった。

 機内は静かだった。

 マルティネスは眠っていた。

 ヨナタンは本を読んでいた。

 ヴィクトルは目を閉じていた。

 サラは機内誌を見ていた。

 ダリアはジョンに何かを話していた。

 ジョンは聞いていた。

 「ねえ、メキシコって何語?」

 「……スペイン語だ」

 「話せる?」

 「……話せない」

 「また話せないの?」

 「……行ったことがない場所は話せない」

 「タイ語はタイに三年いたから話せるようになったのよね」

 「……そうだ」

 「じゃあメキシコに三年いれば」

 「……その前に次の国に行く」

 「計画性がないわね」

 「……計画しない旅だ」

 「それはそうだけど」

 その時だった。

 前方から叫び声が聞こえた。

 ベルトサインが点滅した。

 機内アナウンスが流れた。

 英語だった。

 「……席を立たないでください」

 ジョンは立ち上がっていた。

 前方を見た。

 四人の男が通路に立っていた。

 全員、武器を持っていた。

 ナイフが二本。

 拳銃が一本。

 もう一人が爆発物のスイッチらしきものを持っていた。

 乗客が悲鳴を上げた。

 ヴィクトルが、ジョンの隣に来た。

 「……四人だ」

 「見えてる」

 「爆発物は本物か」

 「……分からない。賭けられない」

 「同意する」

 「マルティネス」

 ジョンが言った。

 マルティネスは既に目を覚ましていた。

 「見えてる。後ろに二人いるぞ」

 ジョンは後ろを見た。

 後方に、さらに二人いた。

 合計六人だった。

 「サラ」

 「爆発物のスイッチを持ってる男を最初に押さえる必要があるわ。それが最優先」

 「同意だ」

 「どうやって近づく?」

 ヴィクトルが言った。

 「俺が前に行く。注意を引く。お前は左から回れ」

 「……了解だ」

 「ダリア」

 ジョンが言った。

 「何?」

 「動くな。床に伏せていろ」

 「でも——」

 「動くな」

 「……分かった」

 ヴィクトルが前に歩き出した。

 男たちが気づいた。

 「座れ!」

 スペイン語だった。

 ヴィクトルはロシア語で答えた。

 「言葉が分からない」

 男が銃を向けた。

 その瞬間、ジョンが左から動いた。

 スイッチを持った男に飛びかかった。

 両腕を掴んだ。スイッチを奪った。

 壁に叩きつけた。

 銃声が響いた。

 ジョンの右肩に入った。

 「っ……」

 止まらなかった。

 ナイフを持った男が来た。

 左腕で受けた。切れた。

 肘で顔面を打った。崩れた。

 ヴィクトルが前方の男二人に突っ込んだ。

 一人を掴んで、もう一人に叩きつけた。

 二人まとめて倒れた。

 後方の二人が動いた。

 マルティネスとヨナタンが同時に動いた。

 マルティネスが一人の腕を捻り上げた。

 ヨナタンがもう一人の首に腕を回した。

 残り一人。

 ナイフを持ったまま、通路に立っていた。

 ジョンの方を向いていた。

 右肩を撃たれていた。左腕が切れていた。

 ジョンは動いた。

 男がナイフを振った。

 腹に入った。

 「……」

 ジョンは男の腕を掴んだ。

 ナイフを落とした。

 膝を折った。

 前方から声が聞こえた。

 「待って!」

 ダリアの声だった。

 振り向いた。

 ダリアが通路に立っていた。

 「動くなと言ったぞ」

 ジョンが言った。

 ダリアは前方を見ていた。

 もう一人いた。

 五列目の座席の陰に隠れていた。

 ナイフを持っていた。

 ジョンに向かって走り出していた。

 ダリアは、踏み込んだ。

 右足を上げた。

 体を回転させた。

 足が男の頭に入った。

 男が吹き飛んだ。

 静寂。

 ダリアは着地した。

 全員が、ダリアを見た。

 「……今のは何だ」

 ヴィクトルが言った。

 「540度回転蹴り」

 ダリアが答えた。

 「どこで覚えた」

 「ドキュメンタリーで見た」

 「ドキュメンタリーで?」

 「ジョンがやってたから。百回以上見たら体が覚えた」

 サラが立ち上がった。

 ダリアを見た。

 「……ダリア」

 「何?」

 「一つだけ言っていい?」

 「何?」

 サラはダリアの全身を見た。

 「スカートでそれはやめなさい」

 ダリアは自分のスカートを見た。

 「……あ」

 周りの乗客が目を背けていた。

 「……気づかなかった」

 「気づきなさいよ」

 「咄嗟に動いたから」

 「咄嗟でもスカートのことは考えなさい」

 「……次から気をつける」

 「次があったら困るわよ」

