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第20話 バイク


 サラが動いた。

 CIDで鍛えた捜査の目が、路地を見ていた。感情ではなく、頭で動く。これがサラのやり方だった。

 「まず情報を集めるわよ」

 サラは全員に言った。

 「白いバン。窓が黒い。ナンバーは?」

 おばさんにアプリで聞いた。

 「見えなかった」

 「方向は」

 おばさんが路地の奥を指差した。東の方だった。

 「この辺りで似たような事件が起きたことはある?」

 おばさんは頷いた。

 「何度かある。外国人の女の子が消える」

 「どこへ連れていかれるか分かる?」

 「分からない。でも——港の近くに倉庫がある。怪しいって噂で聞いた」

 サラはヨナタンを見た。

 「地図で港の倉庫を調べてくれる?」

 「了解」

 サラはジョンを見た。

 ジョンの顔が、いつもと違った。静かすぎた。目が、深いところを見ていた。

 「ジョン、聞いてる?」

 「聞いてる」

 「港の倉庫を確認してから動くわ。急ぐけど、確認なしには動けない」

 「……急いでくれ」

 「急ぐわ。サラに任せて」

 ヴィクトルがジョンの隣に来た。ロシア語で言った。

 「落ち着け」

 「落ち着いてる」

 「落ち着いていない。俺には分かる」

 「……サラを信じてる」

 十五分後。

 ヨナタンが地図を出した。

 「港の近くに倉庫が三箇所ある。うち一つは廃墟。二つは稼働中」

 「稼働中の二つのうち、どっちだと思う?」

 サラが聞いた。

 「一つは公式の物流倉庫。もう一つは登録が古い。会社名が存在しない」

 「そっちね」

 「距離は」

 「ここから四キロ」

 マルティネスが言った。

 「バイクって、俺たち持ってないぞ」

 その時、ジョンが動いた。

 路地の角に、バイクが停まっていた。鍵がついたままだった。

 ジョンはバイクにまたがった。

 「……おい」

 マルティネスが言った。

 ジョンはエンジンをかけた。

 手が、覚えていた。

 グリップの重さ。エンジンの振動。

 十五年間、神奈川の道を走り続けた手が。

 戦場を何度も駆け抜けたBMWのハンドルを握った手が。

 「ジョン」

 サラが言った。

 「場所を送るわ。先に行って。私たちはタクシーで追いかける」

 「……分かった」

 「ダリアを見つけたら——」

 「分かってる」

 「ジョン」

 「何だ」

 「一人で無茶しないでよ」

 ジョンは少し間を置いた。

 「……無茶しない」

 サラは、その目を見た。

 していつも通りの嘘だと分かった。

 でも、止めなかった。

 ジョンは前を向いた。

 アクセルを開けた。

 路地を抜けた。大通りに出た。

 クラクションが鳴った。バイクの群れに混ざった。

 そのまま開けた。もっと開けた。

 走りながら、何かが戻ってきた。

 いや——戻るのではない。

 何かに向かって走っている感覚。

 スヨンを守れなかった。

 あの日は間に合わなかった。

 今日は——ダリアのために走っている。

 それだけで十分だった。

 アクセルを全開にした。

 港の倉庫。

 ジョンはバイクの速度を落とさなかった。

 倉庫の入口が見えた。

 鉄の扉だった。

 白いバンが外に停まっていた。

 ジョンはそのまま突っ込んだ。

 扉が吹き飛んだ。

 バイクが倉庫の中に滑り込んだ。

 中にいた男たちが振り向いた。

 四人。武装していた。

 ジョンはバイクから飛び降りた。

 着地と同時に一人目に飛びかかった。

 銃を持った手を取った。外側に捻る。骨が鳴った。銃が落ちた。

 肘が顎に入った。崩れた。

 二人目が来た。体当たりだった。

 受けた。吹き飛んだ。壁に叩きつけられた。

 背中が痛かった。立った。

 三人目がナイフを出した。

 切り上げてきた。左腕が裂けた。血が出た。構わなかった。

 踏み込んで肘打ち。もう一発。崩れた。

 四人目が逃げようとした。

 後ろから首に腕を回した。落とした。

 四人が床に転がった。

 ジョンは荒い息をついた。

 左腕から血が流れていた。

 肋骨が痛かった。壁に叩きつけられた背中が燃えていた。

 構わなかった。

 倉庫の奥に走った。

 部屋が一つあった。扉に錠がかかっていた。

 蹴破った。

 暗い部屋だった。

 人が数人、床に座っていた。

 ダリアがいた。

 壁に背中をつけて座っていた。

 頬に傷があった。腕に青痣があった。

 目が半開きだった。薬を打たれていた。

 「ダリア」

 ダリアが顔を上げた。目の焦点が合っていなかった。

 「……ジョン?」

 「俺だ」

 「……来たの」

 「来た」

 「……遅い」

 ジョンはダリアの前にしゃがんだ。

 「遅かった。すまない」

 ダリアは少し笑った。

 「……来てくれたのね」

 「来た」

 「……騎士様ね」

 「そんなものじゃない」

 「……騎士様よ」

 ジョンはダリアの腕を肩に回した。立たせた。

 「歩けるか」

 「……少し」

 「少しでいい」

 タクシーの音が外から聞こえた。

 サラたちが来た。

 外に出た。

 サラが走ってきた。ダリアを見た。

 「……状態は?」

 「薬を打たれている。他は打撲程度だ」

 「病院に行かないといけないわね」

 マルティネスとヨナタンが倉庫の裏から出てきた。

 「部屋に他にも女の子が三人いた。一緒に連れてきた」

 若い女が三人、震えながら出てきた。

 サラが近づいた。翻訳アプリを出した。

 「大丈夫よ。安全だわ」

 一人が泣き始めた。

 ヴィクトルがジョンの腕を見た。

 「……切られたか」

 「浅い」

 「浅くない。巻け」

 ヴィクトルはポケットから布を出した。

 ジョンの腕に巻いた。

 ジョンはダリアを見た。

 ダリアは、ジョンの腕を見ていた。

 血が布に滲んでいた。

 「……怪我した」

 「大丈夫だ」

 「大丈夫じゃないでしょ」

 「大丈夫だ」

 「……バカ」

 ジョンは答えなかった。

 「ジョン」

 「何だ」

 「バイクで扉ぶち抜いたでしょ」

 「……そうだ」

 「見えてたの。窓から」

 「……そうか」

 「かっこよかった」

 「……」

 「本当に騎士様ね」

 ジョンは前を向いた。

 何も言わなかった。

 でも、白いマフラーの奥で——

 わずかに、表情が変わった。

 サラがそれを見た。

 何も言わなかった。

 ただ、小さく笑った。

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