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放課後、彼と私は「普通」を検証する  作者: 月食ぱんな
第五章:出生の秘密
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 私には父が二人いる。でもこの国の法律だと、父たちは、どんなに愛し合っていたとしても結婚を許されない間柄だ。


 だから私たちが書類上で家族になるには、普通養子縁組や子の氏の変更許可申立やら、複雑な手続きをしなければならないらしい。


 自分に何かあった時、愛してるからこそ、残された者には何かを残したい。


 みんなと同じようにそう考えても、実際は男女の婚姻しか認められていない現状だと色々と壁がある。


 現に私だって、書類上では幸博パパの孫になっている。でも私にとって二人は等しくパパだ。だから戸籍なんて、あんな紙切れどうでもいいと思ってた。


 私がちゃんと二人から愛されているって、自覚していれば、ずっと幸せでいられると教えられてきたから。


 でも今は、そこに何が書かれているのかを知らないまま進むほうが怖かった。



 ✳︎



「……お金入れるね」


 私が言うと、逢坂君は短く「うん」と頷いた。


 コンビニの複合機の前は、妙に冷えていて、声が反響する。


 たった四百円ちょっとで、私と逢坂君の関係がもしかしたら変わるかも知れない。


 そう思ったら、マイナンバーカードを機械に差し込むのも、指で画面を押すのも、手が震えた。


 私と逢坂君は、順番に申請ボタンを押し、それぞれの戸籍抄本が印刷されるのを待った。


 ガーッ……ガーッ……。


 プリンターの音が、やけに長く感じた。


 受け取った紙をすぐに裏返して、手にしたまま、私たちは顔を見合わせる。


 どちらも、全然笑えていなかった。


「一人で見るのは、無理かも」


 ポツリと言うと、逢坂君はすぐ頷いた。


「俺も。外でよう」


「公園、行こ」


 私の家の近くの小さな公園まで、二人で歩く。


 夕方だけど、すでに空気は冷えていて、色んな家から漂う美味しそうな香りが通り過ぎていく。


 ピアノの音が響いて、どこかの家でお母さんが子どもを叱っている声が聞こえてきた。


 当たり前に通り過ぎる日々を送れる人が羨ましいと思いながら、立ち止まりそうになる足を一歩一歩、進める。


 公園のベンチに腰かけ、コンビニで取った戸籍抄本を膝の上に置く。


 冷たい風が吹いて、ブランコがキーキーと不気味な音を立てながら揺れる。


 空は、夕暮れ。オレンジ色の光を全力で地球に注ぎ込んでいる。


「俺のから見ていい?」


 そう告げる彼の手は、少し震えていた。


 勇気を出すまで、まだ時間がかかりそうだった私は小さく頷く。


 逢坂君は、静かに戸籍抄本を開く。


 視線が文字を追った瞬間、少しだけ眉が動いた。


「……やっぱり、空欄だ」


 どこか安堵するような声。


「俺、非嫡出子だから」


 ぽつりと放たれた言葉が、母親と手を繋いで公園を横断する子どもの笑い声で掻き消される。


 逢坂君が見つめる紙を覗き込む。


 そこには、たしかに


 父:

