第24話 次の空へ
警察の車が二台、空港まで来た。
「見送りか」
マルティネスが言った。
「違う」
ヴィクトルが答えた。
「じゃあ何だ」
「ちゃんと出国するか監視している」
「……つまり追い出しか」
「そうだ」
サラが言った。
「当然じゃないの。銃撃戦して逮捕されて釈放されたのよ」
「でも俺たちは正しいことをした」
「正しくても、ベトナムでやっちゃダメなのよ。手続き的に」
「……手続きって面倒だな」
「世の中そういうもんよ」
ジョンは車の窓から空港を見ていた。
点滴は病院で外してもらった。
腕に白いテープが貼ってある。
ダリアがジョンの腕のテープを見た。
「跡が残るかしら」
「……残るかもしれない」
「残ったらどうする?」
「……どうもしない」
「傷跡だらけね、あなた」
「……昔からだ」
「全部、誰かを守った傷?」
ジョンは少し間を置いた。
「……そうだとは限らない」
「でも、ほとんどそうでしょ」
「……」
「かっこいいじゃない」
「……かっこよくない」
「かっこいいわよ」
マルティネスが後ろから割り込んだ。
「そうだぞ、ジョン。かっこいい」
「……うるさい」
「ダリアが言うんだから間違いない」
「……余計なことを言うな」
「事実を言っている」
ヨナタンが言った。
「行き先が決まっているのか」
全員がマルティネスを見た。
マルティネスは少し間を置いた。
それから、満面の笑みを作った。
「メキシコだ」
「……なんで」
ジョンが言った。
「テキーラの産地だ」
「それだけか」
「それだけで十分だ」
「……」
「いや、待て。食い物もうまい。タコスがある。エンチラーダがある。グアカモーレがある」
「食い物とテキーラか」
「最高じゃないか」
ダリアが言った。
「メキシコって、危なくないの?」
「危ない」
マルティネスが即答した。
「危ないのに行くの?」
「俺たちが危なくない場所に行ったことあるか?」
ダリアは少し考えた。
「……確かに」
全員が笑った。
出国ゲートで、警察官が立っていた。
全員のパスポートを確認した。
搭乗券を確認した。
ジョンが通る時、警察官が何か言った。
通訳はもういなかった。
英語だった。
「……次にベトナムに来る時は、普通の旅行者として来てくれ」
ジョンは少し間を置いた。
「……努力する」
警察官は、かすかに笑った。
「頑張れ」
ゲートを通った。
マルティネスが言った。
「『頑張れ』って言われたぞ」
「……聞こえてた」
「なんか、応援されてる感じがしたな」
「……複雑だな」
「そうだな。でも悪い気はしない」
機内。
六人が席に着いた。
ダリアは窓側を取った。
「窓側がいいの。景色が見たい」
隣にジョンが座った。
当然のように。
「あら、隣に座るの?」
「……他が空いてない」
「空いてるわよ」
「……空いてない」
「空いてるけど、まあいいわ」
通路側にマルティネスが座った。
「俺、間に挟まれた」
「文句があるなら席を変わりなさい」
サラが前の席から言った。
「文句はない。ただ言っただけだ」
離陸が始まった。
ダリアは窓の外を見ていた。
ホーチミンの街が小さくなっていく。
「ベトナム、また来るかな」
「……さあ」
「来たいわよ。ちゃんと旅行として」
「……次は普通に来ればいい」
「次は銃撃戦しない?」
「……しない予定だ」
「予定、ね」
「……予定だ」
「予定は未定ってやつね」
「……そういう意味じゃない」
ダリアは笑った。
「冗談よ。あなた、冗談が通じないわね」
「……通じる」
「通じてないわよ」
「……通じてる」
「通じてたら笑うでしょ」
「……笑わなくても通じてる」
ダリアはジョンを見た。
「ねえ」
「何だ」
「笑って」
「……なぜ」
「笑った顔が見たい」
「……」
「一回でいいから」
「……後で」
「後でじゃなくて今」
「……飛行機の中で笑う必要はない」
「あるわよ」
「……ない」
マルティネスが通路から顔を出した。
「ジョン、笑えよ」
「……お前は黙れ」
「笑えよ」
「……黙れ」
前の席から声が聞こえた。
「笑ってみなさいよ」
サラだった。
「……サラまで」
さらに前の席から声が聞こえた。
「笑えばいいだろ」
ヨナタンだった。
さらに前の席から。
「笑え」
ヴィクトルだった。ロシア語だった。
ジョンは、全員を見た。
五人が、ジョンを見ていた。
「……うるさい」
日本語だった。
「何て言ったの?」
ダリアが聞いた。
「……うるさい、だ」
「どういう意味?」
「……うるさい、という意味だ」
「そのまんまじゃない」
ダリアはジョンをまっすぐ見た。
「ジョン」
「何だ」
「口の端が上がってるわよ」
ジョンは前を向いた。
「……上がってない」
「上がってる」
「……上がってない」
「上がってるわよ」
マルティネスが叫んだ。
「笑ってる! ジョンが笑ってる!」
「笑ってない」
「笑ってるだろ! 口の端が!」
「……上がってない」
機内が少し騒がしくなった。
周りの乗客が何事かと見た。
サラが前の席から言った。
「マルティネス、静かにしなさい」
「でも笑ってた!」
「知ってるわよ。静かにしなさい」
「……了解」
ダリアは、ジョンの横顔を見た。
口の端が、まだわずかに上がっていた。
「ね」
「……何だ」
「笑ってたでしょ」
「……上がってなかった」
「上がってたわよ」
「……」
ダリアはまた笑った。
「いいわ。また見せてね」
「……見せない」
「見せてくれるわよ、絶対」
「……なぜそう思う」
「だって、あなたがそういう人だから」
ジョンは窓の外を見た。
雲が広がっていた。
青い空だった。
「……そうかもしれない」
小さく、日本語で呟いた。
ダリアには意味が分からなかった。
でも、声の色は分かった。
悪くない声だった。
飛行機は、西へ向かって飛んでいた。
六人を乗せて。
まだ見ぬ街へ向かって。
目的なく。
でも、確かな方向へ。




