第21話 盾
最初の銃声は、突然だった。
倉庫の外。
ジョンがダリアを支えて歩いていた。
サラが救出した三人の女性に話しかけていた。
ヴィクトルがジョンの腕の手当てをしていた。
マルティネスとヨナタンが周囲を見ていた。
銃声。
マルティネスの足元の地面が弾けた。
「伏せろ!」
ヴィクトルが叫んだ。
全員が動いた。
だが、遅かった。
四方から来た。
倉庫の屋根。路地の角。向かいの建物の窓。バンの陰。
十人以上。全員武装していた。
「囲まれた!」
マルティネスが叫んだ。
ヴィクトルは一瞬で状況を見た。
三百六十度。全方位。遮蔽物が少ない。
最悪の地形だった。
「サラ、女たちを連れて倉庫に戻れ! ヨナタン、右の建物を押さえろ! マルティネス、バンの後ろだ!」
全員が動いた。
ジョンは、ダリアを見た。
ダリアは薬でまだふらついていた。立っているのがやっとだった。自分では動けない。
ジョンはダリアを抱きしめた。
背中を外に向けて。
ダリアを自分の体で包んで。
「離して」
ダリアが言った。
「離さない」
「危ない、ジョン——」
「離さない」
弾丸が来た。
背中に入った。
「っ……」
ジョンは動かなかった。
ダリアを離さなかった。
また来た。
肩に入った。
「ジョン! ジョン、離して! 私のせいで——」
「離さない」
声が、静かだった。
怒っていなかった。
ただ、決まっていた。
また来た。
脇腹に入った。
ジョンの腕に力が入った。
ダリアをもっと強く抱えた。
ダリアが泣き始めた。
「やめて、ジョン、やめて——お願い——」
「……大丈夫だ」
「大丈夫じゃない! 撃たれてる!」
「……大丈夫だ」
また来た。
また背中に入った。
ジョンは膝をついた。
それでも、ダリアを離さなかった。
ダリアを地面に引き寄せた。
自分の体をダリアの上に被せた。
ヴィクトルが動いた。
元スペツナズ・アルファ。
三十年の経験が、体を動かしていた。
「マルティネス、右から二人来る。今だ」
「了解!」
銃声。
二人が倒れた。
「ヨナタン、建物の二階。窓から出てくる」
「見えてる」
乾いた銃声。一発。
静かになった。
「サラ、バンの後ろに回れ。三人いる。左から崩せ」
「分かったわ」
サラが動いた。
CIDの動きだった。感情を切り離して、正確に。
二人倒れた。
三人目が逃げた。ヴィクトルが追った。
路地の角で捕まえた。壁に叩きつけた。落とした。
「屋根はどうだ」
ヴィクトルが叫んだ。
「二人。今押さえてる」
マルティネスの声だった。
「片付けろ」
「了解!」
銃声が続いた。
それから、静かになった。
「クリア!」
マルティネスが叫んだ。
「クリア」
ヨナタンが続いた。
「こっちもクリアよ」
サラが言った。
ヴィクトルは走った。
ジョンの元へ。
ジョンは、地面に倒れていた。
ダリアを抱えたまま。
ダリアの上に覆いかぶさるように。
「ジョン」
ヴィクトルはジョンの肩を掴んだ。
仰向けにした。
ダリアが泣いていた。
声にならない声で泣いていた。
ジョンの胸が、動いていなかった。
「……」
ヴィクトルは首筋に指を当てた。
脈がなかった。
「心肺停止だ!」
ヴィクトルは胸に手を当てた。
圧迫を始めた。
「ーー誰でもいい、来い!」
サラが来た。
「私がやるわ。CIDで習った」
「頼む」
サラがヴィクトルと交代した。
胸骨圧迫。正確なリズムで。
「救急車! 誰か救急車を呼んで!」
マルティネスが叫んだ。
翻訳アプリを開いた。番号を調べた。電話した。
ダリアはジョンの顔を両手で持っていた。
泣きながら、叫んでいた。
「ジョン、死んだらダメ! 死んでたまるかって言ったでしょ! 自分で言ったでしょ!!」
サラは圧迫を続けた。
止めなかった。
「ジョン! ジョン!!」
ダリアの声が、路地に響いた。
三十秒。
一分。
サラが言った。
「交代して」
ヨナタンが来た。
サラと交代した。
「ジョン、聞こえてる?」
ダリアが言った。
「聞こえてなくていいから、起きて。お願い。起きて」
ヴィクトルはジョンの顔を見ていた。
蒼白だった。
傷だらけだった。
血が、アスファルトに広がっていた。
「……この男は」
ヴィクトルは呟いた。
「……死ぬ気がないはずだ」
二分が経った。
ヨナタンが圧迫を続けていた。
その時。
ジョンの体が、動いた。
咳をした。
一度。
また一度。
胸が上下した。
「……」
目が、細く開いた。
右目だけが。
ダリアが顔を覗き込んだ。
「ジョン……!」
ジョンは、ダリアを見た。
焦点が合っていなかった。
でも、見ていた。
「……」
口が動いた。
声が出なかった。
でも、口の形は——
読めた。
「死んでたまるか」
ダリアが泣き崩れた。
ヴィクトルは、その口の形を見ていた。
目を閉じた。
「……馬鹿野郎」
ロシア語だった。
声が、少し震えていた。
サラは立ち上がった。
空を見た。
泣かなかった。
ただ、唇を噛んでいた。
遠くで、サイレンが聞こえてきた。




