第23話 全員逮捕
病室のドアが開いたのは、翌朝だった。
制服を着た男が二人入ってきた。
ベトナム警察だった。
後ろに私服の男が一人。通訳らしかった。
「昨日の倉庫での銃撃事件について、事情を聞きたい」
英語だった。
ジョンはベッドの上で上体を起こした。
点滴の管が引っ張られた。
「……話す」
「全員に来てもらう必要がある」
「……全員?」
「はい。六名全員だ」
廊下で声がした。
「ちょっと待ってくれよ、俺たち何もしてないぞ!」
マルティネスの声だった。
「人身売買組織を潰したんだぞ! 感謝しろよ!」
警察官がジョンを見た。
「立てるか」
「……立てる」
「来てもらう」
ジョンはベッドから降りた。
足元がふらついた。
警察官が点滴のスタンドを見た。
「それは外せるか」
看護師が飛んできた。
ベトナム語で何か言った。早口だった。
通訳が訳した。
「外せない。外したら患者が危険だ」
「……」
「スタンドごと連れていくしかない」
警察官は少し考えた。
「……分かった」
ジョンは点滴のスタンドを引きながら、廊下に出た。
五人が廊下に立っていた。
マルティネスが警察官と翻訳アプリで言い合っていた。
ヨナタンは無表情で立っていた。
ヴィクトルは腕を組んでいた。
サラは状況を観察していた。
ダリアはジョンを見た。
「点滴のまま連れていかれるの?」
「……そうらしい」
「なんで外さないの」
「……外せないらしい」
「おかしくない?」
「……おかしい」
マルティネスが振り向いた。
「ジョン! 聞いたか! 逮捕だぞ!」
「……聞こえてる」
「なんで俺たちが逮捕されるんだ! 悪いのは向こうだろ!」
「……ベトナムで銃撃戦をしたからだ」
「でも人身売買組織だぞ!」
「……ベトナム警察に許可を取っていない」
「許可って……取れるわけないだろ! 急だったんだぞ!」
ヴィクトルが言った。
「マルティネス、黙れ。余計に面倒になる」
「でも!」
「黙れ」
「……」
全員が警察の車に乗せられた。
ジョンは点滴のスタンドを持ったまま乗り込んだ。
マルティネスが小声で言った。
「点滴のまま逮捕された人間、世界初じゃないか」
「……かもしれない」
「記録だな」
「……記録したくなかった」
警察署。
六人が別々の取調室に入れられた。
ジョンの部屋に、さっきの通訳が入ってきた。
「改めて聞く。昨日の倉庫での出来事を説明してくれ」
ジョンは話した。
ダリアが攫われた。探した。倉庫を見つけた。中に入った。救出した。
銃撃があった。応戦した。
「なぜ警察に連絡しなかったのか」
「……時間がなかった」
「それでも、外国人が勝手に武装集団と交戦することは認められない」
「……人が攫われていた」
「それでも手続きがある」
「……手続きをしている間に何が起きるか」
「……」
「分かるだろう」
通訳は少し間を置いた。
「あなたたちのパスポートを確認した。六人全員、タイ国籍だ」
「そうだ」
「タイ国籍の人間が六人、ベトナムで銃撃戦を起こした」
「……起こしたくはなかった」
「結果として起こした」
「……そうだ」
「身元を保証できる人間はいるか」
ジョンは少し考えた。
「……一人だけ」
「誰だ」
「タイ王室犯罪対策局の局長だ」
通訳は少し間を置いた。
「……タイ王室」
「そうだ」
「……上に報告する」
出ていった。
待った。
一時間。
二時間。
隣の部屋からマルティネスの声が聞こえた。
何かを叫んでいた。
壁が厚くて聞こえなかった。
ドアが開いた。
さっきの通訳が戻ってきた。
顔が少し変わっていた。
「タイ王室府から連絡があった」
「……そうか」
「それと——」
通訳は少し間を置いた。
「タイ王室犯罪対策局の局長から、直接連絡があった」
