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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第五章:出生の秘密
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 私たちは、海沿いの駅で降りた。

 もちろんこの駅で降りるのは始めてだ。


 少し歩くと、海が見えてきた。


 夜の海は、真っ暗でちょっと怖い。

 波の音だけが、ざあざあと響いている。


 防波堤に座って、二人で海を見つめた。


 真っ暗な海は、まるで私たちの未来そのもののようだと思った。


 どこまで続いているのか見当もつかない。光源もない。ただ、ざあざあと寄せてくる波の音だけが、今ここに二人が一緒にいるという現実だけを響かせている。


 遠い水平線の向こうに何があるのか、逢坂君と私は血の繋がりが半分だけある許されない存在なのか、もしそうだとして、そのまま好きでいることは罪なのか。


 何もかもが暗すぎて見えない。


 でも、暗闇に怯える気持ちの片隅では、今この瞬間だけは誰も立ち入ってこられない、二人だけの特別な世界みたいにも感じられた。


 隣には、初めて恋愛感情を抱いた人がいる。彼の体温と、手を繋ぐ確かな感触が、この広大な暗闇の中で、私を支えてくれていた。


「きれい」


 呟くと、逢坂君が笑った。


「真っ暗だけどね」


「でも、星が見えるよ」


 空を見上げると、無数の星が輝いていた。


 街の明かりから離れた場所は、こんなに星がよく見える。


「真鍋さん」


「ん?」


「俺たち、今から帰ったら、怒られるかな」


「……たぶん」


 私は苦笑した。


 先程から私たちのスマホは制服のジャケットの中で振動しまくっている。


「そうだ。逢坂君とLINE交換したい」


 私の突然の提案に、逢坂君はきょとんとした顔をした。


「LINE?」


「うん。だって、連絡手段がなくて、逢坂君が学校に来ない! 連絡つかない! ってなるたびにお家に行ってもいいわけ?」


 私が少し強気に言うと、逢坂君は小さく吹き出した。


「たしかに、真鍋さんが家まで押しかけてくるのは、もう勘弁してほしい」


「それ、どういう意味?」


「そのままの意味」


 そう言いながら、彼は制服のポケットから自分のスマホを取り出した。機種は私と同じ。


「やば」


 逢坂君は画面を見て苦笑い。


「親?」


「うん。もう高校生なのに、母さんたちは心配性なんだ」


 まるで子供のように口を尖らす彼を新鮮に思う。


 最初は翳りの貴公子でヤリチンだと思っていたけれど、彼は私と同じ高校生で、母親に心配される普通の男子なんだと気づく。


「私もだよ。パパたち、めちゃくちゃ連絡してきてるっぽいんだよね」


 私も自分のスマホを取り出した。着信とLINEの通知で画面が埋まっている。


「どっちが早く親を鎮めるか勝負?」


 私が笑って提案すると、逢坂君はフッと鼻で笑った。


「その前に、交換しよ」


「うん」


 彼は、スマホの画面をタップしてLINEのQRコードを表示させると私に向けてきた。


「ありがと」


 QRを読み取ると、私の友達の中に『YO』という名前が追加された。


「スタンプ送っていい?」


 私が尋ねると、「好きにすれば」とそっけなく返された。


 照れてるのだなと即座に悟った私は、クマがハートを乱れ打ちしているスタンプを送った。


 既読が秒速でついた後、すぐに返信が来た。


 内容は、「……」という、黒い点だけの、感情ゼロのメッセージ。


「ひどい。この状況で点だけなんて!」


 抗議すると、彼は私のスマホ画面に視線を落としたまま、わずかに口元を緩めた。


「俺は、無駄な感情表現はしない主義だから」


「無駄じゃないし」と口を尖らせると、逢坂君は徐にスマホのカメラをこちらに向けた。


「写真、撮っていい?」


「え、ここで? 親への言い訳用に? 健全な感じで海を見てます的なアリバイ工作用?」


「違う。真鍋さんが可愛いから」


「え」と、びっくりしてる間にシャッター音が響く。


「ちょっと、今の消して」


「やだ」


 彼はそう言うと、私の手をとった。そして、繋いだ手ごと、夜の海を背景にまた無断撮影をする。


 肖像権の傷害だと文句を言おうと口を開きかけてやめた。


 なぜなら、フラッシュが弾ける瞬間、彼が、ほんの一瞬だけ、優しく微笑んだことに気付いてしまったから。


 恥ずかしいより、嬉しいが勝ったから許すことにした。


「親に連絡する?」


 逢坂君に問われて、先延ばしになっている問題を思い出す。


「そうだね。変な勘繰りをされないように、『学校の友達といる』ってことで」


「友達なの?」


 逢坂君の不機嫌そうな声。


「だって、この状況で恋人といるなんて言ったらますますヤバくない?」


「俺たち恋人なの?」


「え、違うの?」


 だってお互い好き同士だよね?と、彼を見つめる。すると、彼が真面目な顔で見つめ返してきた。 


 波の音が、先ほどよりも強くなった気がした。ざあざあと響く水音は、まるで私の心臓のざわめきそのものを代弁しているようだ。


