第22話 目が覚めたら
暗かった。
痛みもなかった。音もなかった。
ただ、暗かった。
光が見えた。
スヨンがいた。
腕を組んでいた。
眉が上がっていた。
目が細くなっていた。
怒っていた。
「また来たの」
「……また来た」
「何発?」
「……数えてない」
「数えなさいよ」
「……撃たれながら数えられない」
「前は18発だったでしょ」
「そうだ」
「今度は何発」
「……多かった」
「多かったって何よ。何発」
「……だから分からない」
スヨンはため息をついた。
「あなた本当に懲りないわね」
「……体が動いた」
「知ってる。毎回それ」
「毎回そうだから」
「……」
「今回は誰を守ったの」
「……女だ」
「どんな女」
「……金髪だ。長身だ。うるさい。しつこい。強引だ。全然引かない」
スヨンは少し黙った。
「……それ、私のこと言ってる?」
「お前とは全然違う」
「どう違うの」
「……もっとうるさい」
「私よりうるさいの!?」
「そうだ」
「……それは大変ね」
「大変だ」
スヨンは少し笑った。
「名前は?」
「……ダリアだ」
「ウクライナ人?」
「そうだ」
「ドキュメンタリー見たの?」
「……何百回も見たらしい」
スヨンは少し黙った。
それから言った。
「起きなさい」
「……もう少し」
「駄目よ。その子が待ってる」
「……」
「起きなさい、瀧本勝幸」
「ジョン・ドゥだ」
スヨンはため息をついた。
「はいはい。起きて、ジョン・ドゥ」
「スヨン」
「何」
「……お前は」
「うるさい。余計なこと言わなくていい。さっさと起きる」
「……」
「起きる」
光が白くなった。
天井が見えた。
白い天井だった。
病院だった。
体が重かった。
胸に圧迫感があった。腕に管が刺さっていた。
右目だけを動かした。
ベッドの脇に椅子があった。
ダリアがいた。
椅子に座って、ジョンの手を握っていた。
眠っていた。
顔に乾いた涙の跡があった。
ジョンは、ダリアを見た。
無事だった。
その瞬間。
18発撃たれた時のことが、頭に蘇った。
病室。
目が覚めたら、スヨンがいた。
手を握ったまま椅子で眠っていた。
目が覚めたら即座に「結婚で」と言った。
ジョンはダリアを見た。
椅子に座っている。
手を握っている。
……同じだ。
来る。
絶対に来る。
これは来る。
ジョンは静かに目を閉じようとした。
その瞬間。
ダリアの目が開いた。
ジョンと目が合った。
「起きてた」
「……今起きた」
「嘘。さっきから目が開いてた」
「……気のせいだ」
「気のせいじゃないわよ。ずっと見てたもの」
ジョンは何も言わなかった。
ダリアは、ジョンの手を握ったまま立ち上がった。
顔を覗き込んできた。
「ジョン」
「何だ」
「生きてる?」
「……生きてる」
「本当に?」
「本当だ」
「心肺停止だったのよ」
「……知ってる」
「知ってるって何よ。死にかけたのよ」
「……死んでたまるかと思った」
「思っただけじゃ駄目でしょ」
「……生きてる」
「生きてる、じゃなくて!」
ダリアは、ジョンの手を両手で握った。
「ジョン」
「何だ」
「私のこと、守ってくれたわよね」
「……そうだ」
「何発撃たれたと思ってるの」
「……数えてない」
「数えなさいよ!」
「……撃たれながら数えられない」
「そういう問題じゃないわよ!」
ダリアの目が、また潤んでいた。
「あなたのせいで、私、どれだけ泣いたと思ってるの」
「……すまない」
「すまないじゃ済まないわよ」
「……じゃあ何で済む」
ダリアは、ジョンをまっすぐ見た。
一秒。
「責任取って」
来た。
「……責任」
「そう。責任」
「……何の責任だ」
「私を守って死にかけた責任」
「……それは俺が勝手にしたことだ」
「勝手にしたから責任取るんでしょ」
「……その論理はおかしい」
「おかしくない。あなたが私を守った。私があなたを心配した。あなたが死にかけた。私が泣いた。責任取って」
「……何をしろというんだ」
ダリアはジョンから目を離さなかった。
「一緒にいて」
「……それだけか」
「それだけじゃないけど、まず一緒にいて」
「……」
「一緒にいて、うるさくしても怒らないで」
「……」
「しつこくしても無視しないで」
「……」
「私はスヨンじゃないから、スヨンみたいにはできない。私は私のやり方でやる」
「……」
「それだけでいいの。今は」
ジョンは、ダリアを見た。
「……今は、と言ったな」
「言ったわよ」
「今以外は」
「それは追々」
「……追々とは何だ」
「追々よ。ゆっくり考える。でも今はとりあえず一緒にいて」
ジョンは天井を見た。
「……スヨンより話が早い」
「どういう意味よ」
「……いい意味だ」
「どういういい意味よ」
「……」
「ちゃんと説明して」
「……後で」
「後でじゃなくて今説明して」
「……」
ドアが開いた。
マルティネスが飛び込んできた。
「起きた!?」
「起きてる」
「よかった! 俺、泣いたぞ!」
ヨナタンが後ろから入ってきた。
「泣いてない」
「泣いた! 見てたじゃないか!」
「見ていない」
「ヴィクトルに聞いてみろ!」
ヴィクトルが入ってきた。
「ヴィクトル、俺が泣いてたの見たよな!」
ヴィクトルはジョンを見た。
それだけだった。
「……馬鹿野郎」
ロシア語だった。
ジョンは少し間を置いた。
「……ありがとう」
サラが最後に入ってきた。
ジョンを見た。ダリアを見た。
「目が覚めたのね」
「……ああ」
「よかったわ」
マルティネスがダリアを見た。
「で、何の話してたんだ」
ダリアが即答した。
「責任の話」
全員が固まった。
「……責任?」
「そう。ジョンに責任取ってもらう話」
マルティネスがヨナタンを見た。
ヨナタンが、かすかに笑った。
「ジョン、お前どうするんだ」
マルティネスが聞いた。
「……考え中だ」
「早く考えろよ」
「……うるさい」
ダリアがジョンを見た。
「うるさいって言った」
「……独り言だ」
「私に言ったでしょ」
「……独り言だ」
「絶対私に言ったわよ」
「……」
ヨナタンが言った。
「昔の俺みたいだな」
全員がヨナタンを見た。
「何が」
「ジョンが。笑わない。言い訳ばかりする。でも逃げられない」
サラが言った。
「今も笑わないでしょ、あなた」
「……少しは笑う」
「少しはね」
マルティネスがジョンを見た。
「ジョン、お前さ」
「何だ」
「18発撃たれて子供を守った男が、金髪のウクライナ人に完全に詰められてる」
「……詰められてない」
「詰められてるよ」
「……」
ダリアが言った。
「詰めてるわよ」
全員が笑った。
ヴィクトルも、今度は声を出して笑った。
ジョンは天井を見た。
「……死んでたまるかボケェ」
誰にでもなく。
自分に言い聞かせるように。
ダリアが言った。
「Tシャツになってる名台詞、今使う?」
「……うるさい」
「あなた、本当に面白いわね」
「面白くない」
「面白いわよ」
病室が、また少し賑やかになった。
ジョンの手を、ダリアが握ったままだった。
窓から、ホーチミンの空が見えた。
青かった。