「……局長から」
「あなた方の身元を保証するとのことだ。それと」
「それと?」
「『また瀧本か』と言っていた」
ジョンは天井を見た。
「……そうか」
バンコク。王室犯罪対策局。
ウィチャイ局長は、電話を持っていた。
ハーパーが入ってきた。
「局長、ベトナムから連絡が——」
「知っている」
「……ご存じでしたか」
「瀧本がベトナムにいると聞いた時から、来ると思っていた」
「……」
「どうせ何かやらかすと思っていた」
「……銃撃戦だそうです」
「だろうな」
局長は電話を操作した。
「ベトナムの公安省に知り合いがいる。話をつける」
「よろしいんですか」
「よくないが、仕方がない」
「……瀧本が悪いのでは」
「悪い。だが、人身売買組織を潰した」
「……」
「結果は出ている。手続きが間違っていても、結果は本物だ」
局長は電話をかけた。
「……私だ。久しぶりだな。頼みがある」
しばらくして、電話を切った。
ハーパーを見た。
「釈放される。ただし条件がある」
「何ですか」
「ベトナムで二度と銃撃戦をするな」
「……それだけですか」
「それだけだ」
「妥当ですね」
「妥当だ。瀧本に伝えろ。ベトナムは終わりだ。さっさと次の国へ行け」
「次の国というのは——」
「俺が知るか」
局長は椅子にもたれた。
「……まったく」
呟いた。
「あの男は相変わらず感染させすぎだ」
警察署。
六人が廊下に集められた。
ベトナムの警察官が何かを言った。
通訳が訳した。
「今回の件は、特別な配慮により釈放する。ただし条件がある」
「……何だ」
「ベトナムで二度と銃撃戦を起こすな」
マルティネスが言った。
「起こすつもりはなかったんだが」
「……黙れ」
ヴィクトルが言った。
「でも」
「黙れ」
「ありがとう」
ジョンが言った。
警察官は頷いた。
それから、ジョンを見た。
点滴のスタンドをまだ持っていた。
何か言った。
通訳が訳した。
「……点滴のまま取調を受けた外国人は、初めて見たと言っている」
マルティネスが言った。
「だろ。世界初だと思うぞ」
警察官は何か言った。
通訳が訳した。
「……次はちゃんと病院にいろ、と」
ジョンは頷いた。
「……努力する」
外に出た。
ホーチミンの熱気が戻ってきた。
マルティネスが空を見上げた。
「自由だ」
「一日しか拘束されてないわよ」
サラが言った。
「長かった」
「長くないわよ」
ダリアがジョンを見た。
「局長に連絡したの?」
「……そうだ」
「局長って誰?」
「……タイの上司だ」
「怒られた?」
「……『また瀧本か』と言ったらしい」
「また、って何」
「……前にも似たようなことがあった」
「何回あったの」
「……数えていない」
「数えなさいよ」
ジョンは点滴のスタンドを見た。
「……病院に戻らないといけない」
「そうね。点滴まだついてるわよ」
「……分かってる」
「早く戻りましょ。あなた、まだ傷ついてるんだから」
ダリアがジョンの腕を取った。
ジョンは少し間を置いた。
「……離せ」
「駄目よ」
「……自分で歩ける」
「倒れたら困るから駄目」
「……倒れない」
「倒れてから言っても遅いの」
ヴィクトルがマルティネスに小声で言った。
「止めなくていいのか」
「無理だ」
「そうか」
「元スペツナズでも無理なんだから、俺には絶対無理だ」
ヨナタンが言った。
「放っておけ」
「なんで」
「ジョンが嫌がっていない」
マルティネスはジョンを見た。
ジョンは、ダリアに腕を取られたまま、点滴のスタンドを引いて歩いていた。
文句を言っていた。
でも、離れなかった。
「……確かに」
マルティネスは笑った。
「行こうぜ、みんな」
六人は、ホーチミンの街を歩き始めた。
点滴のスタンドを引きながら。