 マルティネスが笑いを堪えていた。

 ヨナタンは無表情だった。

 ヴィクトルは天井を見ていた。

 ジョンは壁にもたれた。

 右肩と腹から血が出ていた。

 「……ダリア」

 「何?」

 「動くなと言った」

 「あのままだとあなたが刺されてたわよ」

 「……刺されても止まれる」

 「刺されたら痛いでしょ」

 「……痛い」

 「痛いなら刺されない方がいいでしょ」

 「……そうだが」

 「だから私が動いた。論理的でしょ」

 ジョンは何も言わなかった。

 「……ありがとう」

 ダリアは少し間を置いた。

 「……どういたしまして」

 少し照れていた。

 飛行機は緊急着陸した。

 メキシコ・グアダラハラ空港だった。

 着陸と同時に、救急車と警察車両が待っていた。

 ジョンが最初に担架で運ばれた。

 ヴィクトルも担架だった。

 「……またか」

 ジョンが言った。

 「何が」

 担架を運ぶ救急隊員が聞いた。

 スペイン語だった。

 通じなかった。

 警察が全員のパスポートを確認した。

 マルティネスが担当の警察官と話していた。

 スペイン語だった。

 マルティネスは流暢だった。

 「……マルティネス、スペイン語話せるんじゃないか」

 ヨナタンが言った。

 「話せる。メキシコ系だからな」

 「最初から言え」

 「言う機会がなかった」

 マルティネスが警察官と何かを話した。

 長いやり取りだった。

 それから戻ってきた。

 「どうなった」

 サラが聞いた。

 「ハイジャック犯を制圧した英雄として処理してもらえることになった」

 「英雄?」

 「ああ。ただし、事情聴取がある。全員」

 「……また逮捕か」

 「逮捕じゃない。事情聴取だ。違う」

 「ジョンはどうする」

 サラが言った。

 「病院に行って、事情聴取は後でいいそうだ」

 担架の上でジョンが言った。

 「……マルティネス」

 「何だ」

 「スペイン語が話せるなら、最初から言え」

 「言っただろ。機会が——」

 「ベトナムでも使えた」

 「……ベトナムはベトナム語だ。スペイン語じゃない」

 「……そうか」

 「そうだ」

 「……」

 「どうした」

 「……ベトナム語も覚えろ」

 「無理だ」

 救急隊員が担架を運び始めた。

 ダリアが隣を走った。

 「ジョン」

 「何だ」

 「また撃たれた」

 「……また撃たれた」

 「今度は何発?」

 「……一発だ」

 「一発だけ?」

 「……刺されたのは別カウントか」

 「別カウントよ」

 「……じゃあ一発と一箇所だ」

 「18発より少ない」

 「……そうだな」

 「よかった」

 ジョンは空を見た。

 青い空だった。

 「……ダリア」

 「何?」

 「お前の540度回転蹴り、どこで練習した」

 「机の横でやってたわ。宿で」

 「……宿で」

 「誰もいない時に。恥ずかしいから」

 「……そうか」

 少し間を置いた。

 「……よくできていた」

 ダリアは止まりかけた。

 「……今、褒めた?」

 「……事実を言った」

 「褒めたわよね?」

 「……事実だ」

 ダリアは少し笑った。

 「ありがとう」

 病院の入口で、ジョンは空を見た。

 グアダラハラの空だった。

 「……入国すらできなくなってきた」

 日本語だった。

 誰にでもなく。

 ダリアが聞いた。

 「何て言ったの?」

 「……嘆いた」

 「何を?」

 「……入国できていない」

 「できてないわね、確かに」

 「……ベトナムは追い出された。ここは空港から出ていない」

 「……次はちゃんと入国しましょ」

 「……できるといいな」

 救急隊員が担架を押した。

 ジョンは病院の天井を見た。

 白い天井だった。

 「……また白い天井だ」

 ダリアがついてきた。

 「慣れてるの?」

 「……慣れたくはない」

 「でも慣れてるでしょ」

 「……否定できない」

 ダリアはジョンの手を握った。

 「次はちゃんとメキシコ観光しましょ」

 「……できるかな」

 「できるわよ。タコスも食べましょ」

 「……タコスか」

 「食べたことある?」

 「……ない」

 「じゃあ食べましょ。絶対においしいから」

 「……ダリア」

 「何?」

 「お前は、どこでもポジティブだな」

 「生きてるだけでポジティブになれるわよ」

 ジョンは少し間を置いた。

 「……そうかもしれない」


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