 夜の海はどこまでも深く、暗い。その闇が、今この場で彼の君の口から「違う」という言葉が出てくるのではないかという、根拠のない不安を煽り立てる。


 私は彼と繋いだ手をギュッと握る。


「俺と付き合ってください、真鍋さん」


 彼は、手を握りしめたまま、真摯に、まっすぐな瞳を私に向けたまま言った。


「うん。よろこんで、お付き合いさせてください」


 なんだか改めて言うのは恥ずかしかったけれど、私も彼にしっかり伝える。すると逢坂君の口元に、微かな、しかし安堵したような笑みが浮かんだ。


 それからどちらともなく、顔を近づける。


 逢坂君の冷たい唇が、私の唇に重ねられる。その感触は静かで、まるで夜の海に月明かりがそっと降り注ぐみたいだと思った。


 波の音だけが、二人の周りでざあざあと響いている。


 彼の息遣いも、私の心臓の音も、すべてが波の音に吸い込まれて、私たち二人だけの世界が完成する。


 今だけは、すべて忘れられる。


 唇が離れると逢坂君は「俺達は、付き合ってる」と噛み締めるように呟いた。




 ✳︎




 私たちは、波の音をBGMに、防波堤の上で片側を貼り付けたまま、それぞれ親への緊急連絡を打つことにした。


 よくよく確認すると、達也パパからの着信が表示されている。


 既に、十件以上の不在着信。


 家族LINEにも、未読が溜まっている。


「ちょっと、やばいかも」


 いつの間にか、二十二時を過ぎていた。


 呑気に逢坂君とイチャイチャしている場合じゃなかったかも知れない。


 罪悪感でスマホ画面を伏せて、隣に座る彼の画面を覗き込む。


「うわぁ」


 彼の画面にもたくさんの通知が表示されている。


「すごい連絡来てる」と、逢坂君。


「私も」


 どうしよう、という視線を交わした。


 また私のスマホがブルブル震えた。


 今度は幸博パパからだ。


 画面を見つめたまま、私は固まる。


「出た方がいいかも」


 逢坂君に言われて、通話ボタンを押そうとしたけれど、勇気がなくて出れない。


「どうせ叱られるなら、後でまとめての方が良くない?」


 逢坂君に尋ねると、「出た方がいいよ」と言われてしまった。


 私は震える指で、通話ボタンを押した。


「……もしもし」


『唯、どこにいるんだよ』


 幸博パパの声は、いつもより高かった。


「ごめん、ちょっと出かけてて」


『ちょっとって、もう十時過ぎてるだろ。せめて連絡しなさい』


「ごめんなさい」


『今、どこ?』


「……海」


『海? どこの海?』


 私は、駅名を伝えた。


 電話の向こうで、何か話し合う声が聞こえる。


『わかった。今から迎えに行くから』


「うん……」


『達也も一緒に行くから。絶対、そこにいなさい』


「わかった」


『誰かと一緒なのか?』


 思わず隣に座る逢坂君の顔を見る。すると彼は小さく頷いた。


「逢坂君と一緒にいる」


『……彼は大丈夫なのか?』


「寒そうだけど、大丈夫」


 逢坂君の手をギュッと握りながら答える。


『わかった。とりあえず向かうから』


 電話が切れた。


 私は、大きなため息をつく。それから携帯を握りしめたまま、海を見つめた。


「怒られる、かな」


「……たぶんね」


 逢坂君も、どこか諦めたような声だった。


「俺も、母さんたちから連絡すごい来てる」


「連絡してあげた方がいいかも。とりあえず無事がわかれば安心するだろうし」


 一仕事終えた私は、先輩面して伝える。


「……うん」


 彼はスマホをいじってから耳に当てた。


「もしもし……うん、ごめん。今、海にいる。真鍋さんと一緒……うん、わかった」


 短い会話。


 電話を切って、彼は小さくため息をついた。


「うちの親も、迎えに来るって」


「……そっか」


 私たちは、また黙り込んだ。


 波の音だけが、リズミカルに響いている。


 ちょっとした現実逃避の家出は終わりを迎えようとしている。それがなんだか残念だった。


「ねえ、逢坂君」


「ん?」


「このまま、逃げちゃダメかな」


「ダメだよ」


 即答だった。


「でも」


「真鍋さん」と、私の名前を口にした逢坂君は、手を伸ばして私をギュッと抱きしめた。


「逃げたって、何も解決しないよ」


「……わかってる」


「明日、ちゃんと話そう」


「うん」


 私は頷いた。


「どんな結果でも、俺は真鍋さんが好きだから」


「うん。私も逢坂君が好きだよ」


 私たちは呪文みたいに好きを伝え合った。


 それはたぶん、これから起こる不安なことを、好きという言葉と気持ちで塗り替えて、今だけは現実逃避したからったから。


 でも心は、どこかここにないような、上の空だった。


 逢坂君の肩に顔を埋めながら、私は夜空に輝く星を見上げた。あんなにたくさん見えていた星も、ぼんやりと霞んで見える。私たちの未来もこの星空のように、美しいけれど、触れることができないほど遠く、不安定に見えた。

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