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第19話 消えた


 ホーチミンの街は、バイクで溢れていた。

 クラクションが絶え間なく鳴る。屋台から香辛料の匂いが漂う。どこからか音楽が流れている。

 六人は歩いていた。目的なく。

 ダリアは、最初から目立っていた。

 金髪。長身。白い肌。

 視線が集まった。

 地元の若い男が声をかけてきた。英語だった。

 「ハロー、ビューティフル。どこから来た?」

 「ウクライナ」

 「一緒に写真を撮っていいか」

 「駄目」

 男はもう一度声をかけた。

 「お茶だけでも」

 「駄目」

 ジョンが間に入ろうとした。

 ダリアは既に男を無視して歩き出していた。

 「大丈夫か」

 「慣れてる」

 ダリアは前を向いたまま言った。

 「ウクライナでも同じだったから」

 子供が二人、ダリアの金髪を触ろうと追いかけてきた。

 ダリアは振り向いてしゃがんだ。

 子供たちが笑った。ダリアも笑った。

 「子供には優しいのね」

 サラが言った。

 「子供は正直だから」

 「大人は?」

 「……面倒くさい」

 マルティネスが言った。

 「ダリア、お前、目立ちすぎだぞ」

 「分かってる」

 「そこの屋台のおじさん、ずっと見てるぞ」

 「見てるだけなら平気」

 「こっちの兄ちゃんも見てる」

 「平気よ」

 「……逞しいな」

 一時間ほど歩いた。

 「喉が渇いた」

 ダリアが言った。

 「あそこで買ってくる」

 路地の角の屋台を指差した。

 二十メートルほど先だった。

 「一人で行くな」

 ジョンが言った。

 「すぐそこよ」

 「一緒に行く」

 「目を離してる間に消えるわけないでしょ」

 「……」

 「すぐ戻る」

 ダリアは屋台に向かって歩いていった。

 ジョンはその背中を見ていた。

 マルティネスが言った。

 「なあ、ヴィクトル。このあと飯はどうする」

 ヴィクトルが答えた。

 「……地図を見ると近くに市場がある」

 「市場か。いいな」

 「ベトナム料理は何が有名だ」

 「フォーだろ。あとバインミー」

 「バインミーとは」

 「サンドイッチだ。うまいぞ」

 ジョンは屋台の方を見た。

 ダリアがいた。

 飲み物を選んでいた。

 「……バインミーか」

 ジョンは言った。

 「食べたことあるか」

 マルティネスが聞いた。

 「ない」

 「うまいから試してみろ」

 また屋台を見た。

 ダリアがいなかった。

 「……」

 ジョンは少し待った。

 路地の向こうを見た。

 人が流れている。バイクが通る。

 ダリアはいない。

 「ダリアが戻ってこない」

 マルティネスが振り向いた。

 「え? 屋台に行ったんだろ」

 「いない」

 「トイレじゃないか」

 「……」

 五人は屋台に向かった。

 屋台のおじさんに聞いた。

 英語が通じなかった。

 マルティネスが翻訳アプリを出した。

 おじさんは何かを言った。

 アプリが訳した。

 「女の子は来た。でもすぐ行った」

 「どこへ」

 「あっちの方」

 路地の奥を指差した。

 探した。

 路地を歩いた。声をかけた。英語で、ベトナム語の単語を混ぜながら。

 言葉が通じない。身振り手振りで聞いた。

 一軒の店のおばさんが、何かを知っていた。

 サラが翻訳アプリで話しかけた。

 長いやり取りだった。

 サラの顔が変わった。

 「……男に連れていかれた」

 「男?」

 「二人の男。車に乗せた」

 「……」

 「おばさんは助けようとした。でも怖かった。何もできなかった」

 おばさんが何かを言った。

 泣いていた。

 サラが訳した。

 「『ごめんなさい』と言っている」

 ジョンは、その言葉を聞いた。

 目の前が、白くなった気がした。

 違う景色が、重なった。

 白いドレス。

 赤い血。

 「愛してる」

 崩れ落ちる体。

 「……ジョン」

 ヴィクトルの声だった。

 ジョンは、現実に戻った。

 路地だった。ホーチミンだった。

 おばさんが泣いていた。

 「……どんな車だった」

 サラがアプリで聞いた。

 おばさんが答えた。

 「白いバン。窓が黒かった」

 ジョンは路地の奥を見た。

 「サラ」

 「分かってる」

 「頼む」

 「任せて」


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