 母:逢坂薫

 続柄:長男


 とあった。


 空白の「父」の欄。


 それを見た瞬間、胸の奥がぎゅっと痛くなった。


「……ごめん、なんか、やだ。こんなの」


 気付いたら、私は言っていた。


「真鍋さんが謝ることじゃないよ」


 逢坂君は、ふっと笑った。


「俺は気にしてない。慣れてる」


 そう言って彼は、公園の近くを歩くお母さんと小学生くらいの男の子を見つめた。


「こんなの、ただの紙切れだもんね」


 逢坂君を励ますついでに、自分にも言い聞かせるように告げる。


「……真鍋さんの見る?」


 私はうなずき、震える手で四つ折りにした戸籍抄本を開く。


 紙を捲る感じが、妙に重たく感じる。


 勇気を出して、書類に目を落とす。


 そこには、見慣れない文字があった。


 父:真鍋達也

 母:夏目明日香

 続柄:長女


 下の方に、認知をした日の日付と、達也パパの名前が記されていた。


 一瞬、頭が真っ白になる。


「なつめ……あすか」


 初めて知った生みの母の名前を呟く。


 ずっと気になっていた人の名前を知った。


 名前を知ったら、心が軽くなると思ってた。でも今は、どんな人なんだろうと、もっと彼女のことを知りたい気持ちが強くなって戸惑う。


「……私のお父さんとお母さんは」


 声がまるで他人のものみたいに弱かった。


「父親が真鍋達也……で、母親が……夏目明日香」


 確認するように名前を読み上げると、逢坂君が私の戸籍を覗き込み、静かに言った。


「夏目明日香……それ、俺の母親」


 私は息を呑む。


「でも、血は繋がってない」


 逢坂君は、迷っているような顔でゆっくり続けた。


「俺の母は……戸籍上は薫で間違いない。産んだのは薫のほうだから。でも婚姻関係を結んでない、ただのパートナーシップだから、俺には父親欄がないんだ」


 一つ一つ確認するように、静かに話す逢坂君。


「真鍋さんは……達也さんが認知して、夏目明日香が母として書かれてる。つまり……」


「つまり……?」


 喉が鳴った。


「俺の母親が、真鍋さんの……代理母だった、って形になる」


 私は目を見開いた。


 最悪だ。

 息が苦しい。

 でも逃げたくない。


「じゃあ、やっぱり――」


「俺たちの親同士が協力して、お互いのドナーになってるってこと」


 その言葉は、秋の空気より冷たく胸に突き刺さった。


 本当に、そうなんだ。


 お互いの家族の選択によって生まれた子どもである私たちは、一体どういう関係なんだろう。


 好き同士だけではいられない関係なのだろうか。


 胸がギュッと掴まれたように苦しい。


「お、逢坂君の本当のお母さんって」


「逢坂薫だよ。それだけは間違いない。問題は、父親が誰かってことだけど」


 私は、ごくりと唾を飲み込む。


「達也パパなら……私と腹違いってことになる」


「幸博さんなら……俺らに血の繋がりはない」


 どちらにしても、軽い話じゃない。


 目の前が少し揺れた。

 でも、逃げたらもっと壊れそうだった。


「……やだね、帰りたくない」


 気づいたら、声が震えていた。


「うん」


 彼が小さく答えたその声も、少し震えていた。


「このまま、二人でどこか行こうよ」


 言った瞬間、自分でも驚いた。


 もう全部から逃げたい。

 でも、一人じゃ無理。

 今は、逢坂君が必要だった。


 逢坂君は、私の手を包むように握る。


「いいよ」


 その返事で、少しだけ息ができた。


 二人でベンチを立ち、駅のほうへ歩きだす。


 街灯がひとつひとつ点いていく。


 手は、いつの間にか恋人繋ぎになっていた。

 さっきよりも強く繋がっている。


 どこへ行くかなんて決めていない。

 ただ今は、ふたりでいたい。

 出生の秘密に押しつぶされないように。


 歩幅を合わせながら、私たちはどちらともなく駅へ向かった。


 はやくこの街から、この世界から逃げ出したい。


 そんな思いに、私の全部が支配されたまま。



 *



 駅の改札前で、私たちは立ち止まった。


「どの電車に乗る?」


「わからない」


「じゃあ、適当に?」


「うん」


 私たちは、行き先も決めずに改札を通った。


 どこに行くかなんて、どうでもよかった。ただ、二人でこの街から離れたかっただけだから。


 結局、逢坂君ちに向かう電車と逆を選んだ。


 ホームに立って、電車を待つ。


 冷たい風が吹いて、私の髪を揺らした。


 逢坂君が、私の顔を覗き込む。


「寒い?」


「ちょっと、だけ」


 素直に答える。すると彼は、自分のマフラーを取って、私の首にぐるぐる巻いた。


 無臭だと思っていたのに、今日は彼の香りをちょっと感じた。でもそれは嫌な香りじゃなくて、一人じゃないと安心できるから好きな香りだと思う。


「逢坂君は寒くない?」


「俺は大丈夫」


 嘘だ。彼も、寒いはずだ。


 でも、そう言ってくれる優しさが、今はとても嬉しかった。


 電車が来て、私たちは乗り込んだ。


 空いている座席に並んで座る。

 窓の外には、流れていく景色。

 見慣れた街が、どんどん遠ざかっていく。


「真鍋さん」


「ん?」


「後悔してる?」


 逢坂君が聞いた。


「何を?」


「俺を、選んだこと」


 私は、彼の顔を見た。


 不安そうな表情。


 そう言えば、彼は何かあるとすぐその言葉を口にするなと思う。


「後悔してないよ」


 私は、はっきりと答えた。


「逢坂君を選んで、良かった」


「でも、俺たち……」


「まだ、わからないでしょ」


 私は、彼の手を握った。


「どっちのパパが逢坂君の父親なのか。それがわかるまで、私たちは好き同士でしょ?」


「真鍋さん……」


「それに」


 私は続けた。


「たとえ、どんな結果だったとしても」


「うん」


「逢坂君が好きって気持ちは、変わらないよ」


 逢坂君は目を見開いた。


 そして、少し笑った。


「真鍋さん、強いね」


「強くないよ。怖くてたまらない」


「でも、前を向いてる」


「逢坂君がいるからだよ」


 私は、彼の肩に頭を預けた。


「一人だったら、きっと耐えられなかった」


 逢坂君は、私の頭にコツンと自分の頭をつけた。


「俺も、真鍋さんがいるから平気」


 電車は、どんどん進んでいく。


 私たちを、どこか遠くへ連れて行く。

 でも、どこに行っても、二人でいれば、大丈夫な気がした。


「海、見に行こうか」


 逢坂君が、ふいに言った。


「海?」


「うん。なんとなく」


 彼は、窓の外を見ながら続けた。


「広いところに行きたい」


 私は頷いた。


「いいね」


 窓の外では、夜が始まっていた。


 街の灯りが、ぽつぽつと灯り始める。


 私たちは、ただ黙って暖房の効いた電車に揺られる。


 言葉はいらないって、まさに今の状況にぴったりだった。


 ただ、お互いの温もりを感じていたかっただけだから。


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